アイスル

伊富魚

第1話

 友人の飲みの誘いにつられ渋々街に出てきた僕は、

河原町三条にある居酒屋にいた。


河野晴樹は大学時代の友人で、

今は大阪のなんとかっていう企業でエンジニアをしているらしい。


社会に揉まれ始めて三年が終わる今年、

彼もイッパシの社会人感を醸し出していた。


むろん僕の主観でしかないのだが。


「いやーようやっと慣れてきたって感じやなあ」

「お疲れさんやなあ」


「はじめはどんな感じなん?」

「特になんも変わってないなあ、バイトしつつちょっと文章書いたりとか」

「そうかあ、お前も大変やなあ」


そんな感じでビールをごくごく飲んでいると、

もう一人の友人が「お疲れ〜」言いながら座敷の席に腰掛けた。


奥野健も今は大阪で営業をしているらしい。

何を売っているのかは聞いたことがない。「あ、おれも生で」


健が混ざって、会話はいくらか盛り上がった。

今の仕事の話や恋愛の話なんかもした。


「いや〜今の彼女がさあ、めちゃくちゃ可愛いんだよ」

彼がそう言い始めたからだ。


「どういうとこがかわいいん?」

僕は会話で自然に聞いていた。


「そらあ、まあまずは顔やろ。そんで料理作ってくれたりもするし、あとは相性抜群やねん」


「ああ、そらええなあ。おれもこの前さあ、…」

言いながら、晴樹はハイボールを一口飲んで彼女との夜の話を揚々とはじめた。


二人の話題が落ち着いたところで、

「そんならさ、彼女のこと愛してる?」


僕は間違いなく雰囲気に合わないことを聞いてしまった。

最近考えていたことがつい口から出てしまったのだ。


「んー、よう分からんけど愛してるんちゃうか?」


健はさらっとそう言うと、

すんませーんと手をあげてタコの唐揚げを注文した。


そういうものなのだろうか。

愛してるとか好きだとか、どうやって気づいていくんだろう。


僕は定義するのがいささか下手だ。

「お前、中学生みたいなこと言うなあ」晴樹はそう言って笑っていた。




誰かに溺れられたなら、どれだけ幸せなのだろう。

アイスルとかコイスルとか、いつになったらわかるのだろう。


誰かが定義した言葉でぷかぷかと

浮かべている僕の感情をどうして正確に表せるだろう。


それでも口で話すよりはまだましかも知れない。

彼から聞いた、アイシテイルと僕のそれは、きっと重なり合わないに違いない。


友人から聞く恋人との話。スキダという言葉を何度も口にした。

テーマパークみたいだなと、僕は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイスル 伊富魚 @itohajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る