―05― 学校をさぼって

「ねぇ、奏生。ワタシ以外の女と仲良くしたらダメだからね」


 そう言われたのはオレたちがまだ小学生のときだった。

 唐突に寧々にそう言われたオレは「なんで?」と返した。


「だって、あなたはワタシの下僕よ。下僕がワタシ以外の女と仲良したいなんておこがましいじゃない」


 寧々の言っていることはよくわからなかった。

 けど、そういうことものなのか、と当時のオレは飲み込んだ覚えがある。

 それからだ。

 オレはクラスで極力目立たないように意識しながら過ごし始めた。寧々の言葉に拘束力なんてなかったのに、オレの寧々の期待に応えようと努力していた。

 結果、今ではこの通り立派な陰キャになってしまった。


「それじゃあ、先に行くからね」


 いつものように寧々の朝の支度を手伝っては彼女が学校へ行くのを見届ける。

 そして、いつもなら数十分後に彼女の後を追うように学校へ向かうのだが、今日は学校とは反対方向へ向かう。

 そう、オレは今日学校をサボるつもりだ。


 二ヶ月で風不死椎名を堕とさなくてはいけない。

 そのためにはなにをすべきか、昨日必死に頭を悩ましていた。

 そして、ある結論にたどり着く。

 まずは身だしなみを整えることからだ。

 陰キャ街道を進んでいたオレはあまり身だしなみに気を使ってはいなかった。

 黒縁の眼鏡をかけ、髪もボサボサに伸ばしてる。

 だから、午前中のうちにコンタクトレンズを購入しては眼鏡を外し、予約していた美容室で髪を切ってもらう。

 髪型はツーブロックにして、ワックスをつけて整えもらう。そして、チャラいと思われるかもしれないが、首からかけるためのメンズのアクセサリーを購入する。


「これでスタートラインに立てたって感じだな」


 鏡で自分の姿を見ていた。

 中々様になっているような。てか、意外とイケメンだな、オレ。なんで、今までそのことに気がつかなかったんだろう。

 さて、丁度時間的には今から行っても午後の授業には間に合いそうだ。

 少しでも風不死椎名と会える時間を確保したいし、今からでも学校へ行こうか。



「よ、よぉ、お前、忠仲だよな……?」


 教室へ向かうと、澄川が困惑した表情を浮かべていた。


「ふっ、どうやら新しいオレに驚いているようだな」

「い、一体、どうしてまったんだよ」

「どうしても振り向かせたいやつができた」

「おい、どういうことだよ!? お前に彼女ができてしまったら、オレたちで築いた陰キャ同盟をどうしてしまんだよ!」


 だから、そんな同盟築いた覚えはねーっての。


「悪いが、オレはもう陰キャを卒業したんだ。最低でも二ヶ月までの間に彼女をつくってやる」

「まじかぁあああ!! オレはお前だけは裏切らないと信じていたのにぃいいい!!」


 とか言いながら、澄川はその場で叫んでいた。

 うわっ、とあまりにも情けない姿にドン引き。こいつの近くにいたら同類と思われそうでなんかイヤだな。


 とか、考えていたら、教室に一つの集団が入ってきた。

 風不死椎名とその仲間たちとでも呼ぶべき集団だ。恐らく、学食でお昼でも食べていたんだろう。

 風不死は相変わらず人気者のようで、周りにいる男子たちが彼女のことをチヤホヤしている。


「椎名、用があるんだが、少しいいか?」


 あえて『椎名』と馴れ馴れしく名前で呼んで話しかける。

 こんなことしたら目立ってしまうだろうが、なりふり構っていられる状況ではない。彼女を堕とすためなら、どんな手段でも講じるつもりだ。

 予想通り「なんだ、お前。風不死に気安く話しかけるな」といった冷たい視線が突き刺さる。それでも、オレは負けじと堂々としていた。正直、心臓バグハグだ。


「えっと、あなた、誰ですか?」

「………………」


 まさかの回答に気まずい沈黙が場を支配した。

 確かに、少しイメチェンしたとはいえ、昨日あれだけ喋ったオレのことを忘れるとか、マジ意味わかんねぇ。


「おいおい、随分とおもしろい冗談をつくんだな。隣の席の忠仲奏生だ。本当にオレのこと忘れたわけじゃないだろ?」


 内心ムカついているが、怒ってしまってはこいつの好感度をさげてしまう。今は我慢して笑顔で対応せねば。


「……あぁ、あなたでしたか。てっきり学校に来ていなかったので、私に恐れを成して不登校になったのかと思ってましたが、なるほど、中途半端な時期に高校デビューをなさったんですね。フッ、今更、がんばったところであなたの築いた汚名を挽回できるとは思えませんが」


 風不死はオレのことをせせら笑う。やはり、こいつのことは好きになれない。


「おい、そうだぞ。誰だか知らねーが、風不死さんに構うんじゃねーよ」

「そうだ、早くそこをよけろ」


 と、彼女の取り巻きが口々に言う。誰だよ、こいつら。めんどくせーな。

 こいつらに構っている暇はない。好感度をあげるためにも、なんとしてでも彼女と二人っきりで話せる時間を作りたい。


「こっちにこい」


 だから、強引には彼女の腕を掴んで手元に引き寄せる。


「え? ちょ、ちょっと」


 彼女の制止する声を無視して、オレは彼女を連れて廊下を走っていた。


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