宇宙で遭難した話

こへへい

宇宙で遭難した話

「では、お荷物お預かりいたしますね」


「あんがとうな兄ちゃん!王様にもそう伝えてくれ」


 おじさんは泥だらけの軍手で自らの額を拭うと、宇宙船に積んだ荷物の山を見て、ふぅと満足げに笑って見せた。


 彼らはこの星の地中にある黄色い土を掘り起こす仕事をしている。というのも、この土はあらゆるエネルギーに利用できるからだ。万原土とも言われる。


 この資源はとても大切なもので、その土を「掘る者」「運ぶ者」「加工する者」は、星王族の勅命でしか許されていない。そんな仕事を受け持つことは、とても誇らしいことなのだ。給料も良いし、優遇される。


 そして、この仕事の「掘る者」「運ぶ者」「加工する者」の中で一番優遇されている人は誰かと問われれば、断然「掘る者」だろう。


「王様には感謝しているんだよ、空気も良くて自然豊かで環境がいい。そんな星に住み込みで働かせてくれるんだからな」


 俺はよくそんな自慢をされる。掘り者マウントが悩みの種であることを除けば、「運ぶ者」

 も結構好待遇な仕事なんだけど、如何せん、行く先々でのマウントがキツイ。単純に羨ましいというのもあるが。


 今住んでいる星は、この星と比べるとそこまで環境が整った場所ではない。場所によっては人間が住むことができないほど空気が汚れていたりするし、水がなく大地しかないような場所もある。


 だから俺も「掘る者」になりたかった。試験結果は結構良かった筈だったのだがなぁ。言っちゃ悪いが、目の前のおっさんよりは頭いいと思うんだよ。......いや、そういう慢心があったからこそ、俺は今この職に行きついているのかもしれない。


 後ろでは、「今日の飯は仕事納めでぱーっとやろう!」とか、「旅行も行きたいな」といった、幸せそうな言葉が聞こえてくる。彼らの一年の仕事は、一年中集めた万原土を運ぶことだ。だが収集する万原土の量は決まっており、規定の量を取れば後はずっと休みなのだとか。


 羨ましい気持ちを殺して、そそくさと宇宙船に乗り込み、この星を後にする。


 * * *


 この万原土を運べば、今年の俺の仕事も終わる。そうすればぱーっと休んでやろう。はっちゃけてやろう。家族で旅行やピクニックも悪くないな。


 心の中にいる羨ましい気持ちをそうして燃焼していると、景色がいつもと違っていた。「運ぶ者」のいいところとしては、宇宙の景色を楽しめるというものがある。価値観は人それぞれだが、俺はこの宇宙の景色が好きなのだ。だから辞めずに続けることができている。


 なのに、その景色が、今日はおかしい。


「いつもなら、星の光の形がくねくねしている筈なのになあ」


 星の景色を覚えることで道を覚えるのも「運ぶ者」の基本だ。だけど、おかしい。その記憶の景色と、宇宙の景色が違う。


「まさか、軌道が逸れている?」


 宇宙船は、大丈夫だ。何の問題もない。けど、うん、間違いない。軌道がずれている。


 宇宙は星々の重力によって、流れが存在している。その流れに乗ることで宇宙船のエネルギーを節約するという航行テクもあるくらいだ。


 けど、その流れそのものがおかしい。一定のはずなのに!!


「くそ、戻れーーー!」


 宇宙船の軌道を修正しようにも、流れが強すぎる、それに万原土が重いから、余計に動きが制限される。


 ダメだ、これは。


 もうどこか分からない。


 遭難した。


 ......落ち着け、まだ命はある。何が大事かを考えろ。


 俺は命を助かりたい。確かにそうだ。だが、それ以上に、この仕事は勅命だ。「運ぶ者」は決して失敗を許されない。失敗すれば、俺の家族や親戚、仕事仲間の家族親戚が代わりに罰されてしまう。それは絶対にダメだ。俺の命にはもう俺以外の命も乗っかってしまっているのだ。


 まず、立て直すために何とかしてどこかの星に行きつかなければならない。


 あるか、何処だ。額に水が出来上がる。表面張力でできるそれを少し乱暴に腕で拭って、カメラ越しの外の景色に意識を集中させる。


 真っ暗な闇には、岩の欠片がいくつも浮かんでいる。だがその隙間に、一つの青い星が見えた。カメラ映像をズームさせる。青いのは、水だろうか。地面もある。ならばここに着陸し、立て直すための準備ができるかもしれない。離陸してからすぐに見つかって助かった。


 俺はその青い星に向かうのだった。


 * * *


 パラダイスだった。木の実がうまい。栄養満点。どころか身体が漲るっている。

 空気うまっ!味はないけれど、呼吸してるだけで身体中が元気になってる感じがする!マイナスイオンって感じ!

 川魚うまっ!生で頭から食べられるじゃん!ちゅるってしたぞちゅるって!噛まずに呑み込んだら腹の中でこの魚永遠に生き続けてるんじゃないか!?のど越しもすっきり!

 鳥大人しいな!?簡単に捕まえられるじゃん!ってか焼くとうまっ!ジューシーでぷりっぷり!持ち帰ってからあげにしたいくらい!



 よし決めた。俺はここの住人になる。残された家族よすまん、ここ快適すぎる。


 という考えを何とかして覆すことに成功したのは、一週間が過ぎたころだった。さみしくなってきたから。


 だがこの一週間で調査したお陰で、いくつか分かったことがある。


 まず、ここの快適さは、あの「掘る者」が住んでいる星と似ている。さっきの星の裏側なんじゃないかって勘違いする快適さだ。空気の性質が似ているのだ。無害どころか、生物に対してとても良質であるという点が特に。


 次に、生物が豊富であること。生き物が過ごすのに適しすぎて、色んな生き物を見かけることができた。しかも毒を持つ生物がほとんどいない。生き物飽和状態である。アニマルパラダイスだ。次の航行時の食料も容易に確保することに成功した。


 そして、最後が極めつけ。森の奥にある洞窟に万原土があったことだ。本当に「掘る者」の住む星の裏側と間違えそうになるが、俺はちゃんと離陸したし、そこからその星をぐるっと回ることもしていない。つまり、万原土があるもう一つの星に着陸したということだ。


「運ぶ者」仲間に聞いた話によると、そういう星はいくつも散らばっていて、俺が「運ぶ者」として担当している星はその中に一つに過ぎないのだとか。


 海辺の砂浜で魚釣りをしながら、俺はこの一週間のことを頭で整理していたのだった。ピクピク。また竿が反応している。ここの魚は不用心というか無警戒というか。だからガバガバ釣れるのだ。


 バケツがいっぱいになったところで、砂に身体を預ける。ズボっと身体半分埋もれた。つい快適に過ごしてしまったが、そろそろ帰らないと流石にまずい。星王族への遅れたお詫びとして、この星の万原土をいくつか持ち帰っておけば、何とか取り返しのつかない罪ですむかもしれないだろうか。そんな思いで一応数キロほど宇宙船に持ち帰ってきていたのだが、そろそろ許されないくらいの遅れになろうとしていた。


 森にある平地に停めている宇宙船まで魚のバケツを運んでいると、やけにバケツが重く感じた。結構な大物だったからな、航行中にどうやって調理してやろう。そう考えて歩みを進めている。


 すると、足元に黄色い鳥がぴょんぴょんと飛んでいた。いや跳んでいた。翼があるのにも関わらず、その翼をはためかせることなく、飛び跳ねているのだ。


 母星でも見たことがある。雛鳥はこうして飛び方を覚えるのだ。きっと近くの木々に止まって、親鳥がこの子を見ているのかもしれないと思うと、早く母星の両親に俺の無事を報告したくなった。自然と足が速くなる。


 とまぁ急いでいたのだが、足元で、異様な光景を目にした。


 いや、先ほど目にしていたのだ。鳥が地面を飛び跳ねている姿を。だが、それはどうやら雛鳥ではなかったらしい。


 足元に広がる、何十匹もの色とりどりな鳥たち。その全てが地面を跳んでいる。流石にほほえましく思えなくなった。


 親鳥が一匹でもいることを祈り、視線を上げて木々を見た。

 その木々の枝はいくつもしな垂れていて、森が元気を無くしているようにも見える。そのせいで鳥が落っこちたのか?いや飛べよ鳥なら!


 だが、そうではない。


 ズン。俺の一歩が、とても重かった。


 ズン。次第にドンドン重くなる。俺は手元のバケツを放り投げて、宇宙船に向かって走った!


 早く、この星から脱出しなければならない!


 重かったのはバケツじゃない、俺自身だ!理由は分からないが、この星そのものの重力が強くなっている!そのせいで、鳥たちが飛べなくなったのだ!


 このまま重くなり続ければ、きっと帰れなくなる!まさか重力が変化する星があるだなんて!


 急いで宇宙船の運転席に乗り込む。そして全力でエンジンを稼働させる!



「飛べえええええええええええええええええ!!!!!!」



 しかし、地面から、離れない。


「何て重力だ、くそ!」


 飛んでも飛んでも、飛べない。どころか、宇宙船の重みで沈んでいく!


 しかも燃料メーターが、もう燃料がないことを示していた。それほど全力で稼働したにもかかわらず、飛べないのだ。


「く、仕方がない」


 遅れのお詫びとして持ち帰った万原土。それを燃料タンクに袋ごと放り投げる。急いで運転席に戻り、すぐさまエンジンレバーを最大まで引き上げる!



「今度こ......っそ!!!」



 ゴゴゴゴゴゴ!初めて聞く宇宙船の音だった。壊れるかもしれないが、どっちみち死ぬかもしれない状況だったので、これに全てを賭けるしかない!


 力強くレバーを引いていると、あのけたたましい音が止んだ。そして、外の景色がだんだん下に流れていく。


 離陸に成功したのだ。


 * * *


 それから、俺と同じく航行ルートから外れた救急隊によって、宇宙船ごと搬送された。どうやら俺が通っていた道が全体的に逸れていたらしく、その道の歪みを計算して救急隊が助けに来てくれたらしい。


 大目玉を食らうことを覚悟していたのだが、全然そんなこともなく、どころか、無事に帰ってきたことを、星王自らがお褒めくださったのだ。どころか功績を称えて、家族や親戚共々、星王族の近辺に住まわせてくれるのだとか。生きててよかった。


 それから俺はあの星の現象について気になったので調べてみた。


 すると、あれは一部の星の捕食だということが分かった。


 星は、生きている。


 その大地に生きとし生ける生物たちを生かし、繁栄させ、増やしているのだとか。やがて自分の栄養として吸収するために。栄養を吸収した星は、更にでかく大きくなり、そうしてまた生き物を自分の表面に生かしていると言われている。


 そこで、ある仮説が頭によぎった。


 もしかして、そうして栄養にされた生物たちのなれの果てが、万原土なのでは?と。だからあの宇宙船を飛ばすほどのエネルギーになったのではないか?


 ってことは、それを住み込みで「掘っている者」は、一番優遇されているんじゃなくて、一番危険な立ち位置にいるんじゃないか?


......いいや、流石に考えすぎか。「掘る者」への嫉妬心が、彼らの不幸を無意識に願ってそれらしい事実をでっちあげているだけなのかもしれない。


ま、家族でこれから悠々自適に暮らすことができるわけだし、あいつらを妬む資格は俺にはない。これから俺も妬まれる立場に立ってしまうのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宇宙で遭難した話 こへへい @k_oh_e

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ