検証「秘密の庭」〜vol.1

第1話 はじまり



「ここかしら……」


咲花さいかは手元にあったメモを見た。メトロの1番線を降り、徒歩で約7分ほどだった。エトワール通り……11番地。


ひっそりとまるでそこだけ忘れ去られたような居住エリアの立派なアパルトマンの前で咲花は深呼吸した。


手元のメモに書かれたコード番号を押す。ブザーが鳴った。


慌てて咲花は大きな黒い取っ手のついたガラスのドアを押し開けた。玄関の装飾はルイ15世のスタイル。入ってすぐのもう一枚のガラスのドアにも重厚に宝飾が施され、石づくりの建物はまるでお城のようだった。綺麗に剪定されたパズルのような低い緑の刈り込まれた生垣。生垣の外には、ひょこり、ひょこりと踊るように自由に動きをつけた野生の草原を見立てた可憐な花の饗宴が、作り込まれた常緑の生垣と良いコントラストだ。その中央には水を絶え間なくたたえる泉、白い小さな噴水が見えた。



「……どちら様ですか?」


一呼吸置いて、静かな声で年配の男性がインターフォンに出た。


咲花は、言われた通りに名乗り、ドアを開けて、エレベーターに乗った。


咲花はある大学の文明講座を受講していた。良家の子女が、この国に留学するのに、適当なおきまりのコース。ちょっと勉強しながら、ファッション、料理…ヨーロッパの中心でおしゃれな異国生活を満喫したい……留学というより遊学……咲花は深呼吸した。


狭い場所はなんだか息苦しい。咲花はエレベーターが苦手だった。白いブラウス、黒いフレアのスカート。ブラウスが弾けそう……咲花は、フレアスカートにつながる太い肩紐をエレベーターの鏡を見て、直す。修道院風に、ブラウスのボタンは首まできっちり細かく止まっている。小さなボタンがぎっしりと背中側にあるのも意味があるのだろう。脱ぐのも着るのも、とても面倒な服だった。


……習ってるボビンレースのお教室の先生がおっしゃっていたことを思い出す。イタリアでまず発達したデンテルは黄金より当時価値があって……。今は没落してしまったイタリアの方が、当時はレースの産地で栄えていた……。繊細なドレスのレースが、貿易の中心だった時代があるなんて……そんなことを考えていると、ガタン、と派手な音を立ててエレベーターが止まった。


呼び鈴を鳴らす前に、少しだけ開けられていた扉が不意に開いた。


「ようこそ」


地を這って響くような低い声で紳士は挨拶した。

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