吹雪の小屋

猫パンチ三世

第1話 白い世界

 積雪何センチで人は動けなくなるんだろうか。

 そんな下らない事に頭を回せるくらいの余裕はできたらしい。


 辺りは白、白、白、笑えるほどに雪まみれだ。

 雪の上に体を投げ出している俺の姿は、ひどく滑稽で笑えるだろう。

 降りしきる雪は顔に当たって溶けていく、空は少し濁った白色をしている。


 この風景を造った神様はセンスが無いらしい、なにせ白しか色を知らねえんだから。


 静かだな、なんて呟いてみる。

 ここは本当に静かだ、何の音もしない。

 静かで、ゆっくりとした時間が過ぎていく。


 少し前まであったうっとうしい雑音はもう無い。

 罵倒も騒音もうざったい陰口も何もない、本当に清々するほど静かだ。


 何でこんな事になったんだろう。

 少し嫌な事があって、何もかもどうでもよくなった。

 だから故郷の山に上ったんだ、少しだけでも気分転換できればいいって思った。

 何てことない山だったはずだ、登ったのは二、三回だったけれど標高はそこまで高くないし、本当に散歩の延長線みたいな気分だったはずだ。


 それがどういう事だか雪で足を滑らせて、勢いよく道を外れて転げ落ちたんだ。

 気づけば間抜けな格好で、命がけのスノーエンジェルをかましてる。

 しかも天気は俺が転げ落ちたくらいから大荒れ、元いた道もわかりゃしない。


 体は動くけどあちこち痛い、雪はどんどん勢いを増している。

 もしかしたら今日ここで俺は死ぬのかもしれない。

 

 でも別にそれでもいい。

 こんな静かな場所で死ねるなら、それはそれできっとありだろう。


 ああ、眠い。

 このまま目を閉じれば、きっと行けるはずだ。


 本当に一人きりの場所へ。


「あの……大丈夫ですか?」


 細くなっていく視界が、その声のせいで無理矢理開かれた。

 聞こえたのは女の声、それも若い女だ。

 薄くて冷たい、綺麗な氷みたいな声だった。


 我ながらなんてクサイ感想を抱くんだろう、全く馬鹿らしい。


 そう思って俺は声の方を見た。


 そこにいた女を見た俺は、自分の感覚が驚くほど正しかった事に気付いたんだ。


 だってそこにいたのは、薄氷みたいな儚さのある綺麗な人だったから。

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