エレメント・ファイブ
@abno
風と砂(蟹と梨)⑴
ティルート公国は、皇国の南西側、縁海と山岳地帯に挟まれる場所に位置し、国土のおよそ二割を占める砂漠地帯とその気候から「風と砂の国」と呼ばれる都市国家である。
さしたる産業も資源もあるわけではないが、砂漠の両端は丘陵から海浜につながる地平線と防風林の溶けあった風景が美しく、海の幸や果物も美味いうえに温泉まで湧いており、中央と西域を行き来する行商や旅人からは人気がある。
実際彼等の落とす観光費は国の大きな収入源となっており、そうした旅客たちからはその特産物にかけて、若干の諧謔をこめてこう呼ばれることもある。
「蟹と梨の国」と。
(どうせコイツのことだ、そっちのイメージが先行してたんだろうがな)
内心そう毒づきながら、アーソーは後方を振り返った。
視線の先では彼の相棒が、なにやらぶつくさと呟きながら身を起こしていた。
どうやら、砂に足を取られて転んだらしい。さっきからずっとこの調子だ。アーソーは溜め息をついた。
「おい、置いてくぞ!」
そう呼びかけると、相手はのんびりとした調子で応じた。
「いやちょっと待ってくれよ」
「待ってくれはいいけどよ、てめえさっきから何回転んだら気が済むんだ?まだ砂漠に入って半刻もたってねえのによ」
「お前はそういうけどな、砂漠って意外と歩きにくいんだよ」
それは俺だって一緒だろうが。と思いながらもその突っ込みは呑み込み、かわりにアーソーは別の不満を糾弾することにした。
「だぁからラクダか、せめてムル鳥でも借りようつったじゃねえか。あんとき『要らねえ』って言い張ったのはお前だぜ」
「あれにはちゃんと理由があるんだって言っただろ」
依然として座り込んだ態勢のまま、彼の相棒、オーサーは口を尖らせた。
「う、る、せ、え。オラ立て。理由があろうがなかろうが、言ったからにはシャキシャキ歩けよな」
アーソーの返事はにべも無いが、慣れているのかオーサーはのんびりと立ち上がる。
転んだ拍子に服に入った砂をはたきつつ、ふと思い出したように彼はアーソーの方に向きなおり、言った。
「ああ、そういえば、『半刻』とかそんな皇国ふうの言い方しなくても、1時間て言えばいいだろ。 結構アーソーってそういうの影響されやすいよn
「やかましい」
みなまで言わさず、堪忍袋の尾が切れたアーソーの放った電撃が、立ち上がったばかりのオーサーをなぎ倒した。
全身に焦げ目をつけた相棒の抗議の声を聞き流し、アーソーは再び溜め息をつくのだった。
先が思いやられるぜ、と。
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