青丹の少年 Ⅳ

 翼の下から引っ張り出した荷は、かなり大きかった。龍の翼でなければ隠しきれていないだろうという代物で、特におおぶりの物に手をのばして、リュディガーは地面に広げ始めた。


 まずは物を覆っている布を取り払い、取り払った厚手の布を地面に広げる。布に包まれていた鉄でできた棒を、敷いていた布に開いている穴に合わせて等間隔で並べていく。次いで取り出したのは板。板は何枚かが連なって丸められていたもので、キルシェの身長はある長さ。それを鉄の棒の上で広げれば、大人がひとり寝転がれる幅になった。


 その布の穴に鉄の棒をくぐらせておき、リュディガーはそこで荷物へと向かう。


「あの、何か手伝いましょうか?」


 キルシェが言えば、荷を一つ取り出したリュディガーは唸った。


「……なら、そうだな……これを」


 新たに取り出した荷を手に、キルシェのそばへと歩み寄るリュディガー。


 荷は、革に包まれた筒状のものだった。


 彼はそれをキルシェの足元へおいて、紐を解くと、ふわり、と体積を倍以上に膨らませた毛皮と布の塊が現れる。


「防寒着だ」


 言ってリュディガーはそれを持ち上げて、示すように掲げる。


「見た目ほど重くはない。そのまま、羽織るようにこれを着ていてくれ。かなり厚手だから、着るのに手間取る」


 __私の……。


 空は寒いという。


 冬空であればなおさらであることは、想像に容易い。無論その想像を上回る寒さであるということも。


「リュディガーのは?」


 彼の身拵えは冬の旅装束であるが、キルシェに着るよう促している防寒着ほどの防寒性能はなさそうだ。この厚手の防寒着を勧めていながら、彼はこのまま、ということはないだろう。


「ある」


 顎をしゃくって、まだ手つかずの荷を示して答えるリュディガー。対して、そう、と内心胸を撫で下ろし、キルシェは防寒着を受け取った。


 軽いとは聞いたが、それは思っていた以上で、受け取った瞬間、構えていた重みではなかったため、腕がふわり、と浮いてしまう程。


 それを目敏く見抜いたリュディガーが、くつり、と笑って離れていく。


「__マリウス」


 その最中、彼はマリウス呼びかけながら目配せして、もっとそばへ来ても良い、と伝えたらしかった。マリウスは破顔して、リュディガーの元へと更に近づいていった。


 先程までは臆していたのが嘘のようで、マリウスは龍の懐と言っていい場所で仰ぎ見るように観察しながら、そして都度、浮かんだ疑問をリュディガーに投げかけながら、荷解きの手伝いをする。


「子供の順応性はすごいものだ」


 ビルネンベルクが感心しながら、キルシェの手から防寒着を受け取る。そして、それを背後に回るようにして広げるので、キルシェは恐縮しながら袖を通した。


 途端に、温かな湯にでも浸かったかのような心地に全身が包まれる。内側は柔らかな毛皮が、保温性に富んでいるからだろう。腰から下はたっぷりとした布地で末広がり__かなりのゆとりがある。丈は、キルシェの脹脛ふくらはぎまでを覆うほどで、おそらくは龍の鞍にまたがっても、これほどのゆとりであれば脚の可動域を制限することなく、覆っていてくれるだろう。


 防寒着にはフードもついていて、試しに被ってみれば、まるで日向にいるような心地にまでなる。


「これ、すごいですね、本当に温かい」


「見てくれは、ずんぐりむっくりで笑わずにはいられないが」


 ビルネンベルクに言われて、たしかに、とキルシェは笑ってしまう。


「まあ、防寒を優先すべきで違いないからねぇ」


 そうですね、とキルシェは答えて、視界の端で大きく動いたリュディガーらへと視線を向ける。


 リュディガーがサリックスの手綱を引いて、今しがた組み立てていた板の間へと誘導し乗せたのだ。サリックスに積んでいた荷は、すでに降ろされて龍の鞍の後ろ側に、体の側面へ沿わせるように左右へわけて括り付けられている。


 身軽になったサリックスの体に対し、両側面に広がる布のあまり部分。その一方を背に掛けて、残りを背中までもっていくと、それぞれの縁にある太めの紐の輪の連なりを、交互にくぐらせるようにして綴じていく。そうすると、サリックスの体は布に包まれるようにして覆われた形になる。


 サリックスも連れて行くという話だったが、龍で運搬する方法を間近で見て、暴れることもなく粛々と従う様子にキルシェは驚かされていた。


 __くびきも駄目だったというのに……。


 落ち着き払ってされるがまま。それどころか、どこか澄ました顔にも見える。


 ひとつ強めに、サリックスの太い首を叩いたリュディガーは、新たに一抱えほどの荷を手にとって、サリックスの背に数点掛けるように広げ始める。


 それは濃い紫色の布だった。


 __龍帝従騎士団の……制服……?


 濃い紫の布には、金糸の刺繍が施されていて、その刺繍は紛うことなき紋章だった。


 自身が纏う防寒着を脱ぐ__と、さりげなくマリウスが手を伸ばして受け取る意志を示すので、リュディガーは礼を述べながら手渡し、次いでサリックスの背に掛けた布を手に取ると、それを纏い始める。


 __わざわざ制服で行くの……。


 任務というわけではないのに、何故。


「__まぁ、制服が間違いないね」


「そういうものですか?」


「だって、空を行くことを考えられた素材に違いないのだから」


「あぁ、なるほど……」


 制服を着、さらに龍騎士の紋章を刺した外套を纏い__するとマリウスは羨望の眼差しを龍騎士に様変わりしたリュディガーへと向ける。


 明らかに高揚した様子で、託された防寒着をぎゅ、っと押し抱く。


「オーリオルを知っているだろう?」


「龍騎士同士が連絡を取り合うための、小さな龍ですよね?」


 班長以上の役職者にはもたされる、黄金色の龍である。


「あれ、尾花のような尾を持つだろう? オーリオルは龍騎士の肩に乗って、その尾を龍騎士の首に巻きつけて体を支えているのは知っているだろうが、あれは、実は龍騎士にとってみれば、天然の毛皮の襟巻き、だ。血も通った。とんでもなく重宝する代物なんだそうだよ」


「あぁ……そう言われてみれば、そうですね」


 リュディガーは、中隊長だ。オーリオルを所持していただろうが、今は閑職のようなもの。オーリオルは取り上げられてしまっている。


 見れば、彼の首元は制服と外套によって保護されているだけである。


 __あれに、オーリオルがいれば、たしかに温かいに違いないわね。


 体の首という部分__首、手首、足首などを温めることが寒さを感じにくい防寒対策だ、とリュディガーが言っていたのを思い出す。


 以前、マフという筒状の手を温める防寒着を贈ってもらった際の言葉だ。


「あ……」


「ん? どうしたね?」


「ひとつ、龍に積む前に、荷から出さなければ、と思っていたのを思い出しまして……」


 龍の鞍に括り付けられた荷を見、苦笑するキルシェ。


「おや」


「__何をだ?」


 ビルネンベルクの言葉に続いて、会話を拾ったらしいリュディガーが問いかけてきた。


「大したものでは……」


「私が持っているもので、代替が利くのなら出すが」


「いえ、大丈夫です。手袋もありますし」


 それも最近、リュディガーとともに贖った温かい物。ほら、と今まさに手を覆っているそれを示せば、リュディガーの眉が顰められた。


「手袋もある、ということであれば……防寒着の関係か?」


「……ぁ……っと……」


「防寒の関係なら、そうと言ってくれ。荷を下ろすことを遠慮するな。うえは本当に寒いんだから」


 リュディガーは手早く荷を下ろしにかかり、しっかりと括られていたであろう荷を解いた。それはキルシェの荷だけではなく、リュディガーの荷と、いくつかの荷までも解いてしまう形で、とても面倒をかけてしまった、と申し訳なく感じるキルシェ。


「すみません、ありがとうございます」


 龍の視線を受けながら、歩み寄るキルシェの謝罪にリュディガーは苦笑する。


「大したことじゃない。私が先に、くくりつける前に確認をしておけばよかったんだ」


 キルシェの足元に丁寧に荷をおいたリュディガー。


 それにもう一度、礼を述べて、キルシェは荷を開ける__が、開きかけたところで、リュディガーを見た。


「その……開ける、ので……」


「ん?」


「君は時々、本当に鈍いねぇ」


 言いながら肘で小突いたのは、いつの間にかキルシェに背を向けていたビルネンベルク。それを受けて、やや間をおき、はっ、と気づいたリュディガーもまたキルシェから視線を断って、マリウスとともに背を向けた。


 荷の中には、私物しかない。その中には、殿方に見られたくないものもあるのは言うまでもないことで、無論それは開いてすぐに目に留まるように収納してはいないが、気まずいものは気まずい。


 ただでさえ、野外で荷を解く、という今の状況もかなり気恥ずかしいのだから。


 キルシェは苦笑を浮かべて、荷を開け、その一番上に、すぐ取り出せるように、と置いていたマフを奪うように取るとすぐに閉めるのだった。

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