心霊かくれんぼ
エテルナ(旧おむすびころりん丸)
心霊かくれんぼ
「イル? イナイ……ドコ? ソコ?」何者かが掠れ声で独り言ちた。ひたひたと居間を徘徊するソレには探し物があるらしい。
「…………っ」クローゼットの奥では女が隠れ、身を震わす。ソレに勘付かれぬよう、膝を抱えて縮こまる。
見つかれば只では済まない。現世との繋がりを断たれ、異界に葬られることになるだろう。
幽霊対人間。恐怖のかくれんぼは、つい先刻はじまった。宵闇が迫ると共に、ソレは女の下に訪れた。
家主の帰りを待つ女は戸外に気配を感じ、やれ彼が帰って来たと喜んだのも束の間。醸す気配のただならぬ凶兆を察し、急ぎクローゼットの中に飛び込んだ。
(良い部屋だと思っていたのに、まさかこんなことになるなんて!)息を潜める女は心の内で叫ぶ。この部屋は事故物件、曰く付きだったのだ。
ずりずりと布が床を擦る音の合間に、微かな声が紛れる。喘鳴に似たしゃがれ声を聞こうと、女は頬を戸にあてがい耳をそばだてた。
「ソコカ」研ぎ澄ました女の耳が、はっきりとソレの声を聞き取った。居場所を勘付かれてしまったと、青ざめる女は背が壁に着くまで後ずさる。
にじり寄る不穏な気配。息を潜める女は更に、両手で口元を覆い呼吸を殺す。来ないで来ないでと、胸裡に祈りを繰り返すも、無慈悲に扉は開かれた。
毛髪の削げ落ちた頭顱は老いを、染み付いた香の臭気は死を。筋張った頸を廻すソレは、血走る眼で狭き空間を睥睨する。
(ひ、ひぃいいい!)あまりの恐怖に女の背筋は凍る。悍ましさに目を伏せたくも、指先一本さえ動かせない。
遂にソレは脅える女に顎を向け、矯めつ眇めつ眺めるが——
「イ、イナァイ?」ソレの焦点は女に合わず、互いの視線は交わらない。漠然と何かを感じてはいるものの、女をはっきりと見極められないでいるらしい。
叫びたい衝動を堪えて女は耐える。遠のく意識を見失うまいと、死に物狂いで正気に縋り付く。しかしもはや限界。本能と理性、双方の引力に引き裂かれ、呻吟する間際のことだった。
ソレはクローゼットから身を退いて、居間の方へと姿を消した。
(た、助かった……)女は胸を撫で下ろし、声に出さずもほっと一息……吐いてしまった。
「ミツケタァアアア……」
一瞬の油断を見逃さず、女の眼前に迫るソレの顔。歯を剥き出しに嗤うソレの視線は、縮む女の瞳をまっすぐに捉えていた。
「ひぃいいいぃぃぃ……」
女の命運もはやこれまで。悲鳴も空しく、闇に包まれる女はどこぞ知れぬ異界へと葬られた。
しかし、ゲームはまだ終わらない。女は彼の帰りを待っていたのであり、住人には未だ家主が残される。
ソレは踵を返し居間を去ると、最後の仕上げに戸口を開けた。
「終わりました。押入れの奥に隠れていたので除霊しましたよ」
「助かりました。お代は一万円でしたっけ?」
心霊かくれんぼ エテルナ(旧おむすびころりん丸) @omusubimaru
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