主従契約
(いいんですか?本当に)
(あぁ、このまま逃げても追いつかれて死ぬのが落ちなんだろ?だったら悪魔と契約するほうがまだましだ)
(何か作戦でも思いついたんですか?)
(あぁ。お前空を飛べるうえに、飛べる高さに制限がないんだろ?だったらお前がこの箱もって地上からは見えないぐらい高く飛べば追いかけることもできなければ魔法でどうこうできるわけでもない。それでしばらくしたらフィロソ族の集落で合流して、箱をガレイさんたちに返す。これでどうだ?)
敵の最優先事項が箱を手に入れることなら箱から離れさえすれば追いかけるやつも減るはずだ。
(わかりました。では取引は成立ということで)
(わかってるとは思うが俺の魂は取るなよ?)
(もちろんです。ではさっそく始めたいところですけど、生贄になりそうな動物が近くにいないので代わりにあなたの魔力と血液をもらいますけど構いませんか?)
(その生贄って植物じゃダメなのか?俺が前にいた世界じゃ神への捧げものとして野菜や穀物を供え物にしてたりするんだが)
(それとは別物なのでダメです)
じゃあそこら辺にある木の実じゃ無理か。まぁ自分でも無理だとは思っていたが。
(仕方ない。ナイフで自分に傷をつければいいのか?)
(出血さえすれば手段は問いません)
ふと気になって振り返るともうかなり距離が縮んできている。身体強化しているとはいえ素の速さが遅いせいか。
早速使うか。
一つだけ残っていた煙玉を地面に思い切り叩き付ける。周囲一帯が煙幕に包まれたその隙に一時的に脚力をより高め、木の幹、そして枝から枝へと飛び移っていく。
「ゴホッゴホッ!」
相手だけでなく自分までむせてしまったが、想像以上に煙が広がったのはうれしい誤算だ。
最初はナイフを使おうと思ったが、口で十分だと気付き、手に血がにじみ出るまでガブリとかみついた。
歯でのどを嚙み千切れるのは本当なのだなと感じた。
(これでいいか?)
(はい。では早速いただきます)
胸から黒い靄が飛び出す。同時に、血が魔力とともに靄の中へと吸い込まれていく。
血はともかく、魔力が枯渇しそうだ。
口で瓶の栓を抜き、もしもの時のために買っておいたマナポーションを一気に飲み干した。九割ほど回復しただろうか。もちろん『再使用』でもう一度飲めるようにした。
おっと、煙玉にも『再使用』を使わねば。
その間も前へ前へ、上へ上へと進み、何十メートルあるかわからない一際高い木のてっぺん近くまでたどり着いた。ここならすぐには上ってこれないだろうし、魔法を放っても、上からなら障壁を張ってある程度の対処は可能だ。
ひとまず深呼吸をして呼吸を整え、水でのどの渇きを潤す。
とりあえず今のところ身の安全に関しては問題ないだろう。
問題なのは……。
「はうぅっっ⁉な、なんですか⁉こ、この、あ、味は⁉こ、こんなの、は、初め、ひゃん⁉」
「さっきから変な声出すのやめてくれねーか⁉」
「ぜぇ、はぁ……、無理です!こんなおいしいもの食べたらどうにかなりそうです!ちょっと休憩させてください!」
「そんなこと言っている場合じゃねーだろ!ほら、こっちから血液に魔力たくさん流し込むからじゃんじゃん飲め!」
「はぁっ、ぁん‼や、やめっ!」
聞いてるこっちがどうにかなりそうだ!
その後、魔力は飲むという表現が正しいのか、それとも食べるなのか、などといった割とどうでもいいことを考えるようにして、すぐ近くの叫び声をとことん無視した。
その間も魔力は急速に減っていき、マナポーションを飲んでまた『再使用』した結果、現在の回数限度が2であるため、しばらくこの瓶は使えなくなってしまった。早く限度が3にならないだろうか。
さっきからずっと様子を見ているが、おそらく全員が俺がいる木の周りに集まっていて、それをフィアとガレイさんが倒しているみたいだ。
魔法が打ち出されないか警戒していたが、箱に当たってしまうのを、あるいは俺がそれを落として箱が壊れるのを恐れてか、誰も放とうとはしなかった。
うぅ、頭がくらくらしてきた。魔力だけでなく血も抜かれているのだから当然だ。
「おい、まだ足りないのか?」
「はぁ、はぁ……。血液はもう十分です。後は今残っている分の魔力を全部食べれば第一段階は終了です」
「ちょっと待て、全部抜いたらここで気絶するわけなんだが」
「仕方ないじゃないですか。このタイミングで契約するって言ったんですから。落ちそうになったら私が助けるのでそこは安心してください」
一言言い返そうとしたが、突如襲ってきた猛烈な睡魔には抗えなかった。
「はい。契約完了です」
「オラァ!」
ガレイは巨大な斧を振り下ろし、最後の一人を切り伏せた。
フィアのほうも終わったようだ。
「怪我はないか?」
「問題ない。そっちは」
「こっちも問題ない」
相手はそこそこの強敵ぞろいだった。並の相手ではとても太刀打ちできなかっただろう。
だがこちらは二人とも銀ランクレベルの実力を持っている。時間さえかければ問題ない。
「全員銅ランクレベルってところか?銀ランクほどのやつがいたらどうしようか心配していたが取り越し苦労だったな。……ん?何してるんだ?」
フィアが敵の武器一つ一つに『解析』を使っている。
「やっぱり。全員の武器に致死性の猛毒が塗られている。かすっただけでも危ない」
「なんだと⁉……そういえば確かに、相手の武器が濡れているように見えたな。当たらなかったからどうということはなかったが……自分たちの運に感謝だな」
フィアが死体の一つから瓶やら吹き矢やら、たくさんのアイテムを抜き取った。
「劇毒に毒矢、たぶんこいつが調合してここにある武器に塗っていったんだと思う」
「毒使いか。逃げたのがそいつじゃなかったのはよかったかもな」
今ここにある死体の数は
「まぁあの箱とワタルが無事に守れたんだからそれでよしとするか」
「確かに」
「しかし、よく考えたな、あいつは。俺たちの相手をせずにワタルのほうへ向かった時はひどく焦ったが……。あいつが高い木の上で箱を守る。その木を囲っている敵を俺たちが倒す。依頼主の商人と自分の安全を考えつつ、箱も奪われないようにする。駆け出しの冒険者にしてはずいぶんと知恵が回るみたいだな」
「うまく敵を一か所に集めてくれたからやりやすかった」
「後で感謝しねーとな」
フィアもこくりとうなずく。
まさか全く違う方法を考えていたとは露ほども思っていないようである。
結果的に、ワタルは今ここで悪魔と契約を結ぶ必要など皆無だったのである。
「おーい!ワタルー!!もう降りても大丈夫だぞー!!」
ワタルに大声で呼びかけるが、一向に返事がない。
何かあったのかと目を凝らした二人はあることに気づいた。
「ガレイ!」
「あぁ!誰かいるな!ワタル以外に!」
フィアが慌てて木に登ろうとしたその時、その誰かは何の躊躇もせずに飛び降りた。箱とワタルを抱えて。
「な⁉あんなところから落ちたら死ぬぞ⁉」
しかしすぐにそうはならないことに気づいた。
落下速度が実にゆっくりだ。これなら怪我をすることもない。
やがてそれは静かに、二人の眼前へと降り立った。
それは一人の少女だった。歳は15かそれ以下。可愛らしくも神々しさを感じさせる。その存在感に思わず息を飲んだのは果たしてどちらが先であったのか。
セミロングの白髪は絹糸のような光沢があり、その双眸は上質なルビーかと見紛う。
アクアマリンを彷彿とさせる透明なローブ。その下は全て水色を基調としたシンプルながらも美しい衣服で統一されていた。
だが最も目につくのは大きく広げた一対の純白の翼だろう。
その姿はまさしく神話の世界から舞い降りた天使である。
「あ、あなたは一体……?」
天使はニコリと微笑んだ。
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