下級悪魔

「……もう一人?」


 一瞬、その言葉に戸惑ったが、すぐに理解した。


 「生きていたのか」

 「うーん……、そもそも生物じゃないので生きてもいなければ死んでもいないんですけど……まぁそうですね-、やられてはいませんね」

 「ということは他の奴らも?」

 「いえ、私以外はみんな魔界に強制送還されましたよ?私もそうなりかけましたけど、とどめを刺される前にあなたが倒れちゃいましたから、って、あっー!待ってください!!敵意はありませんから!っていうかそんな高密度の魔力の塊を何個も投げたら、部屋が吹き飛びますよ!宿ごと私を消すつもりですか!」



 いや、さすがにそこまでの威力はないと思うが。


 とりあえず、一つだけボール状の魔力を残し、他は霧散させた。別に最初から全部放つつもりはない。そんなことをすればどうなるかなんてすぐにわかる。


 「……あの、どうして一個だけ残ってるんですか?」

 「相手が精神に干渉できるやつだからな。変なことをしたり、こっちが変な気分になったら問答無用で消し飛ばす」

 「私ほとんど弱体化しているうえに、他に誰もいないから大丈夫ですよ⁉︎」

 「それを「はいそうですか」と真に受けるほど馬鹿じゃないさ」

 「うー……まぁいいです。話が続きませんから」


 しぶしぶ了承したようだ。


 「それで?ここに来たのは報復か?」

 「違います!もともとここが私たちのテリトリーですし!手はそのまま下ろしてください!……ふぅ、あなたに姿を見せたのは取引をするためです」

 「ほう、俺から魂を取ろうとはいい度胸だ」

 「ひぃっ⁉︎いや、あの、くれるのならうれしいですけど、あなたの魔力と知識を提供してもらえれば十分ですから!!」

 「……魔力と知識?」


 俺の魔力はせいぜい見習い魔法使い程度。奪いたくなるほどの量ではないと思うが。


 「はい。攻撃された時も思いましたけど、なかなか質のいい魔力を持ってますよね?」

 「質とかあんのか?」

 「知らなかったんですか?多分この町じゃ一番良質ですよ?さすがは勇者ってところでしょうか?」


 質がいい?魔人たちと魔力関連の測定をした時はそんなこと言われなかったが。いや、考えてみれば魔力量と制御技術しか調べなかったから当然といえば当然か。


「俺の魔力を食ってパワーアップしようって算段か。で?もう一つの知識ってのは?」

 「異世界から来たんですよね?だったら記憶を覗けばいろいろ面白いものがみられるんじゃないかなーって思ったんですよ」

「……見た後にどうするつもりだ?」

 「んー、特に考えてはいませんよ?魔界ってすっごく殺風景で退屈なところなんです。だから私みたいに何か刺激的な体験を求めている悪魔って割と多いんですよ」


 純粋な好奇心か?


 「なるほど、ひとまずお前が求めているものは分かった。だが、取引というからには俺にも何かしらの利益が必要になるわけだが」

 「対価は私が知る限りの勇者たちの情報、そして私を使い魔として使役する、の二つでどうでしょう?」

 「それは仲間への裏切りだぞ?」

 「いえ、少なくとも私に仲間意識はありませんよ?あくまで召喚主の命令に従っているだけですから」

 「召喚?誰にだ?」

 「フフフ。そこから先は……」

 「……取引が成立するまでは話さないってわけか。……使い魔といったな。具体的にはどういう意味だ?」

 「もちろんそのままの意味ですよ?今はまだ大した力は持っていませんけど、受肉さえすれば身の回りの世話だったり、戦闘の補助なんかもできますよ。なんでも命令し放題です」

 「......」





 数秒ほど、思考を巡らせたうえで、口を開いた。


 「断る」

 「?断っちゃうんですか?」

 「あぁ。悪魔と契約なんてしたら魂を取られるのが落ちだからな」

 「取らないと約束したら?」

 「だとしてもろくなことになりそうもない」


 真実を知りたいのはやまやまだが、向こうが果たして本当に約束を守るかどうか。



 「......うーん、そうですか。じゃあまた来ますね」

 「まさか取引が成立するまでずっと俺に会いに行くんじゃないだろうな?」

 「どうでしょう?飽きたらこっちのほうから引くかもしれませんね。まぁでも、私と組んだほうがきっとあなたや皆さんのためになりますし、気が変わる前に早く契約したほうがいいですよ?」



 黒い靄はゆっくりと俺から離れていった。



 「あっ、そういえば。明日は馬車の護衛をしに行くんですよね?」

 「あぁ」

 「どこまで向かうかは知りませんけど、隣町まで向かうなら気を付けたほうがいいですよ」

 「どういう意味だ?」

 「だって途中の道から少し離れた場所にフィロソ族の集落がありますから」

 「⁉︎」



 こいつ、フィアたちのことを知ってるのか?


 「あれ?その顔はもしかしてそのつもりでした?」


 もちろんそのつもりだ。


 明日の予定は隣町まで移動した後、そこから集落まで向かうつもりだったのだ。


 


 「もし、続きを知りたければ……」

 「忠告は素直に聞き入れる。だが、お前と組むつもりはない」

 「ふーん。では、また明日」

 「一昨日来い」



 そいつは静かに姿を消していった。











 翌朝、集合場所にはすでにフィアとガレイさんがいた。


 「来たか。お前も随分と早く来たな」

 「そうか?別にそれほどでもないと思うが」

 「おはよう」

 「あぁ、おはよう」


 昨日のことは気になって仕方ないが、今は依頼を達成することだけを考えよう。


 「どうかしたか?」

 「いや?別に何でもないが。それより俺たちが乗るのはあの馬車で会ってるか?」

 「あぁ」



 今回の依頼は商人が乗る馬車の護衛。よくあるやつだ。


 目的地までの間に山賊が現れることはそれほど珍しいことでもない。そしてそいつらを倒すなり捕縛するなりすれば衛兵所からも報酬がもらえる。モンスターが少なくなったこの町では、そこそこうまみがある。



 その後俺たちは出発の時間に馬車に乗り込み、その後しばらくの間は特に何も起こらなかった。


 だが俺は昨日の悪魔からの忠告を忘れることができなかった。



 __隣町まで向かうなら気を付けたほうがいいですよ


 __だって途中の道から少し離れた場所にフィロソ族の集落がありますから



 フィロソ族が危険なのか、フィロソ族に危機が迫っているのか、どっちなんだ?どちらでもないことを祈りたいが。



やがていかにも山賊が出そうな深い森の中まで来た。なるほど。依頼料が少し多いのも納得だ。


 (ふーん。ちゃんと警戒しているみたいですね)

 (⁉︎)


 慌てて周囲を見回したが、黒い靄はどこにも見当たらない。


 「どうかしたの?」

 「あ、いや......」


 気のせい、ではないはずだ。


 いつでもナイフを抜けるよう準備した。


 (そうそう。それぐらい気を付けていたほうがいいですよ。もうすぐきますから)

 「来る?」

 「来る?何がだ」


 俺は何も答えずに荷馬車の荷物を探ろうと近くの袋に手を伸ばしかけた。


 (探しても見つかりませんよ。だって私はあなたの中にいますから)


 俺の中、だと?


 (ちなみにこの状態だとお互い念話で話せますから、わざわざ声に出さなくてもいいですよ?)

 (……聞こえるか?)

 (はーい、聞こえますよー)

 (俺の中にいるといったな。それはつまり)

 (取り憑いたらダメとは言われなかったので)

 (お、お前!)

 (安心してください。何も悪いことはしませんから)



 ひとまず自分の体をまさぐったり、頭痛や吐き気がないことも確認し、とりあえず今のところは何も起きていないものと判断した。



 (もうすぐ来ると言ったな。何が来るんだ?)

 (山賊……に偽装したとある組織の下っ端ですね)

 (なぜおまえはそれを知っている?たまたま俺についてきて、空中からそいつらを発見し、そいつらの会話からそれを知った、とかではないだろう?)


 その可能性もまぁ考えられなくもないのだが。


 (察しがいいですねー。私たち悪魔を召還したのもその組織の一員なんです)

 (なに⁉︎)


 勇者に味方する何者かの仕業かと思っていたが、組織ということは敵は十人や二十人なんてレベルじゃないぞ⁉︎



 (それで?敵の数は?)

 (左右に十五人ずつ、計三十人。前から囲むように迫ってきていますね)

 (強さはどれぐらいだ?)

 (まあそれなりの実力はありますけど……多分そちらのお二人なら問題なく倒せると思いますよ?時間はかかりますけど)


 ということは俺よりはるかに格上か……。


 (目的はなんだ?フィロソ族の抹殺か?)

 (いえ、今斧を持っている人の荷物の中にある箱が狙いですね)


斧ってガレイさんのことか。


 (また、その箱絡みか!一体何なんだあの箱は?そんなにやばいシロモノなのか⁉︎)

(私と契約してくれるならすぐにでも教えますけど、どうします?)



くっ!とにかく今はこの状態をどうにかする方が先か!


(今ならどうにかあなただけ逃げることも可能ですよ?)

(できるわけねーだろ!そんなこと!)

(今のあなたに何ができるんですか?戦って五体満足で生き延びられるとでも?)

(確かに俺は弱い。だが俺だけ助かったらこの先一生後悔するんだよ!)



考えろ。何が最善だ?とにかく考えろ!




 「商人さん。そこで止まってください」

 「えっ?」


 馬車を運転していた商人に無理を言って止めてもらった。


 「さっきからどうしたんだ?」

 「どうやら前から敵が近づいてきているようです」

 「何⁉︎」


 慌ててフィアとガレイさんが前方を注意深く観察した。


 「……いる。ここまで大体50メートルほど」

 「箱が狙いのようですね」

 「なぜそこまでわかる?」

 「俺もついさっき教えられたばかりだが、それについては後で詳しく話す」

 「そうだな。まずはあいつらをどうにかしねーと」


 二人なら問題なく勝てるそうだが……。俺もやれるだけのことはやろう。


 「ワタル。お前はここに残ってこの箱を守ってろ」

 「えっ?」

 「悪いが今のお前は一緒に戦えるほどの実力はない。魔力を使えば確かに能力は上がるが、長期戦ができるほど持ってないだろう?」

 「た、確かにそうですけど」

 「それに、俺たちに用があるなら俺たちで相手をしないとな」


 ガレイさんの言っていることは正しい。やはり俺は行くべきではないのだろうか。


 「じゃあ、これ持って行ってください」


 そう言って銀色の球を一個ずつ渡した。


 「これは?」

 「煙玉です。意外と煙の量がすごいらしいので注意してください」


 防具を買ったついでに手に入れたものだ。これなら万が一の時に目くらましができて役に立つはずだ。


 「分かった。使わせてもらおう」



 そして俺は例の箱を受け取り、二人は敵のほうへと進んでいった。


 なんだか嫌な予感がするのは気のせいだろうか。


 (気のせいなんかじゃありません。すぐに逃げてください)

 (さっきも言ったが二人を置いて逃げるとか__)

 (いえ、箱を置いて行ったので二人はひとまず無事です。向こうから仕掛けてこない限り敵が襲ってくることはおそらくありません)

 (は?なんで置いて行ったってわかるんだよ?これ以外の荷物は全部持って行ったんだからそん中にあるって考えるかもしれないだろ?)

 (確かに普通はそうです。でも向こうには探知能力に長けたやつが一人います)

 (?……ちょっと待て。ということはまさか……)

(馬車の中にあることはすでにバレています。つまり一番危険なのはあなたです)


なんだと⁉︎


状況を理解した時にはすでに敵のほとんどがこちらへと向かおうとしていた。


俺は急いで馬車から飛び降り、箱を抱えて全速力で走り出した。来た道を戻るのではなくその真横へ進んだのに特に理由はない。全員ではなく一人とはいえ、向こうに探知能力があるならどこを走ろうが結局同じだ。


(何してるんですか⁉︎早くそれを捨ててください!このままじゃ最悪長時間のリンチを受けた後でとんでもない殺され方をされますよ!)

(あのまま馬車の中に置いておいたら依頼主の商人がそういう目に合うだろうが!冒険者ってのは依頼主の安全はしっかりと守るべきもんなんだよ!)

(じゃあ少し走ったらすぐに捨ててくださいね⁉︎絶対ですよ⁉︎)

(んなもんお断りだぁー!それより俺の心配してくれるんならどこか安全なルートはねーのか教えろ!)



ないとは思うけどな。


(それさえ捨てれば……ってこれはもうてこでも動かないですね)

(あぁ正解だ。……ところで一つ質問だがもしお前と契約したらこの状況どうにかできるか?)

(えっ?どうしたんですか急に。するつもりはなかったんじゃないですか?)

(いいから可能かどうか答えろ!)

(……残念ながら無理ですね。私は下級悪魔ですから。上級悪魔だったら話は別だったんですけど)

(ちょっと待て。小悪魔じゃなかったのか?)

(違いますよ?下級悪魔も小悪魔同様、受肉する前は黒い靄みたいな姿なんです)

(お前まさかノルンの家で話全部聞いてたのか?)

(はい。正解です。)


こ、こいつ……。まぁいい。


(下級悪魔の能力を詳しく教えてくれ)

(私の場合は精神干渉と念話ぐらいしかできません。魔法は使えないんです)

(あいつらを操ることは可能か?)

(できません。すぐにレジストされます)

(空は?空は飛べるのか?)

(それぐらいできますけど、そこまで速くないです)

(飛べる高さに制限は?)

(ありません)



そうか。なら……いけるか?


もうこの際なるようになろう。


(わかった。じゃあ早速契約の方法を教えてくれ)

(えっ⁉︎)

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