少女異変

 ポンポン、と頭を叩かれた。


 「……ん」

 「お、起きたか」


 えーと、あ、ガレイさん。フィアさんも。


 そうか、もう約束の時間か。



 「おは…って、もうおはよう何て言える時間じゃねーな」


 口調をどうするか迷ったけど、いや、迷ったがとりあえず『俺モード』で進めよう。


 それで何か不都合があれば素に戻せばいい。


 ノルンは変えなくていいと言ってくれたが、やはり背伸びはしたい。


 「よく眠れたか?」

 「ああ、十分なくらいだ」


 おかげで魔力を全回復できた。



 「早速話を始めても構わないか」

 「ああ」


 ガレイさんとフィアが向かいの席に座り、あの時途中までだった話を再開させた。



 「ワタル、私たちの集落に行くつもりはある?」

 「あぁ、とりあえず詳しい話を聞きたいからな」

 「そうか、なら早速だが……」


 厄介ごとにはできるだけかかわりたくない。俺達を襲ったやつらはみんな死んだそうだが、本当にあの三人しか俺の顔を見ていなかったのかというと、正直自信はない。


 ひょっとしたら気が付かなかっただけで実は遠くから見ていたやつがいたかもしれない。


 昨日の出来事ではっきりと分かったが、俺は自分の身を守れるほど強くない。


 魔力さえなくなればただのガキ程度の実力だ。


 やはり仲間がいないと危険だ。


 だから彼らのほうから協力を持ち掛けてきてくれたのはとてもありがたい。





 俺は昔からあまりたくさんの人とかかわることが苦手でいざ自分に困ったことが起きると自分でどうにかしなければいけないことがほとんどだった。


 どうしてそうなってしまったのかはわからない。少なくとも幼いころはそうでもなかったはずだ。


 だがいつからか人との間に距離を置きたくなるようになった。


 見ず知らずの人間と何かしらのつながりを持つことに抵抗を持つようになった。


 魔王からの頼みを断ったのも、結局のところいきなり大勢の人とかかわるのが嫌だったという単なるわがままにすぎなかった。勇者としては最低だな。そんな自分勝手な理由で断るだなんて。まぁ、勝手に巻き込むなという気持ちも嘘ではなかったが。


 今思えば、魔王たちが言っていたことは本当だったんだろうな。あの時もっと前向きな返事をしていてもよかったのかもしれない。街の人々から情報を集めた今だから言えることかもしれないが。



 勇者がこの街に戻ってくるのは時間の問題だ。そうなれば魔人たちは必死になって戦わなければならない。


 ……もし魔人領が滅びたら、俺はずっと罪悪感を抱えたまま生きていくんだろうな。



 無力な俺に勇者とまともに戦えなんてのは無理な話だ。それでも、弱いなりになにかはできるかもしれない。




 ノルンは魔王の孫娘だったんだな。


 俺のことはどの程度知っているんだろう。勇者召喚されたことは当然知っているとして、俺が彼女の祖父の頼みを断ったこととか、特にチートを持っているわけでもないということまでは……多分知っているだろうな。


 どう思っているんだろうか。どうしてもっと強い人が来なかったんだとか内心では思っていたりはするだろうか。



 とにかく、後でしっかりと謝ろう。




 おっと、思考が少しずつ逸れている。


 えーとっ……あぁ、そうだ。仲間を作るのが苦手だってことを考えていたんだ。



 今まで前の世界だったらそれでも何とかはやっていけたがここではそうはいかない。


 ここは一人で生きていけるような世界ではない。



 だからこれはチャンスだ。これを機にもっと多くの人と関わっていこう。






 「とまぁ、そういうわけだが、何か質問はあるか?」

 「いや、特にない」

 「じゃあ、明日の早朝底へ集合だ」


 その後俺達は昼食を済ませ、二人はギルドから出て行った。



 さて、俺も準備するか。


 席を立ちあがったところでノルンが、いや、ノルンさんがやってきた。皿を回収しに来たのか。


 「ごちそうさまでした。おいしかったですよ」

 「ありがとうございます。といっても私が作ったわけではないですけど」


 運びやすいように皿を重ねて渡した。


 「あっ、わざわざすみません」

 「いや、別にこれぐらい大したことないけど」

 「ありがとうございます。ところで、今日の午後って空いてますか?」

 「えっ?えっーと、ちょっと買い物はするけど全く空いていないわけじゃないよ」

 「じゃあ買い物に付き合うので少し二人きりになれる場所で話しませんか?」


 話し合いっていうと、僕が勇者であることについてとかそのあたりかな?


「えっと、仕事は?」

「今日は午後から休みをいただいているので大丈夫ですよ」

「あー、じゃあそういうことなら」





それからしばらくして私服に着替えたノルンさんがやってきた。


「お待たせしました」

「いえ、大丈夫ですよ」

「今日は何を買うつもり何ですか」

「ちょっと装備を買い替えようと思ってて」

「新しい武器ですか?」

 「いや、ナイフと棍棒は強度も威力もそこそこあるし、まだいいかな。今回は防御力を上げるために盾と…あとお金に余裕があったら鎧も買うつもりだよ」


 魔力障壁や装甲に使う魔力が減れば、その分攻撃に使える。




それから少し歩いて防具屋に向かった。


うーん、迷うな。品揃えが豊富でどれを選べばいいのかさっぱりわからない。


とりあえず店の中を一回りしてみる。



あっ、このデザインいいかも。防御力もかなりありそう…って高っ!一体何桁あるんだ!?


これはどう考えても重すぎる。


これは…いや、それよりもあっちの方が…。



盾も鎧もこれだっていうものがなかなか見つからない。




ん?これは……。


「何かいいの見つかりましたか?」

「うん。ちょうどいいのが見つかったよ」



 こうして僕が選んだのは…。


 「小盾と…外套ですか?」

 「僕もまさか防具屋にあるとは思わなかったよ」


 小盾は何の飾りもない三十センチほどの丸いやつ。大きいほど防御力は上がるけどその分重くて機動性が落ちる上に持ち運びに不便だから迷うことなくこれを選んだ。アイテムボックスか何かがあれば別の選択肢をとっていたかもしれないけど。ラノベの主人公がうらやましい。


 で、外套の方はというと、深緑色のフード付きで、もちろん防御力もそこそこある。金属鎧に比べたらあってないようなものだけどね。


 でもこれのすごいところは優れた隠密性だ。どういう素材でできてるのかちょっと動いたぐらいじゃ音がしない。よほど激しく動かない限りはかなり耳のいい人でないと聞こえない。


 極力戦闘は避けたいから万が一敵が近くにいてもうまくやり過ごせる可能性がある。迷彩色ならもっとよかったんだけど、あいにくこの世界にそれはないらしい。


 すぐ隣に魔法が付与された外套もあったけど、とても買えるような値段じゃなかった。カメレオンみたいに周囲の色と同化できる効果はぜひ欲しいところだけど。


 「きっとそのうち買えますよ。だってワタルさんそれほどお金使いませんよね?」

 「まあ特にほしいものがなかったっていうのもあるけどね」


 討伐依頼なんてしなかったから武器のメンテナンスも必要ない。でもこれからはそうもいかないかもなぁ。


 「まだ少し残金に余裕があるし、あれ買おうかな」

 「あれ、と言いますと?」

 「あっ、ちょうどあそこの道具屋で売ってるやつだよ」


 そして道具屋で目的の商品も購入した。もうこれ以上の買い物はできないかな?



 「じゃあ買い物は終わったし、どこか二人になれる場所探そっか」

 「あっ、それならもう決めてあります」



 ノルンさんに連れられて向かった先にあったのは…。


 「二人部屋でお願いします」

 「かしこまりました」


 宿屋?冒険者ギルド直営のものとは違うものだ。


 「あの、ちょっと話すだけなのに、宿屋を使うのは少し高すぎませんか?」

 「でも確実に二人きりになれますよね?」

 「まぁ確かに、安全ではありますけど…」


 あっ、でも今日このまま泊まればいいのか。ノルンさんはこの後、家に帰るから二人分の料金で一人一泊か。一人分払い戻しできないか後で聞こう。




 階段を上がり、一番奥の部屋まで入った。厚手のカーテンは閉じたままで薄暗い。開けようとしたらそのままにしてくださいと言われた。さっきまでの笑顔はどこにもなく、ひどく思いつめた表情だった。そして無言で腕輪を外した。角のある本来の姿になった。


 

 すぐベッドに腰を下ろしたけど、ノルンさんが座る様子はない。僕だけ座っているのはなんか悪いのでそっと立ち上がった。


そういえば目が赤くないけどそういうタイプの魔人もいるのかな?



 ほんの少しの沈黙の後。


 「ワタルさん」

 「あっ、はい」

 「今朝も言いましたが、私は魔王ギレンの孫娘、ノルン=ウルヴェルス=グリングルドです」


 それから一つ深呼吸をして深々と頭を下げた。


 「本当に、申し訳ありません!」


 「全部私の責任です。私がみんなをうまく説得できていればワタルさんを巻き込ませずに済みました。それなのに私は_」


 謝罪の言葉が途切れることなく続く。一つ一つ言葉を重ねていくごとに、ずっとこの人の胸にあった後悔が、罪悪感が、自分への嫌悪感が、あふれ出していくかのように、涙が次から次から流れ出ていく。



 どうやらノルンさんと魔王は召喚に反対派だったらしい。でも魔王は臣下達の声に押され、儀式の許可を出した。それを知った彼女は猛反対し、賛成派の説得を試みたがうまくいかなかったようだ。


 で、準備が進められていく中で、万が一のために逃げるよう言い渡され、クルスさんたちとともにここで暮らすようになったと。



 僕は嘘を見抜く能力は持っていない。でも、きっとこの人の言っていることは真実だ。そう信じている。


 「私は_」

 「えっと、とりあえず顔を上げてください」


 やっと目を合わせてくれた。頬を伝っていく涙は今も止まっていない。 


 ずっとこのまま泣かせるわけにもいかないけど、どういえばいいんだろう。女の子を泣き止ませたことなんて一度もないんだけど。


 「…まぁ、その、正直に言うと召喚されたときは勝手に巻き込むとかふざけんなとか思ってましたけど…」


 ノルンさんは再びうつむきかけた。


 「でも、もう元に戻れないものは仕方ないと割り切っています。誰かを責めたところでどうにもなりませんし」

 「…本当に割り切れているんですか?」

 「そりゃあ心残りはたくさんありますけど、もうどうしようもないじゃないですか。だからこの世界で前の生活以上に幸せになろうって思ってますよ」

 「……そう思うしかないってことですよね?そうでもしないと生きていけいけないからそう決めたんですよね?」

 「えっーと、まぁそれも間違いではないんですけど…前から一度異世界に行ってみたいってよく考えていましたから、意外とすぐにここでの生活も悪くないなって思うようになりましたよ」

 「……」

 「だからその、あまり自分を責めないでください。あなただけの責任じゃないんですから」

 「で、でも」


 やっぱりそう簡単には納得してくれないよね。


どうもこの人は僕がこの世界での生活に苦しんでいるように思っているみたいだけど…。



 「ノルンさん」

 「は、はい」

 「今までの僕の顔を思い出してほしいんですけど…つらい思いをしているように見えましたか?」

 「……いえ、とてもそうには見えませんでした」

 「ですよね。実際あなたが思うほど悲しんだりしたわけじゃありませんから。もうそのことについては気にしないでください」


 しばらくうつむいたままだったけど、やがて小さな声で、「はい」とうなずき、渋々ながらも一応の納得はしてくれたみたいだ。






 「あの…」

 「ん?何ですか?」

 「明日はどうする予定ですか?」

 「明日ですか?明日は馬車の護衛依頼があるのでそれを受けに行きますけど」

 「大丈夫なんですか?馬車の護衛といったら野盗と戦うことがよくありますよ?」

 「それなら大丈夫ですよ。銀ランクの人と一緒に仕事しますから」

 「いえ、そういうことではなくて…人を傷つけるわけですよね?」


 やっぱりそっちの心配か。確かに今も殺すことには抵抗があるけど_


 「傷つけるのは、もう仕方のないことだと割り切りましたから」

 「……ワタルさんはワタルさんのままでいてくださいね?」

 「はい、もちろん。だから安心してください」


 敵は敵である以上手加減はしてくれない。

 ちょっとした隙が命取りになる。

 最悪、敵の四肢は切断しなければならないと覚悟しないと。











 「ところで、僕はもうここでゆっくり休むつもりですけど、ノルンさんはこれから帰りますよね?」

 「は、はい、そのつもりですけど……あの、ワタルさん」

 「はい」

 「も、もし…少しでもこの世界に来たことに不満を持っているなら……えっと、私のこと、好きにして構いませんから」

 「……はい?」

 「ワタルさんはああいってくれましたけど、責任はどこかでとらないといけないと思うんです」

「いや、別にそんなの…うぇっ!?」



突然視界が暗転したかと思うと、気付けば天井が見えた。一瞬何が起きたかわからなかった。


えっ、ちょっ、まさか…押し倒された!?


「あ、あの、ノルンさん?」

「大丈夫です。私はいつでも構いませんから」


頰を上気させながら耳元で囁いてくる。


思わず心臓が飛び出そうになる。




「と、とりあえず落ち着いてください!」

「そんなに恥ずかしがらなくていいじゃないですかぁ。ふふふ」



おかしい。絶対に何かおかしい!



慌てて引き離そうとしても、全く身動きが取れない。身体強化をしてもだ。


「…大好きですよ。ワタルさん」


だんだんと、意識が薄れそうになる。頭が今にもとろけそうだ。



……もう、このまま襲ってしまってもいいんじゃ…ない、か……いや、ダメだダメだ!!こんな風にその場の勢いに任せてやったら絶対に後悔する!絶対にするな!落ち着け!



ノルンさんは、服を脱がそうとしてくるが、それはいったん気にせず、深く、深く深呼吸をする。



よし、意識もはっきりとしてきた。



まずは周りをよく見て状況の把握を……。あれ?



「ふふふ。天井のシミを数えている間に終わりますからね♡」




そう、天井にシミ…じゃなくて、なんかいるぞ!?

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