微笑少女

 「おい、ノルン!ノルン!」


 俺は女性の大声で意識がぼんやりと覚醒した。だが、まだ眠い。二度寝したい。


 「んん…。あ、おはようございます」

 「おはようございます、ではない!なぜこんなところで寝ている!?」


 なんか誰かが話してる。少し静かにしてほしい。いや、もう起きるべきか?


 「ワタルさんにもし何かあったら大変ですから念のためそばにいようと」

 「ただの魔力切れですからこのまま休ませておけば何も問題ありません。私たちも早く寝ましょう。……といってすぐに自分の部屋に向かったのはどこの誰ですか!?」

 「気が変わったんです」

 「…!まさか最初からそのつもりで…」


 この声は…ノルン?知り合いとでも話してるのか。



 ……え?ノルン?


 恐る恐るまぶたを開け、首をゆっくりと横に向けると……、


 「あっ、ワタルさん!目が覚めましたか?」

 「うぇええええ?」


 がばっと身体を起こす。予想外の出来事に目は完全に覚めた。


 目覚めるとそこに、美少女ノルンがいた。ぱぁぁぁっと、それはもうまぶしいぐらいの笑顔で。


 どうやら彼女はベッドに頭と両手を載せた状態で寝ていたようだ。


 落ち着け、落ち着け。


 「えっと、おはよう。ノルン。これはいったいどういう状況だ?」

 「おはようございます、ワタルさん。昨日ワタルさんがいきなり倒れたので急いで家まで運んで看病していたら、いつの間にか私も眠ってしまったみたいで。今やっと起きたところです」

 「やはり最初からそのつもりだったのか!」


 えっ、何?俺は女の子に看病してもらうという素晴らしいイベントを?


 なんかうれしいけど……少し恥ずかしい気もする。


 「体はもう大丈夫ですか?」

 「いつもの魔力切れだ。大したことはない」

 「よかった…っていつも倒れてるんですか!?」

 「いや、きちんと寝床まで持つよう配慮していたから、想像してるようなことにはなってない」


 実際この町に来て以来、屋外で意識がなくなったのは一昨日と昨日の二回だけだ。


 「少し早いですけど何か食べられますか?」

 「あー、じゃあお言葉に甘えて何かいただこうかな」


 正直寝起きで大して食欲はわかないが、無下に断ることはないだろう。


 「クルス。ルゥとエルザは?」

 「そろそろ配膳の準備でもしているはずだが……そんなことよりノルン!勝手にどこの馬の骨ともわからない男と同じ部屋で寝るなど非常識だぞ!」

 「すみません。止められるとわかっていたのでどうしてもこうするしか……」


 ひょっとして……ノルンも俺に気があるのか!?そうでもなきゃこんなことしないよな!?


 いや待て待て待て。ただ単に彼女が人一倍心優しい正確なだけって場合も……。


 わからん。直接聞かない限り断定なんてできない。


 まぁ、それはそれとして。


 「あー、ノルン」

 「はい。何でしょう」

 「俺を心配してずっと看てくれたのはすごくうれしいし、感謝している。本当にありがとう」


 俺はベッドの上で正座し、頭を深く下げた。あ、手は太ももに乗せているので土下座ではない。


 「い、いえ。当然のことですから」


 ノルンは慌てて手を振った。


 ベッドから起き上がると向こうも遅れて立ち上がった。俺は真正面から彼女と向かい合う。


 「ただ、俺もそこにいるクルスさんと同じ意見だが一人でつい最近知り合ったばかりの男と一緒に寝るのはよくない」

 「え?」

 「といってもうっかり寝てしまったみたいだからそれは仕方ないかもしれんが。でも、もし俺がろくでもない男で、その、お前より早く起きていたら今頃とんでもないことになっていたかもしれないぞ?」


 俺にそんなことを言われるとは思っていなかったようで明らかに不満そうにしていたが、


 「ほかの男性の方とはそんなことしませんから安心してください」

 「いや、そういう問題じゃない」


 結局この話はいったん終了した。


 できれば俺の看病をするときも事前に誰かの許可を取ってほしい。あらぬ誤解を招いたら面倒だ。


 「じゃあ着替えてきますから先に席についていていいですよ」

 「あぁ、分かった」






 ノルンの足音が聞こえなくなったところでクルスが険しい顔で近づいてきた。


 「おい貴様。ノルンとはどういう関係だ?」

 「つい昨日知り合ったばかりの友人だ。向こうは少し前から知っていたようだが」

 「前から?」

 「彼女が冒険者ギルドの酒場で女給やってるのは知ってるだろ?俺はよくそこで飯を食っているんだ」

 「……あの子に何かしたのか?」

 「いや、何もしていない。ちなみに俺のことはどう聞いている?」

 「成り行きで一緒に仕事をしたあと家まで送ろうとした、ぐらいだな」


 約束通り俺が無詠唱で魔法が使えることとやり方を教えたことは秘密にしてくれたのだろうか。だとしたらとても助かる。


 「昨日襲ってきたやつらはノルンをさらって辱めるつもりだったと聞いたがそれは本当か?」

 「あぁその通りだ」

 「魔力切れになるほど魔法を使って守ろうとしたらしいな。それに関しては感謝する」

 「いや、礼には及ばない。あ、そういえばあの後どうなったんだ?三人とも武器を持っていたから大変だったんじゃないか?」

 「そいつらは全員切り殺して衛兵の詰め所近くまで運んだ。あの程度なら大したことはない」

 「そうか」


 この世界では強盗とかの悪人を殺した場合、罪には問われずむしろ報奨金がもらえる。

 この人相当の手練れなのだろうか。確かに甲冑さえあれば見た目女騎士って感じだ。


 「話を元に戻すが、お前が彼女を守ろうとしたことに関しては感謝している。だが……家まで送ろうとしたのは下心があったからではないのか?」


 ギクッ


 さっきよりもさらに怖い顔で詰め寄ってきた。


 一瞬冷や汗が出そうになり何とかごまかそうとしたが……、俺は嘘が苦手だ。すぐばれるだろうし、ばれたら向こうの敵意が強まるだけだ。なにもいいことはない。それにそもそもごまかさなければいけないことだろうか?


 「下心といえば下心だな。せっかくできた友達ともっとたくさん話がしたいと思っていたし。実は俺友達と呼べるような奴はノルンしかいないんだよ。ほかに仲がいい知り合いって言ったら冒険者の先輩たちとか両手で数えられるぐらいにしかいない」


 俺は正直に話すことにした。


 冒険者の依頼をこなすうえで顔を合わせた人たちはそれなりにいるが一度会ってからはもうそれっきりの場合も多い。


 「話す機会なんて明日以降もあるのはわかっていた。だが昔から相手が忙しいんじゃないかって理由つけて自分から話すことなんてそう多くなかったからな。話せるうちに話そうってつい気持ちが先走ってしまった」


 こんなだからずっと友達作り苦手だった。


 「女性の夜道が危ないって思ったのは本当だ。だがほとんどは俺の自分勝手なわがままだったな。…だからまあ……悪かった」


 今度はさっきよりも深々と頭を下げた。


 下心があった以上謝ったほうがいいよな。


 「……あくまで友人としての中を深めたかった、そういうことか?」

 「あぁ」


 正直恋人になりたいという気持ちもあるにはあるが……まだそれは早いと思っている。少なくとも二、三ヶ月は友達の関係を維持したい。


 軽いため息が聞こえた。


 「もし下種な欲望で近づいたなら真っ二つに切っていたところだが……」


 物騒だなこの人!


 「まあいい。あくまで友人であるならば私からは特にいうことはない。だが、もし彼女に何かしようとしたならば……切るぞ」

 「わかった。……ところでさっき名前が出てきた二人も含めてお前たちはどういう関係なんだ?」

 「……仲のいい者同士、というところだな」


 じゃあここはシェアハウスみたいなものか。






 リビングルームっぽいところまで案内されると、二人の女性があらかた配膳を終わらせていた。見たところこいつらも俺のことはあまりよく思っていないようだ。なんとなくそんな気はしていたが。


 「あら、目が覚めたようですね」

 「エルザ。悪いがこいつの分も用意してくれ」

 「えっ?」

 「あの子の頼みだ」

 「……わかったわ」


 ツーサイドアップの女性がエルザ。


 「具合はどう?」

 「まあ寝起きで頭がすっきりしないことを除けば全く問題はない」

 「そう。ならいいけど」


 こっちのサイドテールが多分ルゥ。


 「お待たせしました」

 「いやそれほど待ってはいないぞ」


 で、ショートカットがクルスか。よし、覚えた。



 こうして俺たちは席に着いたわけだが……。


 「ノルン。なぜ彼の隣に」

 「えっ?たまたまですけど」


 殺気のようなものを感じたので早く食べよう。あ、このスープうまいな。





 朝食を食べ終えたところで改めて礼の言葉を述べ、ギルドで人と会う約束しているからとすぐにお暇することにした……のだが。



「それならワタルさん。私もそろそろ仕事に行く時間ですから一緒に行きませんか?」

 「こんな朝早くから仕事してるのか?」

 「仕事といっても机を拭いたりとか簡単なものですよ。それに休憩時間もそれなりにありますから大丈夫です」

 「だとしても大変だな」

 「では私たちも行きましょう」

 「別に大丈夫ですよ」

 「しかし!」

 「こんな早い時間に行っても依頼は何も張り出されてませんよ?」

 「うっ、しかし……」


 とまあ、三対一のちょっとした押し問答があったが、結局終始落ち着いた微笑みを絶やさなかったノルンに圧倒されたクルスたちは言い負かすことはできず、また俺たちは二人きりで街を歩くことになった。


というかあの三人冒険者だったのか。


 それにしても……あの堂々とした態度といい妙に人を説得させるような笑顔プレッシャーといい、この子本当にただの町娘だろうか?

 

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