彼女ができたが胃が痛い

@mia

第1話

 大学に入ったら彼女ができた。

 サークルの交流会に参加した時に出会った女の子だ。

 交流目的なので、最低十人の女の子と話すよう先輩に命じられた。なぜ女の子限定と疑問に思ったが頑張った。

 何人目かの相手の女の子だったが、同じ作家が好きで話が盛り上がったのだ。

 ただそれだけだったのに、飲み会のノリと酔っ払った先輩の勢いで付き合うことになってしまった。僕と彼女は未成年なのでもちろん飲んでいない。

 付き合うと言っても学部が違うので、昼飯を一緒に食べたり時間が合えば駅まで一緒に帰ったりするぐらいだ。彼女も僕もまだバイトをしていないので、バイトをするようになったらもっと会う時間が減るかもしれない。

 付き合うと言うにはあっさりとした関係だが、僕は結構この付き合いが気に入っている。

 付き合ってから二週間したくらいで、彼女がお弁当を作ってきてくれた。遠慮していたが、お母さんにお弁当くらい自分で作れと言われたのでついでだから、とそれからも僕の分も作ってくれた。彼女は自宅だが僕はアパートに一人暮らしなので、正直助かった。   

 お弁当は美味しかったと思う。

 ひと月もすると、彼女は駅から少し離れた場所にある食堂でアルバイトを始めた。

 食堂といっても夜は居酒屋になるようなお店だった。結構人気ある店なのか彼女が疲れたような顔をするようになった。目の下にクマもできた。

 ある昼の待ち合わせの時、僕が少し遅れた。その時彼女はスマホを見ていたが、寝落ちそうだった。スマホを後ろから覗いたらブログを見ていたようだ。お弁当を作ってきてくれた。

 いつも悪いので材料費を払うと言っても、彼女はついでだからと言って受け取ってくれなかった。その代わりにスイーツを買ったり、たまにファミレスで晩御飯を奢ったりした。

 家に帰ってからふと思い出して、彼女が見ていたブログを探してみて驚いた。

「私を作るのは食べ物」と主張する女の人のブログだった。

 内容はすごかった。遺伝子組み換え食品なんて許さない勢いだった。野菜は無農薬で作った野菜を使う。そういう農家から直接買っているらしい。

 でも、無農薬って大変だと思う。小学生の頃、おじいちゃんの家に泊まりに行った時に庭の草むしりを手伝わされたが、日曜日に草をむしっても次の週泊まりに行ったらもう草が生えている、そんな時期がある。あの狭い庭でも草むしりが大変なのに広い畑で草むしりは無理なのでは? 何を使ってるのだろう。

 それだけはではない。土から作るということで、なんとかというマメ科の草を生やしてそれをすき込んで土を作る。堆肥も完全発酵させたものを使う。堆肥に使う糞もエサに気をつけた家畜からの糞を使っているらしい。

 肉もエサに気をつけることはもちろん、抗生物質などを使わないで飼育している家畜を使うらしい。狭い場所での飼育などしていない。

 これ肉も野菜もすごい手間がかかっているんだけど、そういった材料しか買わないらしい。

 食べ物に気を使うブログ主の使う調味料もすごかった。

 昔ながらの製造方法を守っているしょうゆや味噌や塩、砂糖を使っている。大量生産品より時間も手間もかかっている。

 このブログを読んで、僕は血の気が引いた。もしかして彼女の作っているお弁当ってこういうのが材料なのか。彼女がアルバイトを始めたのって、材料費を稼ぐためなのか。

 なぜこうなった?

 ブログを読んだ翌日からお弁当を食べるのをためらってしまう。

 今までの材料費がいくらかかったのか彼女に聞きたいが、怖くて聞けない。

 弁当を作らないでいいと言っても、彼女は自分が作りたいから、と作るのを止めなかった。

 作られたのを目の前に出されると食べなければいけないが、値段を考えると胃が痛くなってくる。

 彼女は普通にファミレスで食事をするし、コンビニスイーツも食べている。

 料理の材料にこだわるのは主義主張ではないはずだ。

 それならばと思い材料にこだわらなくてもいいということをそれとなく伝えるが、それ以降もお弁当の味に変わりはなかった。

 彼女の目の下のクマが少し濃くなったような気がする。

 ラウンジで彼女が友人達と話しているのをたまたま聞いてしまった。本当にたまたま。

「今、有名な鍛治職人さんに包丁注文してるの」

「包丁? あ、もしかして嫁入り道具?」

「え、結婚するの? 結婚するの早くない?」

 彼女の包丁注文に友人達が勝手な事を言っている。

 それに応えるように彼女は「ずっと一緒にいたいと思っている」と話していた。

 僕は胃を押さえながらその場を離れた。

 結婚って何? 結婚ってそんな話、今まで一回も出てきたことないよね? どうしてそうなるんだ。

 一人でパニックになっていたが、アパートに着く頃には落ち着いていた。

 部屋で彼女が言っていた鍛冶職人を調べた。その包丁を使った人の感想がSNSで上がっていた。

「前の包丁と切り口が全然違う」「すごいよく切れる」「この包丁、嫁入り道具として絶対に持って行きます」など高評価。

 あの友人はこれを見たんだ、多分。

 でも、ちょっと待って。

『ずっと一緒にいたい+嫁入り道具の包丁』だと結婚かもしれない。

『ずっと一緒にいたい+よく切れる刃物』だとやばくないか、僕。

 結婚は人生の墓場と言うらしいが、この二択、どちらを選んでも僕は墓場行き。

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