第15話 フィーネのスローライフ2
翌朝カーテンを開ける音でフィーネは目覚めた。
「フィーネ様、おはようございます。お加減はいかかですか?」
心配そうにマーサがのぞきこむ。
「マーサさん、おはようございます。あら?」
フィーネはゆっくりと起き上がって驚いた。夢でも見ていたのだろうか。いつもの豪華なゲストルームで寝ていた。昨日は確か小屋で眠りについたはずなのにと、夢うつつで記憶が混乱する。
「私、どうして、こちらで寝ているのでしょう?」
キョトンとした様子でフィーネが聞く。
「フィーネ様が、あの小屋に引っ越したと聞いてご主人様が慌てて、城まで連れて帰って来たのですよ」
眉をさげ微笑みながら、マーサが言う。
「ええ!」
フィーネはびっくりした。
「あの小屋を使ってはまずかったでしょうか?」
また迷惑をかけたのかと心配になる。
「そうではなく、夕食を召し上がらないフィーネ様が心配になったそうです」
「まあ、そうだったんですか?」
ノアの親切に驚いた。
「フィーネ様は、昨夜ご主人様に運ばれこちらの寝室に」
「え! それは、ご迷惑をおかけしてしまいましたね。あら、でも、どうして私、目を覚まさなかったんでしょう?」
マーサがふっと悲しそうにため息をつく。
「フィーネ様はお眠りになっていたのではなく、気絶されていたようです。私どもがお止めしていればこのようなことにはならかったのに」
「まあ!」
迷惑をかけないつもりが、逆にとんでもなく迷惑になってしまった。
小屋での生活は楽しそうだったが、フィーネは早々にあきらめることにした。
死期を悟れば森にきえるなどと言っていたが、どうやらフィーネにはその方面の直感はまったく働かないようだ。
朝食に粥をたべていると、部屋にノックの音が響いた。
「ご主人様が、いらっしゃったようです」
そう言って、マーサがフィーネにガウンを着せ、肩にショールをかける。
返事をすると不機嫌な様子のノアが入って来た。
「お前は目の届くところにいろと最初に言わなかったか」
怒っていた。
「すみません。あまりにもこちらの生活が贅沢で申し訳なくて」
「は?」
「だって、私は何もしていないのに、おいしい食事やお茶を用意していただいて。実家は詐欺のような真似をしたのに申し訳なくて。よくよく考えてみたら、一番の被害者はノア様ですよね」
冷静になってみると、玄関先で実家に復讐したいなどと言って、洗いざらいぶちまげて、騒ぎ立てた自分も十分頭のおかしな女だと思う。
「これが贅沢か? 別に貴族として普通の生活だろう。伯爵家でもこれが普通なのではないか?」
「いいえ、私は病でふせるまで、身の回りのことは自分でしていましたし、父の手伝いをして忙しく過ごしていました」
「なんだ、それは? 普通、伯爵令嬢といえば噂話に茶会に夜会、日がな一日遊んですごすものだろう」
「それは偏見です」
思わず笑いが漏れる。ミュゲが聞いたら怒り出すだろう。ミュゲによると社交はフィーネではとても務まらないほど、大変なのだそうだ。
「では、お前の兄姉妹も働いていたのか?」
「お兄様は、留学していました。姉は社交に忙しく、妹は幼いので茶会に時々参加していましたね」
「お前はその間何をしていた」
「父の仕事の手伝いです」
ノアは眉をひそめた。
「いろいろとおかしいところはあるが。まあいい、俺の話を聞け」
彼の説明によると、ここの所フィーネの調子が良かったのは、だらだらとした生活のお陰で、ほんの少し、食事やポーションを抜くと昨夜のように眠るように意識を失うらしい。
その後軽くお説教された。
「あの、ノア様、ご迷惑をかけたことは申し訳ありませんが、ノア様が好きな場所に住んでもいいとおっしゃっていたのですよ」
「何の話だ?」
ノアが不機嫌そうな声を出す。
「研究棟で私の測定が終わった後、聞いたではないですか」
ノアが困惑したように眉を顰める。
「は? 全く覚えがないのだが。とにかく、俺は研究に夢中になると何も聞こえなくなる。だから、言いたいことがあるときには研究棟にいないときにしてくれ」
「ノア様が研究棟から出てくることはあるのですか? めったにないように思います」
「わかった。それではこうしよう。一日一回俺とお前は一緒に食事をとる。言いたいことがあるなら、その時にしてくれ」
ここへきてから、ノアと食事をともしたことはなかった。食堂へ降りることもなく、食事もマーサが部屋に運んでくれていた。
「それは一緒に食堂でということですか?」
「そうだ」
屋敷の主人の命令だ。実験体であるフィーネは聞かないわけにいかない。
「承知しました」
「それと測定結果がでた。お前の魔力の正体がわかったぞ」
「はい? 魔力ですか?」
魔力なしと判定されているので、魔力と聞いてもピンとこない。
「無属性だ」
「ムゾクセイ? なんですか、それ? 属性は確か、火、水、土にわかれているのではないですか?」
聞いたことのない言葉に、フィーネはキョトンとした。
「驚いたな。本当に魔力に関しては七歳児程度の知識しかないのだな。属性はもっと多岐にわたり、細分化されている」
あきれたようにノアが言う。
「魔力なしだと聞いて以来、魔導に関することには触れてこなかったので」
フィーネは魔力なしの事実がつらくて、極力魔導には触れないようにしてきたのだ。
「まあ、いい。とにかくお前の属性は特殊なもので珍しく、まだ研究もたいして進んでいない。そのうえ、簡易式の魔力検査では観測されない。お前は非常に貴重なサンプルだ」
ノアがほんの少し、興奮気味に言う。死ぬまでここにおいてもらえそうだ。存外居心地がよかったので嬉しく思う。
「よかったです。半年間よろしくお願いします」
にっこり笑って返事をすると、ノアがふいっと顔をそむけた。
「とにかく、お前は大事な実験体だから、絶対に無茶はするな。何かするときには必ず、俺に聞いてからだ」
それはさすがに窮屈に感じる。
「お散歩もですか?」
「まあ、散歩くらいはいいが、一人はだめだ。必ず使用人を連れていけ。それと、時間があるときは俺が付き合ってやる」
「え?」
フィーネが驚きに目を見開くと、ノアは咳払いを一つした。
「俺は研究に詰まるとよく湖畔を散歩するのだ」
「本当ですか! その時はぜひご一緒させてください」
それから、フィーネはここの植生についてノアを質問攻めにした。
その結果、体調に無理のない程度で、屋敷の書庫への出入りを許可されたのだった。
フィーネはここに来てからというもの、とても快適な日々を送っていた。
こんなことは生まれて初めてだ。
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