第12話 やっぱり変人でした2

「なんだか嬉しくない表現だな。それにお前の家族は、余命半年の娘をこんな辺境の地へと送り付けたのか。旅の途中で死ぬかもしれないのに」


 彼は余り感情の変化のない人のようで、抑揚のない声で淡々と問うてくる。


「両親は、おそらく私が余命半年だとは知りません。兄と姉の仕業です」

「どういうことだ?」


「診療所の医師には大切な話があるから、両親を連れてくるように言われたのですが、兄と姉が強引についてきてしまって。父母に私の余命のことを黙っていたようです。

 私はすべての事情を、実家を旅立つ前日に知らされ、兄に本当の名を名乗れないように制約魔法までかけられ、このように髪も赤く染められました」


「赤くね……もう色は落ちかけているがな。本来の色は白金プラチナブロンドか。それで、お前はどうしてそこまで家族に嫌われているのだ」

 単刀直入な言葉がぐさりと心に刺さる。

 

 彼のような天才魔導士には魔力なしがどのような扱いを受けるか想像もできないのかもしれない。


「魔力なしだからです。ハウゼン家の子供に魔力がないことは恥なのです。しかもハウゼン家特有の赤毛ではないので、母は私を生んだ後不貞を疑われ、父との間もぎくしゃくしたたそうです」


 そこまでフィーネが話すと、魔導士は興味なさげに顔をそむけた。


「まあいい。家族の問題は、俺には関係がないからな。それで、いったい何の病気だ?」

「魔力枯渇症です」


 魔導士がびっくりしたように、目を見開く。この人にも表情があったのだとフィーネは感心した。


「魔力がないのに、魔力枯渇症だと? やはりおかしいな。お前、王都のどの医者に診てもらった」


「ワーマイン先生です」

「なるほど、ならば見立てに間違いがあるはずはなかろう。治療は受けないのか?」


「余命も告げられましたし。それに私は魔力なしとの判定が出ているので、原因不明だそうです。先生も困惑していらっしゃいました」


「そうかもしれないが、だからこそ、その原因を探るべきではないのか?」

 いかにも研究者らしいことを淡々と語る。


「ええ、可能性はうすいけれど他国の医者に診てもらってはどうかとのアドバイスもいただきました」

「確かにこの国が一番発達しているからな。で、お前の家族はそれについてなんといっている?」


「兄も姉も興味ないようでしたから、病名を聞いたのは私一人です。だから家族は肺の病だと思っています」


「なるほど。そうとうこじれているな」

 呆れるというより、感心したように言う。変に同情しているふうもなく、それがかえってフィーネの口を軽くした。


 しかし、これほどしゃべったのは久しぶりで、さすがに疲れを感じてきた。

「あの、申し訳ないのですが、気分が悪いので休みたいのです」

 ベッドに腰かけているだけでもくらくらしてくる。のどがカラカラで咳も出そうだ。


「ああ、わかった。しかしその前に、足を見せてくれないか?」

「は?」

 フィーネは途端に警戒し、身を固くした。


「おい、俺は魔導士であるとともに、魔法医でもあるんだぞ。その功績がたたえられて叙勲したのだ」


「はあ、なにぶん世間のことには疎くて、申し訳ございません」

 叙勲したのは知っているが、最近ではおかしな研究ばかりをしていて魔塔から追い出されたという噂をミュゲやマギーから聞いていた。それに人体実験の話も本当だった。


「足先だけでいいから、診せてみろ」

 フィーネは足に出た青い湿疹を見せる。これを見てワーマインは魔力枯渇症と診断したのだ。


「確かに、これは魔力枯渇症の症状だ。加えて咳に吐血か。末期の症状だな。早期に受診し、ポーションを服用すれば助かったものを……」


 ワーマインと同じことを言う。フィーネの症状は進み、治療の段階を超えている。もう手遅れなのだ。

 無関心な親に顧みられなかった結果だった。


「あとで、食事を運ばせる。しばらくゆっくり休み、旅の疲れをとるといい。今後のことはお前の調子が少し良くなってからだ。やはりお前は興味深い。体力を少しでも回復して、よい実験体になってくれ」


 そういって魔導士は部屋から出ていった。いい人なのか悪い人なのかさっぱりわからないが、いきなり切り刻まれることはないだろう。


(あれ? そういえば復讐は? まさかここまでハウゼン家にコケにされて、実家に支援金など送らないわよね)


 確認しようと思ったが、フィーネは体がつらくて起き上がれなかった。そのまま気を失うように眠りについた。




 その後、しばらく高熱が続いたが、マーサの献身的な看護と、公爵のくれた上等なポーションのお陰でフィーネは持ち直した。


 フィーネが起き上がれるようになると部屋に魔導士がやって来た。

「だいぶ具合はいいようだな、今日から実験に付き合ってもらう」

 ぶっきらぼうな口調でいう。今日の彼はフードを目深にかぶったままだった。


「あの、普段から、家の中でもフードをかぶっているのですか?」

「は?」

「もしかして気を使ってくださっているのですか? それならば無用です。私は閣下の実験体なので」

 フィーネが胸を張って言う。


「わかった。それから、閣下ではなく俺のことはノアと呼んでくれ」

「かしこまりました。それならば私のこともフィーネとおよびください。それで痛いことはしないんですよね?」

 痛いのだけは嫌なので、しっかりと確認しておく。


「お前が俺についてどんなうわさを聞いているのかは、だいたい想像はつくが、嗜虐趣味はない」

 

 ノアはきっぱりと言い切った。

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