余命半年と告げられた令嬢は、醜い変人魔導士のもとへ姉の身代わりに婚約者として送りこまれました~とっても楽しい余生を過ごしています

別所 燈

第1話 大魔導士ノア

 ティリエ王国は魔導技術突出した国であった。

 魔導とは魔術魔法を総称したものだ。

 

 ノア・シュタインは王都マグナスにある王立魔導研究機関、通称魔塔の筆頭魔導士であった。


 大魔導士ノアは、第二王子エドモンドに王宮内にあるサロンに呼び出されていた。


 ノアとエドモンドは、王立魔導士学園時代の同期生であり、親しい友人だ。


「ノア、このまま婚約者もいなければ、お前の評判は落ち続けるぞ」

 ソファに腰かけたエドモンドは難しい表情で、テーブルを挟んだ向かい側に座るノアを見つめる。


「殿下、御心配には及びません。私は少しも気にしていませんから」


 フードを目深にかぶったままでノアが答える。彼の場合、とある理由から王族の前でも、公式の場でも姿をさらさなくてもいいことになっていた。


「お前はこの国の魔導研究部門における功労者だ。この国が豊かであるのもお前の開発した魔導具やポーションのお陰だと言っても過言ではない。それがあることないこと言われているんだぞ。腹が立たないのか? 」


「今に始まったことではありませんので、気にしていません」

 淡々とした口調でノアが答える。


「悪評の元はユルゲンか?」

 ユルゲン・ノームも二人と同じ魔導士学校の同期で、ノアとともに魔塔に勤務している。


 魔塔は国の唯一の王立魔導研究機関であり、エリートの集団の組織だ。


 ノアは若くして成功しているため、やっかみも多く、彼の足を引っ張るやからも後を絶たない。

 特にユルゲン・ノームは学生のころから、ノアをライバル視していた。

 

 だが、魔術でも魔法でも天才肌のノアには遠く及ばず、魔導士学園時代から首席はノア、次席はエドモンド、ユルゲンは常に三番手以下に甘んじていた。


 現在魔塔でもユルゲンの上には、常にノアがいる。それが気に入らないのだ。こざかしい真似をして、何かというとノアの足を引っ張ろうと画策している。


「そのようですね。しかし、それよりも私は王都の雑音に閉口しております」


 ノアは魔導研究の功労から、半年ほど前に叙勲して多額の報奨金をもらった。


 その直後から、醜い変人天才魔導士の元に多くの釣書が送り付けられてくるようになった。


 最近では、王都のタウンハウスに年頃の令嬢を連れた貴族が押しかけてくる始末だ。それをすげなく断るせいで、巷でもあることないこと噂されはじめた。


「だから、家格が釣りあって魔力の高い娘と、さっさと縁を結んでしまえばよいものを」


 エドモンドは常々そう言っているのだが、ノアはいわゆる研究馬鹿で、魔導以外には興味がない。


「殿下、ここでは落ち着いて研究に集中できないので、私は公爵領に帰ります」

 ノアの宣言に、エドモンドが驚きに目を見開いた。


「お前、まさか魔塔を辞めて、辺境にこもるつもりか?」

 ソファから立ち上がりガタリとテーブルに手をついた。


「やめるつもりはありません。ただ研究拠点を移すだけです」

 ノアは落ち着いた様子でなんでもないことのように語る。


「王都から公爵領まで、片道でひと月はかかるぞ。有事にはどうするつもりだ」

 学生のころから変わらぬマイペースなノアに、エドモンドは頭を抱えくなった。


 ノアは若いながらも魔塔の筆頭魔導士だ。彼が魔塔から遠ざかったら、国にとっては大変な損失である。


 特に魔塔の運営はエドモンドがけん引し、ノアとともに成功を収めてきた。その彼に魔塔から去られては困るのだ。


「王家から報奨金を貰ってからというもの、娘を連れた貴族が家まで押しかけてきて、落ち着いて研究もできません。もちろん、報奨金をいただいたことには感謝しております。

 ということで魔塔と領を行き来する魔方陣による転移装置を作りました。有事の際には飛んでまいりますので、ご安心を」

 淡々とノアが語る内容にエドモンドは驚愕した。 


「何? 魔方陣による長距離の移動も可能になったということか?」

 エドモンドの問いに、ノアが軽く首を傾げる。


「可能なのは魔力量の多い者のみです。それに細かな制御も必要になります。私は一度に二、三人は運べると思いますが、それでも使用は一日に二度が限界です。

 魔力の枯渇を防ぐため、その後、数日、魔法陣は使えなくなります。しかし、魔導の研究に支障はありません」

 きっぱりと言い切った。


「お前が王都でゆっくり研究ができないというのなら、仕方あるまい。なんなら、私が乗り出して、魔塔でのお前の反対勢力をつぶしてやろうか。研究の邪魔をされるのだろう? それだけでも働きやすくなる」

 エドモンドが半ば本気で言うのを聞いて、ノアが苦笑する。


「お気持ちはありがたいですが、一筋縄でいく奴らではありません。誰かスケープゴートを出してそれで終わりでしょう。私は研究のために必要とあらば、いつでも魔塔の自分の研究室に出勤します。今まで蓄積してきた膨大な研究データも希少な素材もありますから」

 

 ノアの言葉を受け、エドモンドが深くため息をつく。


「わかった。しかし、あまりに働きにくいようなら言ってくれ。それから、ノア、本当に誰とも結婚しないつもりか? このままでは名門公爵家の血が途絶えるぞ」

 ノアの一族は魔力量が多く、代々優秀な魔導研究者を輩出しているからだ。


「別に家督など、遠縁の親戚にでも譲ればいいでしょう」

 ノアは興味なさそうにさらりと言う。

「お前の遠縁は商人をやっているではないか。だいたい彼らでは圧倒的に魔力量が足りないだろうし、研究者の資質もない。魔力持ちの娘と結婚して血筋を残せ」

 エドモンドは真剣な表情で、ノアを説得しようとする。


「王都の屋敷にいて金に目のくらんだ貴族女性やその家族に追いかけられるのはごめんです。それに彼女たちは、そろいもそろって私の顔を見た瞬間悲鳴を上げるか、気絶してしまいますから。そのうえ縁談を断れば、悪い噂をばらまかれるし。まったく、いい迷惑です。

 申し訳ありませんが結婚する気はありません。まあ、私と本心から結婚したがるような女性もいないでしょう」

 心底どうでもいいような口調でノアが言う。


「いったん領地に戻り気分転換するのもいいかもしれない。そうだな……、お前の話を了承する代わりに、今夜は私につきあってくれないか?」

「は?」

 ノアは気乗りしない様子だ。


「たまには気晴らしもいいだろう?」

 彼にも出会いがあってもいいはずだとエドモンドは思っていた。



 その数日後、ノアが魔塔を去ったという噂が、まことしやかにささやかれるようになった。



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