第7話

「メモン、これからどうするかの話なんだが、獣人を差別する宗教について調べてみる……か?」

「……いや、今はちょっと人間たちの文化に接したくないから後回しでもいい?……宗教について調べるのならいつでもできるでしょ?」

「だったらこれからどうしようかな……」

「もっと、もっとこの世界を見て回ろうよ。ドラゴンの獣人の私ならびゅんびゅん飛んでいけるし」

人間なんかを見なくて済むし、ともドレッドは聞こえた気がした。


「……それの方がいいかもな。知りたくもないものからは離れてこの世界を楽しもうぜ」

「もっと南に行けばさまざまな獣人がいるって聞くよ。なかば伝説だけどね」

「あ、ここまでのこと無駄にしてしまうかもだけど、一応さ、街について見てきていいかい?」

「……あんた一人なら人間だし問題ないだろうね。行ってきたら?」

「すまん、できるだけ早く済ますよ」

ドレッドは街へと駆けた。


もう一度きた街は華やかなものであった。

道という道は整備されて川も流れており、その上には立派な橋がかかっていた。花屋なども繁盛しているのか街の彩りが豊かだった。差別意識とは逆に。そうして歩いていると大きな広場に出た。

大きな広場には大きな掲示板があった。

なにか知れるかもと掲示板をみてみる。

仕事の依頼。失踪者の捜索願。犯罪者の似顔絵。

そのなかでもドレッドの目を引いたのは……

『獣人区別は正しい!〜獣人を捉えたかたはこちらへご連絡を、できるだけ高く買い取ります〜』

ドレッドはその紙を掲示板から引きちぎり街を去った。この街は憧れるほど美しいものだったが、中身はその逆だったとドレッドは駆けながら思った。


「メモン、戻ったぞ」

息を切らしながら言う。

そして奪った掲示板の紙を見せる。

「なぁメモン……人間とは関わりたくないかもしれないけどさ、これをぶち壊すとかなら嬉しく思わないか?」

メモンは紙を隅々まで見る。

弱く紙を掴んでいた手が強く握りしめられる。

「やってやりましょう!獣人を奴隷にするなんて許せないわ……差別だけでも大変なのに……!」

「行くべき場所は決まったな。この紙に場所も書いてある。さあ行こうか」

目的地はアウルム商会。ここからまた南西だ。


「メモンには助けられてばかりだな」

バサバサと翼をはためかせ上空を高速で移動する。別にかまわないよ、とメモン。

アウルムに辿り着くと湖の中央に小さな島がありそこに城が建っている。どうやらその城が本拠地のようだ。

メモンと共に橋を渡り城に入る。

「おやおや新たなお客人かな?本日はどういったご用件で?」

身なりの整った小太りの男が言う。

「見れば分かるだろ、獣人を捕まえた。売りに来たんだ」

ドレッドとメモンは芝居を打つことにした。

「ほほう、ドラゴンの獣人ですか!いいですねぇ。よく従えましたね。これなら100万ディルヘイムも最低は保証しますよ。いやいやうれしいですねえこんな力強そうな獣人が来てくれて」

男は楽しげに語る

「そうだ。笑える話があるんですよ。この前ある男が獣人を売りに来たんですがね、それがなんとサメの魚人だったんですよ!それを見て獣人だって思いますか?魚人でしょうに!ワハハハハ」

「そんなことより、売られた獣人はどうなるんです?」

「ああそうですか。売られた獣人はこちらのこの鉱山で働いてもらいます。獣人は力も強く体力もある、これほどまで適した種族もいるまいに」

男は窓の外を指差し説明した。その窓の向こうには鉱山があった。

「ここからならよく見えるんですよ。美しいと思いません?来週、パーティを開くつもりです。奴隷業5周年なんです。あなたもよければ……」

「獣人もパーティに招くのか?」

「いえいえ、まさかそんなことはしませんよ。下等種族の非人なんですからね」


ドレッドはそのパーティについて情報を得た。

「……すまんが気が変わった。売るのはまた今度にしたい」

「おや、そうですか残念です。いつでも待ってますからね」

ドレッドとメモンは城を後にした。

「メモン、鉱山の様子を見てみよう」

メモンと飛び鉱山付近を飛ぶ。

「獣人の方が強いんだから、どうやって反乱を抑えているんだ?」

と疑問のドレッド。

「人間の科学技術によってよ。忌々しいやつよ。銃とか名前がつけられてたわ。火薬で鉄の玉を高速で打ち出すの」

「なるほど……」

鉱山を上から見ると人間は銃と思わしきものを肩にささげ獣人に指示を出している。

「確かにいい効率だ……」

ドレッドの目に獣人の労働模様が映り込んでくる。獣人の方も慣れているのだろう。

「なに見惚れてるのよ。ぶっ壊すんでしょここ」

「おっと、そうだった。すまん」

ドレッドは言う。

「奴隷となっている獣人たちとも話しておきたいな」


日が沈み夜がやってきた。奴隷の獣人たちはそれぞれの宿舎に戻る。

「……新しい監督官って見た目じゃないわね」

宿舎にはドレッドがいた。驚かない獣人。

見た目からしてヘビの獣人だろう。

教会の本でヘビには温度を目で見ることができると見たことがある。

「ここが一番見張りが少なかったんだ。早速話そう。えっと、俺はドレッドだ。獣人を奴隷にするのは正しくないと考えてる」

「へぇ!……いい人間もいるもんだね。で、その良い人間様がどうしてくれるってのよ。明日には解放?」

「さすがに無理だ。すまん。だがこの環境をぶっ壊そうと考えてる。君たち奴隷となっている獣人のリーダーに伝えてくれ。組織的だからリーダーがいるだろう」

「……なんだがよく分からないけど面白そうだねぇ。伝えとくよ」

「あと君たちのことを教えてくれ、働いている獣人は何人居る?」

「50人だよ。管理しやすいようにこの鉱山は50人らしいわ。知ったこっちゃないけど」

「人間は何人居るんだ?」

「30人、監督官って呼ばれてるわ」

「よし、ありがとう」

ドレッドはその場を去った。



「さてメモン、作戦を立てよう。いかにしてこの奴隷業をぶっ壊すか」

「よしきた」

「まずは情報が漏れるのが一番まずい。だからできれば俺とメモンのみでやりたい。次は敵の確認だ。城にはアウルムのボス、守兵20人。鉱山の方には30人守兵がいるようだ。さっき奴隷の獣人から聞いた」

「うんうん」

「来週のパーティの日、まずは城だ。睡眠薬入りの酒をあいつに提供してベロンベロンにして寝させてやる。もちろん部下の守兵もだ。パーティの日くらい飲んでもいいだろって言ってくるよ」

「酒と睡眠薬は?どこで調達するの?」

「近くにあるさ。なんでもありそうなでかい街が」



翌日、日が昇りドレッドは作戦に必要な材料を入手しに行った。

差別があったためメモンは街の近くで待機してもらう。あんなことはまた経験する必要ないからな。

ドレッドは金を確認してポケットにしまう。

「さて、どこにいけばいいかな」

ドレッドはこの街についてほとんど知らなかった。クレーブ平原の街だからクレーブ、街の名前と平原の名前が同じだということも知らなかった。これは街入り口に看板として書いてあったことだ。

ドレッドはまず大通りを歩いてまわることにした。

大通りでも人通りが少なかったり多かったりするところもあった。

通りは石畳で整備されており人工的な街という印象が強い。

俺は300年の発展の歴史も知らないし故郷の島から出たこともない。知ってることの方が少ないかもしれない。

睡眠薬は悪用もできる。300年経って効果も発展し強くなってるだろうし、しっかりと頭を使って判断しないといけないだろう。

大通りを考えながら歩いていると薬屋の看板が目に入った。ちょうどいいと思い歩みを進めて、3歩進み思った。

大通りに面するような店は大きな店だろうし、そこから睡眠薬を大量に買うような怪しいやつの情報がアウルム商会に渡ったらだめだろう。

ここの店はやめることにした。

大通りより道幅が狭い様々な路地を中心に足を進める。薬屋を目にすることは幾つかあったがいかにも怪しげな店だったり暗がりの奥地にあったりで最適とは思えなかった。

「む、もう正午か」

時間が思ったより現在進行形でかかっており、ふと目線を下げ足元を見ると影がとても短かったのに気づいた。早く見つけたい気持ちが大きくなってくる。

顔を上げるとピカッと目の前の建物の上にかかっている装飾品が光を反射して輝いているのを知った。正確に言うと時計の13時方向だったが。

そこはちょうど薬屋であった。ひっそりとした看板がそう知らせていた。

ドレッドは決心して入ってみることにした。

古そうな木造の、しかしがっしりしてそうな2階建の店だった。中に入ってみてもその印象は変わらなかった。

「いらっしゃい」

店の奥から声が飛んできた。

そのおそらく店主は、丸メガネをかけたふんわりとした髪の持ち主の女性だった。その人は続けて、

「なんのご用でいらっしゃったの?」と

ドレッドは睡眠薬が欲しい旨を単純に伝えた。

「……睡眠薬、ねぇ、ちょっと待っててね」

女性は一瞬怪訝な顔を見せ店の奥に引っ込んでいった。ドレッドは単純に欲しいと伝えたのを少しばかり後悔したが、理由を話せないのは前からわかっていたことなので表向きの理由はもう考えてあった。

「ごめんなさいね〜在庫が少なくて1日分しかないの、それでもいいかしら」

女性はカウンターに戻りそう言った。ドレッドはそれが嘘であることを雰囲気や言葉の端からなんとなく感じ取った。大人になったということなのか、父との事柄でそこだけ成長したのか。

女性にはそれでいいと伝えて代金を支払った。

パーティは1週間後だから今日だけで準備を終えなくてもいいはずだ、とドレッドは考えた。


ついでに旅人や商人用の店に寄りテントと防寒毛布を買った。火打石もいるかなと思ったがメモンがいれば問題ないことを思い出した。


「メモンー、戻ったぞー」

夕陽に空が照らされ夕陽色に染まった頃。

街の外でメモンと合流した。

早速メモンに今日得たものを報告する。

「睡眠薬ってこれだけで使えるの?技術の発展ってすごいねー」

「いや、だめなんだ。睡眠薬を大量に買う奴なんてあやしすぎるからな、なんとかして信頼を得て買わないといけない。なんとかするさ」

「むー、そうなんだ」

メモンは予想が外れた影響かしっぽをよく動かしている。当たったら結構痛そうだ。

ドレッドは睡眠薬を水と共に飲みながらそう思った。

「うおっ、辛っ!」

「ん?どしたの?」

「いや、なんでもない」


「あ、そうだ。俺の分のテントは買ってきたからその分負担にならずに済むぞ」

「負担と思ったことはないよ」

「ありがとな、だけどそれに甘えっぱなしもよくないだろ」

ドレッドはテントを設営し毛布に包まり言った。

「おやすみ」

「おやすみね」

メモンは優しく返した。

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