渡り鳥と歌の翼

おかもと瑛

プロローグ


「その子を、…頼む」


息も絶え絶えなの中、男は最後の力を振り絞って、その魔法使いに伝えた。


「…まもっ…て…くれ」


男はその言葉を最後に力尽きた。同時に、地鳴りのような騒がしい足音がこの部屋に到達した。


「貴様!!これはどういう事だ!!」


見るも無惨な真っ赤な血溜まり。兵士たちは次々に武器を構えた。


「ちっ!!」


その時、魔法使いの体は一瞬にして、抱える赤子ごと高く燃え上がる炎に包まれた。


「なっ!!」


一瞬の熱と光。兵士たちは今のなんだったのかと、思えば、そこに彼の姿はなく、あるのはわずかに焦げた跡だけ。


「…き、消えた!?」

「探せ!!奴を探すんだ!!」

「た、大罪人が逃げたぞ!!!隈なく捜索しろ!!」


上官の怒鳴り声に、その光景に呆気に取られていた兵士たちは一斉に騒ぎ始めた。

混乱する城内。そんな中、人々の間である言葉が飛び交った。


王妃殺し、イツキは魔法使いだった—


その噂は国中に瞬く間に広まり、やがて賞金が掛けられた事で国の外までも、イツキの名は轟いた。

しかし、この時、殆どの者は彼が連れ出した赤子の事など、気にも止めていなかった。





それから15年後。


「この娘を探してきてくれ。」


特別任務だといって呼ばれた騎士、ルカ・セルヴァールはこの国の第4王子エドワード・ナヴィスの元を訪れていた。


「この娘は?」


エドワードが差し出してきた写真にはなんとも可愛らしい少女が写っていた。くりっとした目に長い黒髪、前髪は上で束ね後ろに流し、おでこを出している。そんな丁寧にゆわれた髪型や着ている服から、どこかしらの東の国の身分ある者のようだ。この写真を撮った時、街の中を歩いていたのか、傍には大人の腕が写り込んでいて彼女はそれをしっかりと握っていた。


「名前はツバサ。15年前に逃亡したイツキ・サカキが連れていた子供だ」


「えっ」


ルカは思わず息を飲んだ。

イツキ・サカキ。それはこの国の大罪人であり、今もなお、この国の者が忘れずにはいられない名前であった。


時は15年前に遡る。

その時、起こった悲劇。『クレイラグル王妃暗殺事件』と呼ばれるそれは、当時、不可侵関係にあった隣国ハディストの“使者“によって王妃が暗殺され、それをきっかけに戦争にまで発展してしまった悪夢のような事件のことだ。

両国ともに多数の死者をだし、結果クレイラグルが勝利を収めたものの、ハディストは国として体勢を失い、事実上、クレイラグルに取り込まれる形となった。


その事件のきっかけになった人物こそ、正しく、イツキ・サカキである。


「この写真は10年以上前に撮られたもので、たしか5,6歳だったはずだ。今は16,7歳らしい」


「子連れで逃亡ですか…無茶をしますね」


イツキは指名手配犯としてその首に賞金をかけられており、ルカたち軍の人間には見つけたら即刻殺せとの命が下っている。その賞金額の高さから、イツキの名は国内だけでなく近隣諸国まで知れ渡っている。しかし、この15年、まるで捕まった試しがない。遠く離れた地で目撃されたかと思えば、今度は3日も経たぬウチに、隣国にいたり、かと思えば、また大陸の裏側にいたり。およそ人とは思えぬ芸当で追っ手を翻弄し続けた結果、費用の問題もあり、国としての捜索自体は、ほぼ打ち切り状態であったとルカは聞いていた。


(最強の魔法使いとかエセ魔術師とか色々言われてたっけ…)


「…しかし、何故今になってこの子供を?何者なんですか?」


なんだか良くない予感がする。

しかも、探すのはそのイツキでは無く、彼が連れて行った子供の方ときた。あれから15年。あまりに今更すぎやしないだろうか。

しかし、眉間に深い谷を作るルカに対し、エドワードはそっぽを向いて答えた。


「詳細は私も知らん。彼女について色々と調べろというのが、父上からの命令だ。そもそも、どんな人物か、何も教えて貰えなくて、資料漁らせて出てきたのがこれ一枚だけだった。はっきり言ってお手上げだ。ははは」


そう言ってエドワードは少女の姿が映った紙を軽く摘んでペラペラと揺らした。表情では笑顔を見せているものの、彼の目は笑っていなかった。そんな彼からルカはなんとなく目をそらす。


「……」


無造作に散らばる机の上のし資料。

高く積まれた書類と本の柱。

仕事が大量に残っているのは一目瞭然である。余程疲れているのだろう。彼の不気味な笑いに狂気すら感じるルカであった。


「国王が私にと、おっしゃったのですか?」


「お前の他に数名を任務に当たらせる手筈だが、“お前“にと言ったのは叔父上だ。私ならお前にこの仕事を頼んだりしない。お前が居なくなって困るのは私だからな。はははは」


エドワードは身体を逸らしながら大笑いした。ルカはダメなものを見る目つきをしている。構わず無感情な声色で話し続けた。


「いえ。大公からのご指名とあらば断れません。それで、この娘の居場所はどこですか?出発の支度を整えます」


「分からん」


「は?」


「だから分からん」


思いもよらない返答にルカは目を点にした。

部屋には暫くの沈黙があった。


「…居場所も分からないのに、何処へ探しにいけと?この場合、大体目星がついているから命令されたんじゃないのか?」


敬語が抜けている。王子と騎士という立場上、普段、ルカは勤務中は敬語で話すようにしている。しかし、長年の友である彼らには、本来なら必要無い事なのだ。ルカは鋭くエドワードを睨け、早足でエドワードの方へ駆け寄り勢いのまま机をバンと叩いた。その音に驚き、エドワードは慌てて弁明した。


「言ったろ!これしか見つからなかったって!!それくらい、情報が少ないんだよ。人探しのまじないにも引っかからないし、目撃情報なんてあっても殆どが人違いだ」


エドワードは必死にルカを見つめ返す。そこで、ルカは考えた。なぜ陛下は自分を選んだのか。何か閃いたのか、一瞬目を見開くと、その顔は絶望に移り変わった。



「…もしかして、俺は騎士団を解雇されたのか?もう、ここには帰ってくるなと」


「いやいやいやいや、それは無い!」


「では、なぜ探す当ても無いのに行けとだけ言うんだ!?見つからないものを探しに行けなんて、この国から消えろと言われているとしか考えられないぞ…」


「お前を雇っているのは私だし、騎士団へ入れたのも叔父上の計らいだ。叔父上はお前を良く気に入ってるはずだし、たとえ解雇しようとしてたとしても、私が黙っていない。安心しろ」


「そ、そうか…そうだよな。あの大公がそんな事するはずないな」


ルカはこの国の大公、エマニュエルから受けた数々の恩を思い出し、いつも良くしてもらっていた事に改めて感謝した。

ふぅっと安堵の息が漏れた束の間、ルカの顔はまたキリッとしまった。本題はまだ解決していないのだ。


「で、どうやって探せばいいんだ?情報は殆どないんだろ?」


「あまりに情報が無くて叔父上に相談したらお前なら分かるはずだと言っていた。大人数で行かせてもあんまり意味がないからお前1人で行かせろと」


間があった。ルカの顔はみるみる青くなってゆく。


「……大公はやっぱり俺を憎んでるのではないか?」


大公の事になるとこうも落ち込んでしまうルカに、思わず笑いそうになったエドワードだったがなんとか我慢した。普段の彼は何処へ行ってしまったのだろうか。


「場所は知らなくても導きがあるはずだから、好きな所に行かせるといいと言っていたぞ」


エドワードの叔父であるエマニュエルは笑いながらそう言っていた。その優しい笑顔を見たエドワードは、叔父は休暇の意味も兼ねてそうしろと言っているのだろうと思っていた。


「なんだ?導きって?」


「さぁ?取り敢えず、お前が行きたい場所に旅行して羽を伸ばしてこいって言ってるように聞こえたけどな、私には。付き添い連れて行くと経費がかさむから1人で行ってくれな」


「1人か…。せめて助手を1人くらいは…ダメか?」


「旅費はこちらが出すんだ。上限無しになるかもしれない旅に最初から贅沢なんてさせられるか」


「旅費って言うな。これは任務だぞ。必要経費って言え」


「旅費だろ。助手の分まで旅費を出すくらいなら私が行く!」


「何を馬鹿な…。あんたはここにいて仕事してろ」


「こんなもの他の者でも出来る!お前ばかりズルいぞ!タダで自分の行きたい場所に行けるなんて!!しかも遊びたい放題!!私も行きたい!私を連れてけ!これは命令だ」


「んな無茶言うなよ!陛下と国民が黙ってないぞ」


こうして、1週間後、ルカの旅立ちが決まった。もちろん一人旅である。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る