009:シーナの誘惑
「やっと二人きりになれたね、ハルト♡」
夕日に照らされた放課後の教室で、シーナが微笑んでいた。
俺は二二四〇年の機器を使ってアダルトビデオの世界に入りこんだはずなのだが、目の前の女はなぜかシーナの姿かたちをしていたのだ。
「……偽物じゃないよな?」
「もちろん♡ ハルトがどんなエッチなビデオを観るのか気になって、一緒についてきちゃったの。ここ、一昔前の学校だよね? ハルトはやっぱり小っちゃな女の子が好きなのかな?」
俺は恥ずかしさのあまり目を伏せた。
シーナはくすくすと笑いながら股を開くと、これ見よがしに胸もとを手で仰いで、胸の谷間を垣間見せた。
「現実世界のシーナはいまごろ風呂に入ってるはずだろ? 俺が装着しているようなヘルメットも持ち歩いてなかったし……」
「あれ、言ってなかったっけ? 現代人の脳には小型のチップが入ってるから、外部デバイスを使わなくても拡張現実にジャック・インできるの」
「イオンはこのことを知ってるのか?」
「まさか。わたしがハルトと密会してるなんて知ったら、イオンちゃんはカンカンに怒っちゃうでしょ? だからここで起きた出来事は、二人だけのひみつだよ♡」
シーナは俺を見上げながら、すりすりと太ももを撫でてきた。
「しかしなぜいまになって……。二人きりになるチャンスなんて、いくらでもあっただろうに」
「そりゃあ、二人でちょっと話をするくらいなら何時でもできるだろうけど、何十分も一緒にいたらイオンちゃんが不審に思うでしょ? 狭い家の中だし、わたしの声が漏れちゃうかもしれないし」
「……声が漏れたらマズいのか? シーナは俺と何がしたいんだ」
「もー、ハルトは鈍いなぁ。女の子が男の人と二人きりになってやることなんて一つしかないでしょ?」
そう言うと、シーナは指で輪っかを作って人差し指を出し入れするジェスチャーをした。
俺は脳の処理が追いつかず、ただ呆然としていた。
「本気で言っているのか? 俺の知っているシーナは、天使のように無垢で心優しい少女だったはずだが……」
「ハルトったら、童貞みたいなこと言わないでよ。女の子はみんな無邪気そうな顔をしながらも、平気でお股を濡らすような生き物なんだから、真に受けちゃダメだよ」
俺は我が耳を疑った。
「何時からそんな風に思っていたんだ?」
「もちろん最初からだよ? ハルトをあのゴミ捨て場で拾ったときから、ずぅーっとヤる気満々だったの。でも、ハルトを家に連れ帰ったら、急にイオンちゃんが現れて邪魔されちゃったでしょ? やっとハルトが帰って来たと思ったらおちんちんに怪我してるしで、そういうムードじゃなくなっちゃったんだよね」
「つまりいままでのシーナの言動は演技だったんだな。俺たちは三人で家族みたいに過ごしてきたのに……」
「そう思ってたのはハルトだけだよ。男女が同じ屋根の下で暮らしてて、何も起こらないわけじゃん」
俺はシーナに裏切られたような気分だった。
ふつふつと俺の胸に怒りがこみあげてくる。
「少なくともイオンは、シーナを自分の娘のように思っているはずだぞ? イオンの気持ちを裏切っていいのかよ」
「イオンちゃんはアンドロイドだから、人間を好きになりやすいように設定されてるだけだよ。きっと街に出て色んな人間と知りあったら、わたしやハルトのことなんか忘れてすぐそっちに夢中になると思うよ? 昔風の言葉でいえば、ヤリマンってやつなのかも――」
イオンを侮辱されたのが許せなかった俺は、シーナの頬を力強くビンタした。
するとシーナは自分の赤くなった頬を撫でながら、ますます高揚したような目つきで俺を見た。
「ねーえー、ハルト♡ わたしね、ハルトがアンドロイドじゃないってわかったとき嬉しかったんだー。なぜだかわかる?」
「……」
「アンドロイドは人間に気を遣うから、お願いしてもこういう風に暴力をふるったりはしてくれないでしょ? わたし、一度誰かに本気で無茶苦茶にされてみたかったの♡」
どうやらシーナは俺が思っていた以上に、歪んだ欲望を抱えているようだ。
俺はシーナに幻滅すると同時に、何とも言えない高揚感を覚えていた。
「ねぇ、おねがーい♡ シーナにお仕置きしてぇ♡ わたしみたいな聞き分けの悪い女の子は、体に教育してもらわないと理解できないんですぅ♡」
そう言うとシーナは、こちらにケツをさしだしてフリフリした。
ふだんならそんな見え透いた挑発には乗らないところだが、いまの俺は頭に血が昇っていて、冷静な判断をすることができなかった。
「そこまで言うなら望み通りにしてやるよ」
俺がシーナの尻に平手打ちを喰らわせると、シーナは身ぶるいしながら艶めかしい声を発した。
それからしばらく、パンパンという音が教室中に響き渡った。
$ $ $
「やれやれ。えらいことになっちまったな」
俺は拡張現実用のヘルメットを外し、ため息をついた。
未来のエロビデオを体験してサクッと一発抜くつもりが、まさかこんなことになるなんて……。
(俺はこれからどんな顔してシーナに会えばいいんだ?)
さっきまでの出来事が夢でないのなら、シーナはずっと俺たちを騙していたことになる。
それを知ってしまった以上、いままでどおりの付き合い方をするわけにはいかないだろう。
(だが、イオンにはどうやって説明する?)
俺がシーナと拡張現実で出会ったことを話しても信じてもらえるかわからないし、何よりシーナの本性をイオンに知らせるのは、ショックが大きすぎるように思えた。
いままで自分の娘のように接してきた少女が、そんなどす黒い欲望を抱えていたと知ったら、イオンは人間不信に陥ってしまうだろう。
「アナタ、ごはんよー!」
そんなことを考えていると、イオンの能天気な声が聞こえてきた。
俺は「あぁ」と返事をしたあと、しばらく経ってからため息をついて、部屋の外に出た。
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俺が神妙な面持ちで食卓につくと、イオンがテーブルの上に皿を置きながら、小声で話しかけてきた。
「アナタ、何とも言えないアンニュイな表情をしてるわね。もしかして、賢者モードってやつかしら?」
イオンは少し恥ずかしそうにしながら、冗談めかして言った。
俺はむしろ賢者どころか愚者のような心境だったのだが、まだシーナが食卓に来ていないようだったので、いまがチャンスだと思ってイオンに話しかけた。
「なぁ、ちょっと相談したいことがあるんだが……」
「え、なにかしら? もしかして、次からはお前で性欲を発散させてくれとか言うんじゃないでしょうね。いくらアンドロイドとはいえ、ワタシは貞節を重んじるタイプの女だから、そういうのは段階を踏んでからでないと――」
「――そうじゃなくてだな」
まるで見当違いな想像をして頬を赤らめているイオンにイライラしていると、風呂から出てきたシーナがこちらに歩いてきた。
バスローブ姿一枚で、下着を着ている様子もない。
「二人とも、何のお話してたの?」
「ちょっとオトナの話をね。シーナにはまだ早いんじゃないかしら」
「もー。イオンちゃんったら、すぐそれなんだから。わたしは見た目は子どもだけど中身は大人だよ?」
「はいはい。そういうことはブロッコリーとかニンジンを食べれるようになってから言いましょうね」
「え。今日もブロッコリー入ってるの?」
「湯上げしてあるから美味しく食べれると思うわ。ちゃんと食べて栄養つけなきゃ、胸も大きくならないわよ?」
「むぅー……」
シーナは頬をぷくーっと膨らませている。
子どもじみた仕草とは対照的に、風呂上がりのシーナはいつもより艶めかしい感じがした。
(シーナはいつもどおりにふるまってるみたいだ。あくまでも拡張現実の中での話はなかったことにするつもりか?)
などと考えていると、
「そういえば、胸って揉むと大きくなるって聞いたことあるけど、本当かな? 試しにハルト、手伝ってくれない?」
と言って、シーナが意味深な笑みをうかべて俺の隣に立った。
「そんなのくだらない迷信だろ」
俺が冷静にあしらうと、イオンも安心したように口を開いた。
「彼の言うとおりよ。夕食の時間だから、早く着替えてらっしゃい」
「はーい」
シーナはしぶしぶといった様子で引き下がり、自分の部屋に入っていく。
俺はその後ろ姿をながめながら、やれやれとため息をついた。
$ $ $
「いただきまーす」
「やっぱりイオンちゃんの料理は美味しいね! こんなの、どこで覚えたの?」
「ワタシは家政婦アンドロイドだから、料理のレシピは一通りインストールされてるのよ」
「いいなー。イオンちゃんっていいお嫁さんになりそうだよね」
などと会話している最中も、シーナは食卓の下で足をぷらぷらさせていたのだが、その足で、正面にある俺の足を小突いたり、足の指と指を絡めてみたり、ちょっかいをかけてくるのだった。
「そ、そうかしら? まぁたしかに家事は得意だし、どちらかというと男性に尽くすタイプの女だと思うけど……」
「イオンちゃんは結婚したいとか思わないの?」
「それはもちろん、できることならしたいわよ。でも、アンドロイドと人間の恋って悲劇的な結末になることが多いのよね。ただでなくても賞金稼ぎがいるようなご時世だし、それでもワタシを選んでくれる男性がいればいいのだけど」
そう言って、イオンはチラリと俺を見た。
だが、そのあいだもテーブルの下では激しい攻防戦が行われており、いまもシーナが足を伸ばして、俺の股間をツンツンとつついているところだった。
(クソッ。シーナのやつ……どういうつもりだ? どうにかして俺を挑発したいようだが、その手には乗らないぞ)
俺はポーカーフェイスを装いながら、股を閉じてシーナの攻撃を防いだ。
「ちょっとアナタ、聞いてるの?」
「あぁ、すまん……。何の話だっけ」
俺が上の空で返事をすると、イオンは拗ねたように口を閉ざした。
「何でもないわ。食べ終わったらお皿は自分で運んでちょうだいね」
そうしてイオンが席を立つと、待ってましたとばかりにシーナも席を立って、俺の膝の上にちょこんと座った。
「なんか調子悪そうだね。どうしたの、ハルト?」
シーナは白々しい顔をしながら、ぐりぐりと尻を押しつけてくる。
俺はいよいよ我慢の限界になって、シーナを押しのけて立ちあがった。
「ごちそうさま。ちょっと早いけど、風呂に入ってくるよ!」
俺は食器を流し台まで運んで、逃げるように風呂場に入った。
イオンは俺の食べ残しを見て、少し悲しそうな顔をしていた。
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