転生紀行2242
中本めぐみ
エンド・ロール
xyz.尋問
人は平凡な一生をして、敷かれたレールの上を歩かされるようだと云う。
だがそれでいうなら俺の一生は、ガターの中に転がりこんだボウリング・ボールのようなものだった。
生まれたときから先は真っ暗で、あとは誰に期待されることもなく、死という穴に落ちていくだけ。
そんな転落人生を歩んできた俺は、やがて自ら線路の上に身を投げることにした。
ところが本当に最期の最後というところで、思いもよらない落とし穴に俺は足元をすくわれたんだ。
もしもこれを見ている人がいるなら、安っぽい同情なんかせず、どうか俺の阿呆さ加減を笑ってもらいたい。
なにせ俺は足を滑らし、マンホールに転がり落ちてそのままガツンと逝っちまったんだからさ。
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『2024/03/20(水曜日) 3:39』
俺の目の前に落ちたスマホの液晶画面には、無数の亀裂が入っている。
きっと俺の全身の骨も、あんな風にバキバキになっていることだろう。
(クソッ、工事中なら看板くらい置いとけよ……。こういうときには誘導員が立っているはずじゃないのか?)
と、心の中で毒づいてみたが、そもそも俺は歩きスマホに夢中で、周囲をよく見ていなかったのだ。
自業自得と言われれば、それまでだろう。
(まぁ、べつにいいさ。どのみち俺は自殺する予定だったんだ。予想していた形ではないにしろ、これでようやくこの醜い世界とオサラバできるんだ。何も悲しむ必要はない……)
自分の体からでた大量の血が下水を流れていくのをながめたあと、俺は何もかもを諦めたような気持ちで瞼を閉じた。
「だけどもし、本当の意味で生まれ変われる機会があったら?」
そのとき、誰かの声が聞こえた気がした。
ふと頭上を見あげると、マンホールから射しこんだ白い光がスポットライトのように俺を包みこんでいる。
(はっ、生まれ変わりの機会だって? そんなもの――)
俺は自虐的な笑みをうかべてから、真顔になった。
そして望遠鏡をのぞきこむように、マンホールの穴から見える満月をながめながらつぶやく。
「――そんなものが本当にあるなら、悪魔にだって魂を売るよ」
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それからしばらくして――。
2240年4月13日、ロサンジェルス警察署、地下一〇一号室にて。
「……どうしてこうなった?」
誰にともなくつぶやくと、カチッと音がして頭上の照明が点灯した。
俺の椅子には手足を拘束するための枷がついていて、まるで死刑囚が座る電気椅子のようになっている。
「それを説明するのは貴様の役割だろう、囚人?」
そうつぶやいたのは、壁によりかかっていた気の強そうな女だった。
彼女は警官の帽子を被っているが、なぜかハイレグ仕様の制服にレオタードという恰好で、痴女がコスプレをしているようにも見える。
「我々はあらゆるデータベースを照合したが、貴様に関する手がかりを見つけることはできなかった。すべての情報がブロック・チェーンに刻まれるこの時代において、痕跡を残さずに生活するなど不可能なはずだ。それこそウィザード級のハッカーか、タイムトラベラーでもない限り……」
女は腰にたずさえた刀の鞘に手を伸ばしながら向かってきた。
俺は慌てて、女をなだめようとする。
「ずいぶん大げさだな、俺はただの引きこもりだよ。住所不定の無職なんて珍しくもないだろ?」
「この期に及んでシラを切るつもりか。その強がりがいつまで続くか見物だな……。貴様が口を割らぬ限り、私とこの牢獄に囚われることになるのだぞ?」
「重ねて言うが、俺は引きこもりなんだ。暗い部屋に閉じこもるのには慣れてるし、あんたみたいな気の強そうな美女と長居できるなら悪くない」
俺が精一杯の虚勢を張ると、女は愉快そうに鼻を鳴らした。
「ふん、そうか。私も強い男がタイプなんだが、なかなか出会いがなくて悩んでいたところだよ」
そして女は右足を大きく後ろに引くと、スケベ椅子の底面に開いた穴の下から俺の股間を蹴りあげた。
俺の視界がチカチカと点滅し、胸の奥から吐き気がせりあがってくる。
「……クソッ! あんたは仮にも警察官だろ? 取り調べ中に暴力をふるっていいのかよ?!」
「まだ状況を理解していないようだな。貴様が隠し持っているブツは、存在するだけでこの世界の根底を揺るがしかねない代物だ。核を持ち歩いているテロリスト相手に加減しろというのも無理な話だろう?」
そう言うと、婦警は腕組みをしながら目を細めた。
その視線の先にあるのは、何を隠そう俺のチンコである。
「……やれやれ。俺のチンコが核ミサイルだって? それでいうならあんたの爆乳のほうが、よっぽど凶器になりそうだぜ」
「問題なのはサイズではない、生殖能力の有無だ。貴様も当然知っているだろうが、現代では人類が生殖能力を保有することは禁じられている。男にチンポが生えているのはションベンをするためだけであって、性行為のためではないのだ。それなのに、貴様ときたら――」
婦警は顔を赤らめながら、俺の股間から目を逸らした。
男性器が生殖能力を持たないこの世界においては、ズボンの膨らみ程度でさえ刺激が強すぎるようだ。
「――とにかく、貴様が違法な男性器を所持しているのは明白だ! それに貴様には数々の余罪がある。どうあがいても極刑は免れないだろう。ならばいっそ、潔く罪を認めたらどうだ?」
俺はやれやれとため息をついた。
この女はどうしても俺のチンコが気にいらないようだ。俺のブツは違法改造されたものではなく天然物なのだが、それを証明する術もなさそうだし、ゴネて時間を稼ぐしかないか。
「証拠はあるのかよ?」
「そんなもの、一目瞭然だろう! 現代ではセックスなどという野蛮な行為はしないから、チンポが太くなったり硬くなったりすることもないのだ!」
「だが、あんたはまだ俺のチンコを確認したわけじゃないだろ? 生殖能力があるかどうかは、射精させてみないとわからないんじゃないか」
俺が淡々と返事をすると、婦警はうっとたじろいだように目を泳がせた。
「バ、バカを言えっ! そんなハレンチな真似できるわけが……」
「ふぅん、そうかそうか。つまりあんたは、ろくに証拠も確かめず勢い任せで容疑者を尋問するような警察官なんだな」
俺がわかりやすい煽りをカマすと、婦警は憤慨した様子でひざまずいた。
「それ以上の侮辱は許さんぞッ! そこまで言うなら、私がこの目で直々に確かめてやる!」
鼻息を荒くした婦警は、おずおずと俺のズボンに手をかけた。
だいぶ煽り耐性は低いようで助かったが、もしこの婦警の手で射精させられたら、俺の有罪は揺るぎないものになる。
どうしたものかと内心焦っているところ、ガチャンと音がして奥のドアが開いた。
「あっ、お疲れっすー。すいやせん、あんまり出てこないんで、心配になって様子を見に来たんすけど――」
部屋に入ってきた婦警はこちらを見ると、ギョッとした様子で硬直した。
「――って、何やってるんスか。署長?」
どうやら俺の股間に顔を近づけていた女は、この警察署の長だったらしい。
署長はコホンと咳ばらいをすると、気まずそうな顔をしながらふりかえった。
「……なに、心配は無用だ。いまちょうど、この男に生殖能力があるかどうかを確認していたところなんだ」
「生殖能力を確かめるって……わざわざ署長が手を汚さなくても、あとで鑑識に精液を採取させればいいじゃないっすか」
「それはそうだが、やはり私も警官の端くれとして、証拠をこの目で見ておきたいと思ってな……」
「署長は腕っぷしは強くても、男関係には疎いんすから、あんまり無理しないほうがいいんじゃないっすか。てか、まだ処女でしたよね?」
「……」
「ま、とりまそういうわけなんで……残業代が出るうちは外で待機しときますから、なんかあったら一声かけてください。んじゃ、ごゆっくり」
部屋に入ってきた婦警はジト目で俺を見つめると、さっさと取調室の扉を閉めて、外に出ていった。
あとに残された署長は、ハッと我に返った様子で立ちあがる。
「……私としたことが、あやうくオチンポに屈するところだった。この下劣な犯罪者め、よくも計ってくれたな」
(案外まんざらでもなさそうだったけどな)
と言ってやりたいところだったが、署長はさっきまでとは違う殺気のこもった目で俺をにらみつけていたので、ツッコミは自重した。
「だが、正義の鉄槌を下す前に、まずは貴様の正体について知っておかねばならん。最初の質問にもどるが……貴様はいったい何者なんだ?」
「だから何度も言ってるだろ、俺はただの引きこもりだって――」
すると署長は俺の言葉をさえぎるように、腰にさしていた刀を抜いた。
その刀はスター・ウォーズのライトセーバーのようになっていて、ビーム状の刃先が陽炎のようにゆらゆらと揺らいでいる。
「――もう一度だけ訊く。ただし、次にふざけた回答をしたら貴様のオチンポはなくなると思え。貴様は何者だ? そしてなぜ、生殖能力のあるチンポを持っている?」
俺は額から冷や汗を流しながら、乾いた唇を舌で舐めた。
ここまで来たら、もう誤魔化せそうにない。
「……わかったよ。どこから話せばいい?」
「最初からだ。貴様がどうやってあの少女とアンドロイドに出会い、地上に来ることになったのか、洗いざらい説明しろ」
俺は自分がマンホールに落下して気を失ったあと、どういうわけかこの世界で目覚めたときのことを思いだした。
そして一人の少女に拾われ、アンドロイドと出会い、地下の歓楽街を脱出して地上に辿りつくまでの出来事を、ゆっくりと回想しはじめる。
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