ブラック企業で働く友人

ねむるこ

第1話 ブラック企業で働く友人

「お~。久しぶりだな」

「久しぶり」


 俺は久しぶりに大学時代の友人と飲むことになった。

 その顔は少しやつれていて、頬が痩せこけている。だが、体は鍛えているようで引き締まっていた。デスクワークで肉付きの良くなった俺とは正反対だ。


 くたびれたワイシャツと無名ブランドの腕時計、履き潰した革靴から友人の就職した企業の規模が大体予測できる。分かった上で素知らぬふりをして友人に聞いた。


「お前って今何してるんだっけ?」

「ああ、小さな会社で外回りを……」


 答えに言い淀む友人に畳みかけるように俺はスマホをいじりながら答える。どうやら友人の勤めている会社は曖昧な表現しかできないぐらい小さな会社らしい。俺はそのことが確認できると自然と気分が高揚こうようしてきた。


「俺は……聞いたことあるかな?○○会社っていうところの企画課で働いてるんだ」

「……そうなのか!大企業じゃないか!」


 久しぶりに聞く賞賛に俺は思わず得意になる。

 会社名を言っただけでもてはやされるなんて内定をもらった時と合コンぐらいで、久しぶりだったから。疎遠になっていたとはいえ俺の輝かしい軌跡きせきを知らないのが少しだけ気に入らなかった。

 あれだけSNSで盛り上がったって言うのに。


「お前、俺のSNS見てないのか?○○会社の内定式に懇親会の写真載せまくったのに!ああ、それと六本木の本社前の写真。あれ、凄いよく撮れてるだろう?」

「ごめん。僕、SNSやってなくて」

「ああ……珍しいな。やればいいのに!人脈も増えて仕事にも繋がるからおすすめだぞ」

「へえ……」


 弱弱しく微笑む友人に俺は笑った。SNSなんてやるタイプじゃないのを分かってる。そんな嫌味にも気が付かず笑うしかない友人を見てえつに浸った。


 俺はこいつと飲むのが好きだった。

 いつだって俺が優位に立てるから。会社で嫌なことがあってもこいつを見れば元気が出る。今日は多めに飲んでしまおうかな!


「……それで上司がなー腹立つんだよ。俺の提案に難癖つけやがってさ!」

「大変なんだな……。あ、トイレ行くついでに酒頼んでくるよ」


 そう言って友人は席を立つ。

 友人のテーブルを見るとグラスの数が少ないのが分かった。酒が満足に飲めない程稼ぎが悪いんだなと俺は勝手に解釈してほくそ笑んだ。


「お前の仕事はどうなんだよ」


 俺は友人にとって痛い話題をぶつける。

 友人は店の中。遠くを見るようにして話し始めた。


「実はさ……僕。ブラック企業で働いてるんだよね」

「ブラック企業?通りでそんなに疲れ切ってるんだな。給料は?」

「業務がきつくてさ……。残業も多くて休みも少ないし、ノルマも凄くて。同僚も上司も感じ悪いんだよね」


 俺は話半分に聞く。

 ブラック企業って本当にあるんだな、程度の印象だった。お気の毒にと思いながら内心どこかでまた悦に浸っている。


「転職すればいいだろー。そんなところ。俺の所なんて、上司がうるさいぐらいで楽勝だよ」


 そう言って友人が頼んでくれた酒をグイっと飲み干した。

 ああ、他人を下にいて呑む酒は美味いな。




「気をつけろよ。最近不況で世の中物騒になってるんだから」

「へーへー!」


 覚束おぼつかない足取りのまま俺は友人と別れた。

 ここの飲み屋は大通りから離れている。あいつが予約したから来てやったがタクシーを拾うのが面倒だ。

 それにしても異常に眠いな。油断していると瞼が落ちてきてしまう。電柱に寄りかかりながらスマホを手にしてタクシーを呼ぼうとした時だ。


 細い路地から聞き慣れない、鋭い発砲音が聞こえた。よく耳にしなければ聞こえない音だ。

 その後すぐに酷い頭痛が襲った。強い眠気のせいで悲鳴を上げることもできない。

 そのまま目の前が暗闇に包まれた。

 




「仕事、終わりました」

『……隠蔽いんぺい工作を終えたらそのまま直帰しろ』


 僕は細い路地の影で上司に報告の電話を入れる。

 ああ、やっと一仕事終えた。

 サイレンサー式の銃を背後に倒れている中年男性の手に握らせて、銃を撃った際に身に付けていたパーカーを着せる。

 男性の頭からは血が流れていた。恨みを持った上司が部下を射殺したという現場に仕立て上げる。

 面白いことにこの男性。サバイバルゲームが趣味で銃を所持しているらしいから犯行をなすりつけるには持ってこいの人材だ。


「やっとノルマ達成」


 それにしても今回の仕事は楽勝すぎた。ターゲットが知り合いだというだけでなく、ターゲットの動向がSNSから筒抜けなのだ。

 簡単に睡眠薬も仕掛けられるし、友人の上司である男性を同じ飲み屋に呼び出すのも造作ぞうさない。

 辺りに店や街灯、人通りの少ない飲み屋を選んだのも功を奏した。


「ブラック企業に勤めるのも大変だなー。でもこの不況下。仕事があるだけでもありがたいか。最近沢山あるもんなこういうブラック企業」


 そう言って僕は夜道を一人、伸びをしながら歩いた。


 





 


 


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