負けヒロインたちが俺に失恋したあとも、あきらめきれずに溺愛し続けてくるんだが?

須崎正太郎

プロローグ 負けヒロインたち、主人公が彼女にフラれたことを知る

 朝だぜ。

 高校に行かなきゃ。

 けれど、まだ眠い……。


 あと5分。

 そう思っていたら。

 頭の裏が、妙にやわらかい。


 それになんだか、良い匂いがして――


「あ、起きた。おはよ~」


「……しおり!?」


 幼馴染である、鈴木栞すずきしおりの声がした。


 寝起きから、唐突に――

 と思ったが、冷静になると、そこは問題じゃない。


 隣の家に住んでいる栞は、いつだって、俺の部屋に無許可で入ってくるんだ。


 朝、俺のことを起こしにくるのも珍しくない。


 おかしいのは。

 栞の声が、寝ている俺の聞こえてきたことだ。


「……ひざまくら!?」


 されていた。

 俺は驚いて、飛び起きる。


 艶やかな黒髪ショートに、白桃色のブレザーを身にまとった幼馴染が、そこにいた。


「なにやってんだよ、栞!」


「だって、たかくんがすごく気持ちよさそうに寝てたから、もっと気持ちよくなってもらおうと思って~。


 でも、ひざまくらがそんなに嫌?

 だったら、次は、……んんんんん。……む、むねまくらとか?


 うう、それはちょっと~。

 我ながらかなり育ってきたな、とは思うけれど~。

 いくら幼馴染とはいえ――」


 大きな瞳を細めながら、ちょっと頬を染める栞。


 そんな言葉を頂戴すると。


 俺も思わず栞の、めっちゃ立派に育った胸元のほうに目をやってしまい、思わず赤面してしまうのだが、


「いや、してくれなんて言ってないから! だいたい、栞も知ってるだろ?」


 俺は、きっぱりと。


「俺には彼女がいるんだ!」


 断言した。


「だから、いくら栞でも、そういうことはしない!」


「…………。でもたかくん、フラれたじゃん」


「ふ、フラれてねえよ。ちょっと遠距離恋愛で、電話でもラインでも連絡がつかないだけだ」


「たかくん。……そういうのを、フラれた、っていうんだよ~? …………」


「その同情の目はやめてくれ。俺と彼女の絆は、愛は、絶対に、絶対に途切れたりなんか……!!」


 お、お、うおおおおおお!

 俺は、心の中で絶叫した。




 15分後。

 青のブレザーに着替えた俺は、栞と連れ立って通学路を歩いていた。


「はい、サンドイッチ。たかくん、好きでしょ?」


「お、おう。サンキュー」


 栞が差し出してきたBLTサンドをパクつきながら、歩く。


 美味い。

 カリカリのベーコンが最高だ。

 俺の好みを熟知している、栞ならではの手作りサンドだぜ。


「カフェオレもあるよ。飲む?」


「いただきます」


 水筒のコップに注がれた冷たいアイスカフェオレを、歩きながら飲みつつ、5月の朝晴れを思い切り楽しむ、俺――


「し~お~~り~~~」


 そのときだった。

 俺たちの前方に、腰まで届いた金髪をなびかせた、足の長い美少女と。


 もうひとり。

 黒髪ロングで背が高い、いかにもクールビューティーな女の子が。


 ふたりで、登場した。


「相変わらず、 孝巳たかみに構ってあげてるの? ヒマよね。こんなフラれ男にくっついてると、栞の男運まで逃げるわよ?」


「…………………………」


 勝ち気そうな顔で、俺をディスる金髪少女。


 と、その横でまったく喋りもしないクールビューティー。


 だが、クールビューティーは金髪に同調せず、そっと俺のところにやってくると、手を伸ばして、俺の頭をよしよしと撫でてくれた。


「俺のこと、慰めてくれてるのか? 瑠々子るるこ


「……そう。歌音かのんさんに悪口を言われて可哀想」


 扇原瑠々子おうぎはらるるこは、ちょっとだけ頬を染めながら、よしよしを続けてくれる。


 クールに見えて、めっちゃ優しいからな、瑠々子は。嬉しいなあ。


「るるちゃんの言う通りだよ~。

かのちゃん、たかくんをそんなにイジめないで?」


「ぶはっ! なにそれ、栞も瑠々子も孝巳を甘やかしすぎでしょ。そんなことだから孝巳は女の子の扱いが雑になるし、彼女にもフラれんのよ。あははははっ!!」


 金髪少女――天照台歌音てんしょうだいかのんは、おかしくてたまらない、といった感じに目を逸らして笑いまくる。


「そもそもありえないのよね。高校生にもなって、幼馴染に朝ごはん作ってもらったり、同級生にヨシヨシしてもらうとか。孝巳、どれだけ赤ちゃんなのよって思うもの。あははははっ!」


「そこまで笑うことはない」


 歌音が、目尻に涙まで浮かべて笑いまくっている様子を見て、瑠々子がやんわりとたしなめた。


「栞さんは家が隣の幼馴染。私と歌音さんは中学時代から彼と友人。……朝食を作ることも、優しくすることも、そこまでおかしなことじゃない。それに。――そもそも」


 瑠々子は、淡々とした口調で、


「私たち3人全員、中学時代は孝巳くんのことが好きで、……告白までしたはず」


「っ……!」


 その事実を告げて。

 歌音は、赤面のまま絶句した。


「歌音さんも、必死に勇気を振り絞って孝巳くんへ想いを伝えたはず。


 孝巳くんが大好き、これからもずっといっしょにいたい、いっぱい優しくしてあげたい、栞よりも美味しい食事を作れるようになってみせる、と」


「な、な、な――」


「だから歌音さんが、私や栞さんを笑うことはないはず。あなたも同じだったのだから」


「そっ、そっ、そっ――」


 歌音は、言葉に詰まって、だがすぐにドヤ顔になると、


「それは昔の話でしょ!? そうよ、あたしも栞も瑠々子もみーんな孝巳に告白してフラれた。


 でもそれは終わった話!


 それからみんなで友達に戻ろうって決めたじゃないの。それなのに孝巳と栞がイチャついたように見えたから、からかっただけ! ……なによ、なによ、瑠々子まであたしを悪者扱いして……」


 歌音はスネたようにそっぽを向いてしまったが……。


 瑠々子が言ったことは事実だ。

 俺たち4人は、同じ中学に通っていた。


 そして俺は、栞たち3人に加え、俺の彼女まで含めた合計5人で、よくいっしょに遊んでいて。


 まさに学園ラブコメばりのすったもんだの末に、俺は彼女と結ばれ、栞たちをフッた。


 それから俺たちは、ただの友達に戻り、同じ高校へ。


 俺の彼女だけは親の都合で、関東にあるこの光京市から、九州の福岡へと引っ越していったのだ。


 しばらくはもちろん、電話もラインもしていたが、その後、音信不通になって、いまに至る。


 そういうことだ。

 栞たちは、もう俺がフラれたものだと決めつけているが、俺はまだ彼女を信じている。


 まだ俺は、彼女のことが――


「だいたい孝巳が悪いのよ。彼女にフラれたからって、速攻で栞にいくなんて、節操ってもんがないの!?」


「かのちゃん、もういいって。いつもわたしからたかくんの家に行ってるんだし。ね、みんなで仲良く学校に行こうよ。いつもみたいに」


「むうう。……まあ、栞が言うなら信じるわよ。まったく、あたしは孝巳がもう彼女を諦めて栞と付き合いだしたかと思ったわ。……ほんと、ここで孝巳が栞に行ったりしたら、あたし、許さないからね!」


「分かってるよ。そんなこと、しないって」


 それでもう仲直りだ。

 昔から、俺と歌音はよくケンカをして、すぐに仲直りする。


 むしろ今朝のこれなんて、ケンカの内にさえ入らない。ただのじゃれ合いだ。


 しかし――

 俺は、栞、歌音、瑠々子の背中を見つめた。


 3人とも。

 ぶっちゃけ。

 めちゃくちゃ、可愛い。


 いや、中学時代からそれはずっと思っていた。

 栞なんて、ガキのころから物凄い美少女だとずっと認識していた。


 特に中学時代、クラスの中に友達がおらず、クラスメイトから陰で『わきやく』なんて悪口を叩かれていたほどのクソ陰キャだった俺と付き合いを続けてくれた栞たちには、感謝してもしきれない。


 いまだって、栞たちのことは、可愛いと思う。


 思うんだが――


 俺には彼女がいる!


 彼女がいるのに、栞たちに目を向けるとか。


 一度フッた女の子をそんな目で見るとか、クソ野郎だろ!?


 いくら、彼女と少し疎遠になったからって、そんな……。


 そうだ。

 俺のやるべきことは、栞たちとの関係に悩むことじゃない。


 連絡がとれない彼女と、もう一度、どうにか連絡を取ることだ。


 電話もラインもダメなら、手紙でもいい。引っ越し先の住所は分かるんだ。


 今夜、手紙を書いてみよう。

 そうしよう!


「…………」


 すっ。


「え? ……瑠々子?」


 彼女のことを考えていた俺の口元を、瑠々子がハンカチでぬぐった。


「パンくずが口についていた」


「そ、そっか。ありがとう」


「……どう、いたしまして」


 無表情ながら、ちょっとだけ顔が赤い瑠々子が可愛い。


 ――いやいやいや。

 可愛い、じゃないよ!

 いま彼女のこと考えてたばかりだろ、俺!


「たかく~ん、るるちゃ~ん。なにしてるの~?」


「ちょっと急がないとヤバいわよ。みんなで駆け足しない?」


 前方で俺たちに声をかけてくる栞と歌音にも目を向ける。


 通学路には人が増えていた。

 うちの学校の生徒たちもいる。

 みんな、栞と歌音を見ている。


 そりゃそうだ。

 ふたりともめちゃくちゃ可愛いし、歌音なんか、日英ハーフゆえの金髪がどうしたって目立つ。


 そんな紛うことなき美少女たちに手招きされ、走りだした俺。


 それでも俺は、もちろん、彼女に送る手紙のことを必死に考えていた!


★☆★☆★


 脇谷孝巳わきやたかみと走りながら、彼女たちは思う。


(ああ、かのちゃんにツッコまれた。そりゃそうだよね。幼馴染とはいえ朝からいっしょにいたら、変だよね。でもたかくんに料理を食べてほしい。わたしを見てほしい)


(やっちゃった。なんであたし、あんなに孝巳を笑うようなことしちゃったんだろう。嫌われる。今度こそ友達ですら、いられなくなるかもしれないのに。ツンツンしてたらダメ。もっと、今度こそ、素直で優しいあたしにならなくちゃ)


(アピール、できなかった。栞さんみたいに朝食も作れないし、歌音さんみたいに気軽におしゃべりもできない。どうして私は、いつもこう、孝巳くんと仲良くなれないのだろう)


 彼女たちは考える。

 孝巳は、付き合っている彼女にフラれた。


 電話もラインも通じないなんて、そう考えたほうが自然なのだ。


 確定的だ。


 ならば。

 もう一度、自分たちが孝巳を好きになってもいいはずだ。


(わたし、やっぱりたかくんが好き! 振り切ろうとしたって振り切れないよ。忘れようとすればするほど、逆に忘れられない! たかくんがあの子にフラれたのなら、今度こそ、今度こそ、わたし……!)


(絶対、孝巳と付き合いたい。……でもあたしって、こんなに未練がましかったんだな。さっきだって、孝巳と栞がいっしょに歩いてるのを見ただけでカーッとなっちゃって……それで嫌われたらどうするのよ、馬鹿馬鹿、あたしの馬鹿!)


(保育園からいっしょの栞さん、事あるごとにおしゃべりしている歌音さんと比べて、私は孝巳くんとの思い出が少ない。でも、これから作っていけるはず。私だって、彼が、まだ、……すき)


 しかし彼女たちは。

 さらに思う。


(((だからって、ここでいきなり告白はできない)))


 なぜなら。


(((またフラれたら、今度こそ立ち直れない!!)))


 中学時代終盤の失恋から、まだ4ヶ月。


 壮絶なる学園ラブコメバトルの結果、敗北を喫し、『負けヒロイン』となってしまった彼女たちのトラウマは、まだ消えていなかった。


 今度こそ。

 確実に。絶対に。

 脇谷孝巳と付き合えると確信してから。


(((告白してみせる……!!)))




 これは――

 一度は決着がついたはずの恋愛に、未練タラタラな高校生たちの。




 そして一度は、恋愛に敗れた、負けヒロインたちの、リベンジ学園ラブコメディ――


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