第10話 そして、父の会社へ

 彼女はここで地下鉄線に乗換え、父のいる会社の最寄り駅まで乗車。そこから歩いてオフィスに至った。

 父は、社長室から出てきて娘を迎えてくれた。

「準急鷲羽の一番電車に乗ってきたと聞いているが?」


「ええ。国鉄の人が一等車をとってくださって。岡山の皆さんが餞別としてくださいました。それから、電車の中で、有賀茶房の有賀幸作社長にもお会いしました」

 相手は父親とはいえ、ここは仕事場ということもあって、一般的に上司に報告するかのようにていねいに報告した。父は、その報告を聞いて頷いた。


「そうか、有賀君も頑張っておるな。あの青年なら、会社を沈めたりはするまい」

「戦艦大和の艦長さんと同姓同名だっておっしゃっていたけど?」

「確かにその通り。彼は清美さんも御覧の通り好青年で優男(やさおとこ)であるが、芯はかの提督に負けず劣らず、強くしっかりしておられる。三ノ宮まで乗車されたということは、どうやら、神戸の取引先と何やらあるのであろう」

「そのようにおっしゃっていました。何でも、今日は日帰りで、神戸では西沢さんの洋菓子屋にもいかれるそうです」

「ああ、あそこな。息子の専務が修行先から戻ってきて、よく頑張っておる。野球で鍛えてプロまで行っただけのことはある。もっとも、プロ入り1年で球団解散とともに辞めさせられて、あとは残務整理をやったというが、あれはなかなか、出来る経験ではない。さらには、岡山のキャンプで知合ったあの大宮哲郎君に刺激を受けて、かれこれ勉強も怠っておらん。それからあの大宮君も、司法試験を粘ったりせずに大阪の大手の三角建設に就職することが内定した。彼も負けず劣らず、出世していくだろう。若い人らには、期待あるのみや」


 そこで少し間をおいて、父親は娘に告げた。


 まあ、人さまのことはよろしかろう。

 それでは岡山清美さん、弊社・岡山洋行株式会社を、どうぞよろしくお願いいたします。できれば結婚後も弊社にお勤めいただき、将来は会社を引っ張っていただくことを考えております。そのおつもりで、精進されたい。


「はい、かしこまりました」

 彼女は、先日までウエイトレスをしていた時のように、上司である父親に答えた。

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