どうやら、二人は勘違いをしているらしい。とある夫婦の話【仮】
三愛紫月
すれ違ってる?!
1話【どうやら、妻は恋をしているらしい】
「ただいま」
「おかえりなさい」
結婚して、5年。
妻は、帰宅した僕をいつも出迎えてくれる。
僕の名前は、
妻の名前は、
5年目にして、倦怠期になったと思うだろ?
実際は、違う。
妻は、恋をしている。
何故、僕をそれが知ったのか説明しよう。
あれは、三日前の土曜日の出来事だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
三日前ー
「じゃあ、千香子とご飯食べてくるから!」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
朝から、バタバタと家事を済ませた妻は、そう言って出掛けて行った。僕は、新聞紙越しにチラリと妻を見つめながら見送った。
「厚化粧だったな」
中学時代からの友人の
たまには、そんな日もあるのは仕方ない。女の人には、肌の調子がいい時と悪い時があると、前に女優さんが話していた。まあ、厚化粧になってしまったのかもしれない。
そう思いながら、新聞を畳んだ。
キッチンに向かった。妻が毎朝コーヒーメーカーで作ってくれているコーヒーをマグカップにうつした。
「ゴクッ」
豆を変えたな?
僕は、棚にあるコーヒー豆を取り出した。
「いつもより、高いやつだな!カフェの店員か?まさかな」
独り言をぶつぶつ言いながら、コーヒーを持って部屋に行く。
「さてさて、読書でもしますか」
僕は、本棚から本を取った。
「運命?」
間違って、妻の本棚から本を取ってしまった。
僕達、夫婦は本が好きなわけではない。僕は、漫画やお気に入りの小説やCDを天井までの高さがある本棚にビッシリと並べている。妻は、占いやら雑誌やらメイクやダイエットの本やCDを本棚にビッシリと並べていた。ここは、二人の趣味の部屋だ。
僕達夫婦は、ここを多目的室と呼んでいる。
小さなテーブルに、人を駄目にすると言われているクッションがある。寝転がって読んだり、座って読んだり、好き勝手に出来るようにあえて椅子や机やソファーは置かなかった。そのかわり、丸い小さなテーブルだけは置いていた。飲み物だけを置くためだ。この多目的室では、固形物の持ち込みは禁止になっている。
CDプレイヤーは、壁掛けスタイルにしている。音楽を聞きながら、妻はよくヨガや瞑想をしていた。
話が少しそれてしまったが、元に戻そう。今、僕は運命の本を手にしている。
取り敢えず、コーヒーカップを小さな丸いテーブルに置いた。
「こないだまで、この本棚の段は風水だったはずだ」
僕は、棚に本を戻しながら確認作業をする。
「運命の相手か調べる方法、運命の人の見つけ方、運命の相手の特徴、運命、運命、運命…」
こないだまでは、何色がいいかとか家具の配置やらといった風水の本がずらりと並んでいた。なのに、急に運命と名のつく本が大量に並んでいる。
「これは、やはり、思い違いではなさそうだな」
僕は、CDの棚を見る。妻は、昔から流行りの曲に弱い。そして、千香子さんがオススメする曲にも弱い。
「愛のうた、愛されたい、愛してる、好きなのに…。何だこのCDは?」
前までは、訳のわからない英語がたくさん並んでいた気がする。
これは、好きな男の趣味なのだろうか?
僕は、棚を見つめながら考えていた。
不倫まではいっていない。まだ、妻の片思いか?
小さな丸いテーブルから、コーヒーを取って僕は飲む。
しかしながら、相手はどこの人だろうか?
僕達が、結婚したのは遅かった。
妻が、32歳で、僕は33歳だった。年齢的な事を考えると…。
妻が新しい恋を見つけたなら、叶うように応援をして、僕は離婚をしてあげるべきだと思う。
結論が出るとやけに、頭の中がクリアになった。これからは、妻が離婚を言い出しやすいような環境を作ってあげようと決めた。
しかしながら、離婚を言い出しやすい環境とはいったい何なのだろうか?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
何も思いつかないまま、僕は三日を無駄に過ごした。
しかしながら、離婚を言いやすくなどはどうやってすればよいのだろうか?
「コーヒー飲む?」
「ああ」
妻は、コーヒーをいれに行って戻ってくる。
「ねー。何か変わったと思わない?」
コーヒーを飲んだ僕に妻はそう言った。
「髪を切った?」
「フフッ。何言ってんのよ!こっちの話」
妻は、そう言ってコーヒーカップを上げて笑った。
「そっちか!豆を変えたのかな?高級な味がする」
「でしょう?千香子に聞いたお店で買ったの。そのお店ね。豆の香りが、凄くよくて。コーヒーが美味しかったのよ」
うっとりとする妻の表情を見ていると、妻はやはりコーヒーの店の店員に恋をしているようだ。
年齢は、いくつだろうか?まさか、おじいさんなわけがない。
「凄く美味しいよ!僕も行ってみたいなー」
と聞いてみた。
「嫌よ!あそこは、千香子との特別な場所」
「そうか、そうだよな」
僕は、そう言って苦笑いをしていた。
「もしかして、怒ってる?焼き餅とか妬いてる?」
「そんなわけないだろ。いくつだと思ってる」
僕の言葉に妻は、ニコニコ笑って「年齢は関係ないでしょ」と言っていた。
「あ、あの、女優の桜井花江が離婚するらしいよ」
離婚を言い出しやすいようにと思って言ったチョイスがそれだった。
「へー。結婚して長かったわよね。夫婦二人で仲良くやっていってる人だったのに…。残念ね」
そう言って、妻は悲しそうに目を伏せていた。
「確かに、そうだね」
何故、今、その話をしたのかと僕は激しく後悔をしていた。
「光夫さんは、子供が欲しい?」
離婚をする男に、その質問は必要なのだろうか?
「どうかな?いたら、いたで楽しいだろうけど…。いなかったら、いなかったでこのままの生活を続けていく事になるのかなーって思ってるんだけどね」
「そうだよね!私も全く同じ事を思っていた」
「あっ、だよな」
僕は、妻と目を合わせないようにしながらコーヒーを飲んだ。
どうすれば、離婚を言い出しやすく出来るのだろうか?これでは、妻を引き留めているだけではないか…。
そうか!僕が、家事をやらないから心配をしているのかもしれないな。
「あのさ、時子」
「何?」
「明日から、僕も家事とか手伝うよ!」
「家事?何で?」
「いやー。その、後輩が、男も家事ぐらい出来なきゃヤバイって話をしていてね」
「へー。そうなんだ」
妻は、そう言いながら僕をジッーと見つめていた。
「な、何?」
「ううん。別に、何でもないよ」
「初めに、ほら、このカップを洗うよ」
そう言って、僕は妻のカップと自分のカップを流しに持って行った。スポンジに洗剤を数適垂らしてから、くしゅくしゅとしてカップを洗った。
どうしたら、妻が切り出しやすいようになるのだろうか?
僕の頭の中は、もうパンク寸前だった。
お皿を洗い終わった頃に、時子は僕の近くにやってきた。
「お小遣いあげてもらおうとしてるでしょ?」
「そんな事してないよ」
「えー。何か怪しい」
怪しいのは、僕ではなく妻の方ではないか…。
「別に、怪しくなんかないよ!」
僕は、妻に何も言い返せないままだった。
「もしかして、不倫とかしてたりするんじゃない?怪しい」
だから、さっきから怪しいのは妻の方なのだ。
「僕は、そんな勇気はないよ」
マグカップを食器用の布巾で拭きながら、僕は妻を見つめていた。
「それなら、よかった」
何故、こんなにも妻が喜んでいるのかが、僕には理解出来なかった。
「今日は、もう寝るよ」
僕は、そう言って妻に笑いかけてから洗面所に向かった。歯を磨いて寝室のベッドに横になる。妻が、離婚を言いだしやすいようにどうすればなるのかを考えても考えても答えが浮かばないまま僕は気づいたら眠りについていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二話【どうやら、夫は離婚がしたいらしい】
「おはよう」
「あー、おはよう」
私は、いつもと変わらずに朝食を作り、いつもと変わらずお弁当を作った。
「今日、パート休みだから!晩御飯、何がいい?」
「別に、何でもいいよ」
食パンにバターを塗りながら、光夫さんはそう言って笑った。
「たまには、外食も悪くないわよねー。光夫さん、明日お休みでしょ?私は、明日お昼からだから」
「時子が決めたらいいよ!ごちそうさまでした。もう行くよ」
「わかった。待って、お弁当」
「ありがとう」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「時子は、ゆっくり食べて!気をつけて過ごすんだよ」
そう言って、光夫さんはリビングの扉をパタリと閉めて、慌ただしく出て行ってしまった。
「やっぱり、忘れてるわよねー」
お互い長年子なし生活を続けている佐倉さんに言われた話を私は思い出していた。
子供がいないだけで、パート先で仲良くなった佐倉さん。私は、よく佐倉さんに夫との事を相談した。
三ヶ月前、佐倉さんにもうすぐ付き合った日なのって話をした。佐倉さんは私に、『そんな事忘れてるわよ!男は、そんなものよ』と言って笑っていた。
そんな事は、わかっていたけれど…。
佐倉さんが連れて行ってくれた占い師に運命の二人だと言われた私は、少し期待していたのだ。風水やらの本を売りに出して、マザー村井の本を買った。マザー村井とは、佐倉さんが連れて行ってくれた占い師さんの師匠の本だった。
当たるとか当たらないとかはどうでもよくて、【貴女の運命の相手は、名前に光が入ってます】何て書かれているものだから何冊も買ってしまった。ページを開くと光夫さんの事を言われているようで、本を見る時間が楽しくて仕方なかった。
「あー、付き合った記念日を忘れているなんて!」
マザー村井の本によると、光夫さんはマメな方だから昔の事も覚えているって書いてあったのに…。
仕方ないよね!私は、朝御飯を食べ終わるとキッチンに下げに行く。
今日は、家事を終わらせたら多目的室にこもろうかな!私は、お皿を洗って、洗濯を干して、掃除機をかけ終わるとまたキッチンに戻ってきた。
「コーヒー豆、気づいてくれて嬉しい」
このコーヒー豆を買う事になったのは、千香子の為だった。半年前、私は千香子に連れられてアイドルグループのペルセウスに会いに行った。千香子の推しは、
そして、このコーヒー豆。千香子が好きな優羽君に似ている店員さんがいると聞かさて会いに行ったカフェのものだった。それからは、二週間に一度千香子と会いに行く事になった。私は、コーヒーをマグカップに入れて多目的室に行く。
ペルセウスのCDを聞きながら、マザー村井の本を読むのが最近の私のお気に入りだった。小さな丸いテーブルに
マグカップを置いた。
「それじゃあ、今日はどれにしようかな?」
普段なら、気にしない光夫さんの棚を見つめて私は固まっていた。
どうやら、光夫さんは私と離婚をしたいらしい。
私は、光夫さんの本を指でなぞる。
「円満に離婚する方法、離婚を言い出しやすくする方法、別れた後の関わり方…」
小説や漫画に混ざって、こういうのを紛れ込ませているあたり、光夫さんの本気を感じていた。
「はぁー。やっぱり、私は嫌なのかなー」
私は、棚からペルセウスのCDを取り出して、壁掛けのCDコンポで再生する。
佐倉さんや千香子によく言われていた。
夫婦は、会話が大切よって…。
私と光夫さんは、昔からあまり会話をしなかった。私は、ここで光夫さんと一緒に過ごしてる時間が大好きだった。付き合ってる時も、こうやって本を読むのが好きだったから…。結婚するなら、こういう部屋が欲しいよねって、話していた。そして、この場所を作ったのだった。
うまくいってると思っていた。口数は、確かに他の家庭よりは少ない。けれど、私達はうまくいってると信じていた。
「やっぱり、今日は晩御飯は外で食べよう」
私は、スマホをポケットから取り出して光夫さんにメッセージを送信していた。
何か、今日は本を読む気力が湧かなかった。大好きなこの部屋が、まるで人の家みたいで…。
「光夫さん、好きな人が出来たのかな?」
私は、ペルセウスの曲を聞きながらコーヒーを飲んで泣いていた。
◆◆◆◆◆◆◆
ブブッ、タタラタター
「はあー」
スマホの音で、私は目が覚めた。
いつの間にか寝てたんだ。
【今から、会社出るから…】
嘘!用意しなきゃ!私は、慌てて用意をする。光夫さんは、一時間もあれば最寄りの駅にやってくる。
私は、マグカップを持ってシンクに置いた。バタバタと急ぎ足で用意をする。
化粧は、薄めにして光夫さんが待つ駅に急いだ。
駅について、暫くすると光夫さんがやってきた。
「み…」
手を振ろうとしてやめた。誰?その人…。
私といる時より楽しそうじゃない。
「ごめん、時子。気づいたなら、声掛けてくれたらよかったのに」
「私も今来たところ」
「じゃあ、ちょうどよかったんだね。行こうか」
付き合いたてなら、きっとあの子誰?って聞いてたかもしれない。でも…。聞けなかった。聞いたら、離婚へのカウントダウンが早くなる気がして。
私は、この日から光夫さんへの疑惑を募らせていった。いつ、離婚と言われるのか?いつ好きな人が出来たと言われるか…。そう思うだけで、光夫さんと過ごす日々が幸せなのに悲しい。
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
三話【どうやら二人は勘違いしていたらしい】(光夫編)
あれから、妻は何も言ってこなかった。【離婚】を言いやすいようにしたというのに何故だろうか?
そして、突然の外食話は何かの前触れか?
「七瀬さん、あの、駅まで一緒に帰ってもらえませんか?」
同じ会社の関口さんに会社を出てすぐに声をかけられた。
「何かありましたか?」
「実は、痴漢に合うんです。それを相沢さんに相談したら、七瀬さんが最寄り駅が同じだよと教えてもらったんです?結婚してるのに、すみません」
「いえ、いえ。そんな事でいいのなら、大丈夫ですよ」
「本当ですか!ありがとうございます」
「はい」
僕は、関口さんと時間が合う時は帰ろうって話しになったのだった。まあ、同僚の相沢が最寄り駅が同じだって言ってしまった以上は、無理だとは言えないし。それに、痴漢されてると聞いたのに帰れませんなどと言えなかった。いつもなら、声をかけてくる時子が声をかけてこなかった。今、来たところなんて嘘は見抜けていた。妻の目が左右に揺れたのと話す前に下唇を噛むのを僕は見逃さなかった。
【離婚】を切り出せないから、妻はこうやって僕に気を遣わなければならなくなってしまったのだ。結局、この日の外食で何かを言われる事はなく…。どんどんと時間だけが過ぎていくだけだった。
あー、どうすればいいのだろうか…。
今日は、帰宅途中の本屋さんで【上手な離婚の切り出し方】という小説が発売するのを知ったので買って帰ってきた。晩御飯を食べてから、僕は多目的室でそれを読んでいた。
「光夫さん、私も一緒にいい?」
「ああ、どうぞ」
時子は、そう言って隣に座り、【離婚される人、されない人】などという本を読み始める。やはり、妻は僕と離婚したいのだ。気になるけど、聞けない。聞いたら、離婚届を差し出される気がするからだ。どうしよう、どうするべきだ?
▼▼▼▼▽▽▽▽▽▽
【時子編】
私は、あの外食から、何も触れずにいた。
隣にいる光夫さんは、【上手な離婚の切り出し方】などと言う小説を読んでいる。
あー、やっぱり離婚されるんだ。パートの帰りに本屋さんで、【離婚される人、されない人】という本を見つけて私は飛び付いたのだ。しかし、隣にいる光夫さんの小説の中身が気になって気になって仕方がない。
私は、今、この本の内容が一ミリも入ってこない。
「あのさ、時子」
「な、何?」
「今日のご飯美味しかったよ!ありがとう」
「えっ、うん」
今日のご飯は、近所の肉屋さんで買ったコロッケだった。光夫さんは、そこのコロッケのカレー味が好きだった。しかし、今日はプレーンしかなかった。プレーンの日は、ガッカリして普通だねとは言っても美味しいとは言った事がなかった。
やっぱり、こないだの女の人と不倫してるんだ。だから、そんな事を言ったんだ。
「ちょっと、疲れちゃったから早めに寝るね」
私は、本棚に本を置いた。
「わかった。おやすみ」
洗面所に行って歯を磨いて、さっさとベッドに入った。ゴロゴロと寝返りをうった。なかなか、眠れない。
いつ、言われるのかな?明日?明後日?
聞きたいけど、聞けない。モヤモヤするけど、聞いたら…。離婚届を差し出されたらどうしよう。そう考えるだけで、何も言い出せない。どうしよう、どうしよう。どうしたら、いいの…。
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
四話【話をすれば】
そして、結婚記念日を向かえた。
離婚を切り出される事はないままこの日を迎えていた。僕は、家に帰る。今日で、六年目を迎える。
ガチャ…。
「ただいま」
「あっ、お帰りなさい」
妻は、テーブルいっぱいの料理を作っていた。
『離婚するんじゃ…』
僕と妻は、同じ言葉を口に出していて見つめ合った。
「時子、離婚したいんじゃなかったの?」
「それは、光夫さんでしょ?」
「僕が?僕は、離婚なんてしたくないよ」
「私だって、したくないよ」
僕達は、二人。口をポカンと開けていた。
これまでの三ヶ月間は一体何だったのだろうか?
「思ってる事、口に出さなかったせいだよな。ごめん」
僕は、そう言って時子に花束を差し出した。
「私の方こそごめんね。光夫さんとあんまり話さなかったから…。ちゃんと言葉にしなくちゃ駄目だったよね」
「これからは、もう少しだけ、会話をするようにしようか?」
「そうだね。お互い話すべきだよね」
僕は、何だかホッとしていた。
「じゃあ、食べよう。せっかくの結婚記念日なんだから…」
「そうだな!いただきます」
僕と時子は、そう言って笑ってご飯を食べる。そして、いつものように多目的室に向かった。
「僕は、時子が恋をしてると思ったんだよ」
コーヒーのマグカップを置いた時子に僕は、そう言った。
「どこでそう思ったの?」
「これとか、これとか、これだったり…」
僕は、CDや本を見せながら話す。時子は、僕に近づいてくる。
「これは、パート先の佐倉さんと行った占いがとってもよく当たったから…。その方の師匠さんの本」
「えっ?」
「光夫さんとの事を調べたら、よく当たっててね!楽しくて、ついつい集めちゃった」
「じゃあ、こっちは!」
「あー、これは千香子が地下アイドルみたいな男の子グループが大好きだけど…。年だから一人で行くのが恥ずかしいって言うから一緒に行ったの。それで、握手するのにCDを買わなくちゃいけなくて…。最初は、仕方なくだったんだけどね!結構、歌が上手いの。それで、私も気にいっちゃって」
「何だ!そんな事だったのか…」
僕は、膝の力が抜けてヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
「大丈夫?光夫さん」
「大丈夫だよ。僕は、てっきり時子が、好きな人が出来たと思ったんだ。子供がいないんだから、せめて離婚を切り出しやすいようにって思って」
時子は、僕の言葉に「それって、この本棚の本って」と言った。
「そうだよ。勉強する為にね」
「そんな事だったの」
時子も、僕と同じように膝から崩れ落ちた。
「そんな事って?」
「私は、てっきり光夫さんが離婚したいんだとばかり思ってた」
「どうして、僕が離婚なんか…」
「だって、駅前で。女の人といたじゃない。あの人が光夫さんの不倫相手か好きな人かって…」
僕は、その言葉に「ハハハ」と笑った。
「何よ!真剣に言ってるのよ」
時子は、そう言って怒った。
「彼女は、職場の人だよ!痴漢にあってるみたいでね。だから、時間が合えば一緒に帰る事になったんだよ。最寄り駅が同じだったから」
「何だ、そんな事なの…」
そう言って、時子は僕の手を握った。
「話せば、たいした事なかったんだな」
僕は、時子の髪を優しく撫でる。
「本当ね」
時子は、ニコニコ笑っていた。
「付き合っていた期間も入れたら、時子といるのは八年だな」
「そうね」
「たった、八年なのにお互いの事をわかってるって思い込んでたんだな」
「そうね」
時子は、コーヒーを渡してくれる。
「食べたい物の気分が同じだったり、行きたい場所や、やりたい事が同じだったりするじゃない。私達…」
「そうだな。付き合った時から、そうだったな」
「だから、話さなくなっちゃったんだよね…。それで、いつの間にかエスパーみたいに心の中が読めるって思い込んじゃってたんだよね」
「そうだよな!本当は、わからない事の方が多いのにな」
僕は、コーヒーを飲んで笑った。時子も、嬉しそうに笑ってる。
「これからは、エスパーじゃなくて口に出すから」
「僕もそうする」
「じゃあ、明日のお休みはこの本を売りに行く」
そう言って、時子は【離婚される人、されない人】の本を手に取っていた。
「僕も一緒に売りに行くよ!」
「じゃあ、一緒に行こう」
「後さ、2つ聞きたいんだけど…」
僕が時子に言うと、時子は僕を見つめる。
「コーヒー豆を変えたのとその本を何で買ったかが聞けてなくて」
時子は、僕の言葉に何だそんな事って顔をして話してくれた。
「へー。千香子さんの推しに似てるんだね」
「そうなの。だから、光夫さんは一緒に行けないの」
「それは、邪魔しちゃ悪いから行かないよ」
僕は、そう言って頭を掻いた。
「後、この本は光夫さんが離婚したいと思ったから…。私のどこが悪かったのか調べたくて」
そう言って、目を伏せた時子を僕は見つめる。
「普段、愛してるとか口に出さなくてごめんな。これからは、もっと口に出すよ」
「光夫さん…」
「時子には、悪い所なんて一つもないよ。僕は、時子と一緒に居るのが楽しくて幸せなんだよ!付き合った頃から、何一つ変わってない」
「私もだよ。光夫さん」
時子は、僕を見つめてそう言ってくれる。
「あっ、そうだ。もう一つ聞きたかったんだ。こないだの外食は、何だったの?」
「それはね…」
時子は、恥ずかしそうにしながら口を開いた。
「あー、そうだった。付き合った日だった」
「覚えてたの?」
「時子と付き合った日は、ちゃんと覚えてるよ!ただ、離婚されるかも知れないって思ってたから…。今年は、すっかり忘れてた。ごめん」
「ううん。まさか、覚えてるなんて思わなくて…」
僕は、時子の言葉に「どうして?」と言って首を傾げた。
「だって、男の人はそういうの忘れちゃうんでしょ?」
「まさか!みんなじゃないよ」
そう言って、僕はコーヒーのカップを時子に小さな机に置いてもらった。
そして、時子を引き寄せる。
「あのね、あの日、僕は時子に告白するのをとても緊張していたんだよ。ちゃんと言葉にするのは、下手くそだった。だけど、時子にちゃんと言いたかったんだ。だから、何度も何度も何度も練習して、やっとの思いで伝えたんだ」
「光夫さん…」
「そんな日を僕は忘れるわけないよ」
僕は、時子をジッーと見つめてニコッと微笑んだ。
「時子ちゃん、これからも僕と一緒にいてくれませんか?」
僕の言葉に、時子は泣きながら僕を見つめる。
「七瀬君、よろしくお願いします」
その言葉に、僕は時子を抱き締める。
「これからは、ちゃんと言葉にするから…。愛してるよ、時子」
「私もするから!愛してる、光夫さん」
僕達は、長い付き合いと過ごした時間の中で、言葉にしなくても分かり合えている、通じ合えているとどこか思い込んでいた。
お互いの考えは、手に取るように知ってるなんて事あるはずないのに…。そのせいで、今回僕達はすれ違った。
このまま、お互いに話しをしなかったらと思ったらゾッとしていた。口に出さなくちゃわからない事もある。向き合わなくちゃ知らない事もある。
今回の事で、僕は時子ともっと会話をたくさんしようと思った。
時子と喧嘩する事をおそれずに、もっと話をしよう。もっと、お互いに寄り添って生きて行こうと決めた。
どうやら、僕達は、お互いの気持ちを勘違いしていたようだった。
どうやら、二人は勘違いをしているらしい。とある夫婦の話【仮】 三愛紫月 @shizuki-r
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます