ペテン師の涙

ももちよろづ

ペテン師の涙


「実は、台湾人の祖先は、日本人なのです」


「まぁ、本当?ジョルジュ」



1704年、ロンドン。


社交界の、パーティー会場。



「台湾生まれの私が言うんだから、間違いありませんよ」


「ねぇ、ジョルジュのお話、もっと聞きたいわ」


勿論もちろん、いいですとも」


「私も、私も!」


「はい、はい」


私は、貴族のご婦人方から、引っ張りだこだ。



「ジョルジュの著書『台湾誌』読んだわよ。


 とっても面白かったわ」


「光栄ですな」



「台湾人って、普段は、どんな服を着ているの?」


「私の祖国では、人々は、上着を一枚、羽織り、股を皿で隠します」


「なぁに、それ?」


可笑おかしいったら!」



クスクス……



方々から、笑いがれる。



「神へのもつとして、少年の心臓を、ささげます。


 その数、一年に、二万」


「恐ろしいわ」



「台湾では、肉を、こうして食べます」


「あら、それ、火が通ってないんじゃなくて?」


「いやいや、仲々、おつなものですよ」



赤々とした肉に、ぷつり、とナイフを入れる。



嗚呼ああうまいなぁ」



香草をまぶした生肉を、がぶり、とかじった。




 ※ ※ ※




「おい。あの男、どう思う?」


「何が?」



パーティー会場の隅。


男達が、ヒソヒソとうわさしている。



「ジョルジュ・サルマナザールだよ」


「ああ、あの……」



「自分で、台湾人だなんて、言ってるけどよう……。


 あいつ、どう見ても、フランス人だろ?」


「どうなんだろうねぇ?」


散臭さんくさい奴だよ、全く」




 ※ ※ ※




「ジョルジュよ、上手くやっている様だな」



パーティーの喧騒けんそうから離れた、夜のバルコニー。


そこに、闇よりも黒い、牧師が現れた。



「おお、イネス」


『この世で、最も聖職者に相応ふさわしくない』と、評される男。


ウィリアム・イネスだ。



「君のお蔭で、事が順調に運んでいるよ」


「それでこそ、お前を見出した甲斐もあると言うもの」


イネスは、口の端をゆがめて笑った。



「しかし、フランス人の私に『台湾人を名乗れ』とは、


 よく思い付いてくれたものだ」


「なぁに、海の向こうの、アジアの島国の事なぞ、


 欧州の誰も、知りはせんさ」


牧師は、グラスに、なみなみとワインを注ぐ。



「『台湾誌』の売れ行きは、どうだ?」


「ヨーロッパ中で、ベストセラーだよ。


 特に、貴族の連中が、飛び付いている」


「ボロい商売だな」



「くれぐれも、嘘がバレない様に、しっかりやってくれよ」


「ああ、分かっているさ」



チン……!



私達は、月明かりの中、祝杯を挙げた。




 ※ ※ ※




「おかしい……!」



「どうしました、ニュートン?」


王立協会会長、アイザック・ニュートンは、研究室で頭をかかえた。



「この『台湾誌』とやら、過去の文献の、引き写しではないか!?」


「そうなのですか?」


助手は、キョトンとした顔で、紅茶を運ぶ。



「前から、妙だとは思っていたんだ。


 あの男……ジョルジュ・サルマナザール。


 これは、私が出るしかあるまい」



ニュートンの瞳は、決意に燃えていた。




 ※ ※ ※




「もう、無理だ!」



「イネス、落ち着け」


彼は、真っ青になっている。


私は、イネスと、自室で向かい合っていた。



「あの、ニュートンに、目を付けられたんだぞ!?


 あんな大物迄、出て来たら、おしまいだ」


「『台湾誌の内容は正しいが、文献の丸写し』だなんて、


 的外れにも、程がある。


 気にする事は、あるまい」


「悪いが、俺は、手を引かせて貰う」


「何だと!?」


耳を疑う一言が、放たれた。


「この辺りが、潮時しおどきだろう。


 後は、お前さん一人で、上手くやってくれ」


「イネス、待って……!」


「さらばだ」



黒衣の牧師は、足早に去って行った。


後には、静寂が残った。




 ※ ※ ※




貴方あなたは、著書『台湾誌』で、台湾から、る星が見えると述べていますね?」



後日、法廷。


私を問い詰めているのは、グリニッジ天文台長、エドモンド・ハレーその人。



「……はい」


「しかし、台湾から、この星は、見えないのですよ」


現実と言う名の鉄槌てっついが、今、私の頭上に振り下ろされる。



「これは、どう言う事でしょうか?」


今迄、どれだけ批判されようが、何度もけむに巻いて来たが、はや……。



「……実は、私は――!」




 ※ ※ ※




「ねぇ、聞いた!?」


「ジョルジュでしょう?」


「台湾のお話、全部、嘘だったの!?」


「あんまりよねぇ……」


「信じられない!」



したってくれていたマダム達のせいが、外から聞こえて来る。




 ※ ※ ※




「ははっ……」



私は、全てを失った。


築き上げた夢の国は、跡形も無く、かいしたのだ。


もう、誰も、私の言葉を信じない。



貴族のパーティーにも、呼ばれる事は無い。


狭い部屋のテーブルの上には、粗末な食事が並んでいる。



しなびた肉に、ぷつり、とナイフを入れる。



嗚呼ああうまいなぁ」



香草をまぶした生肉を、がぶり、とかじった。




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