僕と正反対のあの人

さぼん

第1話

  

何週に1度終バスを逃し最寄りから家まで夜を歩く。

無駄に明るすぎるコンビニ。風が漕いでるブランコが見える公園。僕と同じように帰路に帰る車。

環状線の入口に何故か沢山あるいかがわしいホテル。

時が止まっているゴミ処理場。

 ホラーが大丈夫な僕でもさすがに怖いという感情がない訳では無い。しきりに時間を確認したり、無駄に後ろを向いてみたり、そんなことをしてるからいつもはすぐ明ける夜も今日はとても長く感じる。

 自分の家は過保護なんて言葉には縁がない。存在が確認出来さえすれば補導される年齢でも、1人夜を歩くことが出来る。親が過保護な人からしてみれば干渉されなくて羨ましいと言われると思うがそんないいものでもない。僕は親から大切にされているのか、僕は親から見て存在価値があるのか、過干渉なのも僕の年齢からすればうざったいものなのかもしれないがそのくらいが自分を大切にできる気がする。

 何週に1度こんなことを考えながら夜を歩くと僕は僕を大切にしてくれる人なんてこの世には存在しないのだろうとここ最近強く思うようになった。誰かに好かれていても僕はその人を大切にできる自信が無い。人を信用しないのは大切にしたいと思える人を無理やりつくらないようにしてるからなのかもしれない。

 そんな僕には人生で1番の壁にぶつかっている。

ある人が僕の頭から離れてくれないのだ。

その人はこんな僕にも笑顔を作って話しかけてくれる優しい人で特に何か共通点がある訳じゃなく、クラスメイトでただ二三か月に1回の席替えで近くになっただけ。その人は朝、机に突っ伏している僕にも挨拶をしてくれる。僕がもし寝ていたらどう処理をするのだろうと最初は思っていたが、1週間も続けてやってくれたのだから最初のひねくれた考えは申し訳ないから捨てることにした。その人はクラスの中でとても目立つ訳じゃないが人間観察しかやることがない僕が見る限り、何をするにもその人の近くには誰かがいてその人達は決まっている訳じゃなく色々な人達が集まっている。そりゃそうだ。こんな僕にも挨拶をしてくれる人だ。とても優しい心が広い人なのだと思った。

前に1度挨拶の後に話しかけられたことがある。いつもは笑顔で話してくれるその人の顔がここまで作り笑顔だと気づくくらい下手な笑顔だったことは後にも先にもない。

「ねぇ、柚木くんってさ親から大切にされてるなぁって思ったことある?」 

僕は固まった。

こんなにも笑顔が似合って友達と呼べる人が沢山いる人にもこんなことを思うことがあるのだろうかと。

「え、あ、僕は市川さんと違って男だからすこし雑な位かもしれないな。でもそれが心地いいからさ。」

「そっかあ、あ、苗字じゃ遠いよ悠華でいいよ、でも、私も苗字で呼んでたね、蒼依、ありがとうね」

僕は初めて人に感謝されて嬉しかったことは無い。

頭から離れられないのは市川さん、ではなく悠華さんのことが好きだからだと僕なりに解釈をした。この解釈をしたところで僕が何かをする訳でもなく、悠華さんが僕のことを知っているだけでいいと思った。

 ある日僕は久しぶりに始業まで机に突っ伏したままだった。

いつもは朗らかな担任が式典でしか見ない校長を引き連れてクラスに入ってきたのだ。

 この日から悠華さんを見た人はいなかった。

見たのはテレビの箱の中だけ、不名誉に容疑者と肩書きを加えられて。

悠華さんの両親は小さい頃に離婚し、母親と暮らしていたらしい。暮らしていたというよりそこにいたと言うだけで、悠華さんが生活を担ったいたと、無機質な抑揚でいつものアナウンサーは話していた。

 悠華さんはその生活に耐えきれなくなり、自分と母親をこの世から消そうと考えたらしい。母親をあの世へ連れたあと我に返り警察に電話したという。

あの誰も何も言わない1日を過ごしたあとは悠華さんが話題に上がるようなことは一切なく、このクラスからも皆が悠華さんを消し去ろうとした。あんなことをするような人は私の友達にいて欲しくない。皆そう思ったのだろう。

僕と正反対にいたような気でいた悠華さんはもしかしたら僕のいちばん近くにいて悠華さんはそれに気づいていたのかもしれない。僕はそれに気づくことが出来なかった。

 僕には悠華さんがしたことを止められたかもしれないなんてそんなことは思えない。あの質問を正直に返していたら、作り笑顔の理由をあの時に聞けたら、なんてそんなことを思っても過去なわけで、僕が好きな人にできることはただ思い続けることだけ。皆がこの世から消し去っても僕だけが知っていれば僕だけはこの世から悠華さんを消し去らない。

悠華さんがして欲しかったことはこれなのかもしれない。誰かが自分のことを確かな存在だと思ってくれる人が入れば悠華さんの未来は閉ざされることは無かったかもしれない。僕はまだ確かな存在だと思ってくれる人を心の底から信じることが出来ない。

 でも僕は悠華さんに気づかれなくても悠華さんが大切な確かな存在だと信じている。

 僕がまた夜を歩く時、風景は違ったように見えるのかもしれない。







 

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