銀堂家当主に成った経緯
本家という名の実家に帰ってから数日の時が経った。自分は本家から少し離れたところにある町田舎を散策しながら、そろそろ家を出て自分の名らしく遊び回ろうかと思案をしていた矢先、いつものように突然、連絡がかかってきた。
電話の相手の名前も見ず反射的に応答した。そこから聞こえた声と内容に耳を疑った。連絡を入れて来た人物は自分が両親に薦めた病院の医院長の息子からで『父が危篤状態です』という内容だった。
連絡を聞き終えてすぐさに都合よく停車していたタクシーを捕まえ、病院に向かってくれと頼み、直接父の容体を確認すべく走らせてもらった。
目的に着き、お釣りを貰うのも無視して病院の受付へ。受付のとこまで話が入っていたから待ち時間もなしで病室に向かうことができた。そこでは父の世話を担当していただろう主治医と看護師、そして父の手を握り最も居られる時間を過ごしていたのであろう母の姿もあった。
「容態は?」と問いかけたとき現場の人間はハッとしたのかこちらを見て、口ごもった後「脳卒中です」と主治医が一言。現実でも見て判るほどの暗い顔ができるのだと、嫌な得心を得た。
「申し訳ありません。わざわざ、我が病院を薦めてもらいながらこのような結果に成りましたことは」
自分が冷めた人間だったからかもしれないが、形式的に「そうですか」と発し、実際に触れて死を確認したいという衝動が先行して何も許可も言わずに、母が握っていた手を払い両手で包み込んだ。
今日は四月の中でも寒い日ということもあって、自分の手は冷えていた。母が握っていた体温が失われてゆくのを感じつつ、ついさっきまで生きていましたと主張するように仄かな生命の熱を伝えてくる。だが、その熱も自分の手先へとすり抜けて行ってしまい。気づけば、生きてる時はあんなにも暑苦しかったはずの漢の生気は消え失せ、自分の手よりも冷たくなっていた。
死を理解した瞬間、何故か笑いが込み上げてきて耐えきれず、笑ってしまった。
「ハハッハ……親父。この時のために自分を呼んだのかよ!ふざけやがって……」
母こんな自分に何か言おうとしていたようだが、その思いを一蹴するように、
「時間がねえ、自分は帰る」と、きっぱり言い放ち無情にもその場を後にした。
外の寒さで冷静になったことで母には悪いことをしたなと思ったが、その罪悪感をかき消すようにさっき捕まえたタクシーの運転手が窓を開け「お客さん。お釣り分、もしくはそれ以上の需要って今ありますか?」と、場違いにもキザなことを言ってくるものだから、思わず不謹慎にもニマリとあの日の父の顔のように笑みを浮かべて「ああ、戦地まで連れってってくれ」と頼んだ。運転手は察しが良い人だったようで訊き返しもせずに銀堂家本家へと向かってくれた。
病院ではそんな出来事があったほぼ同時刻。本家の方では謀ったように一族が一同に集まり、次期当主の名が書かれた封筒に注目がいっていた。
ここら辺の事は、現場にいた自分の支持者から聞いた話を挿入しながら語る。
当主の名が書かれた封書を管理しているのは、銀堂家お抱えの顧問弁護士の一人にして、鶴樹家の総督である鶴樹ツカモトが担当した。
鶴樹家とは、家名と公表名と真名を持つ珍しい一族で、多くの名家や財閥、国や外国の機密文書を管理、公開の実権を握る一家であるとも知られている。そのため、情報を盗もうとする輩もいる。だが、権利者以外がその宝物庫に入れば最後、神隠しに会って異次元に飛ばされるとかなんとかだそうで、管理体制はばっちりという。
だから、封書の開封を行う人としては彼以上にはそういない。
「もうさっさと開封しましょうぜ。退屈で仕方ねえ」
集まって第一声に口を開いたのは当時の候補者の一人にして父の一番目の弟、つまり叔父である
「そう絶望の時を早めなくともよいではありませんか。叔父上」
「偉そうじゃな、ミナス」
「その名はやめてください。自分には
「まあまあ、そんなに睨み合わないでくださいよ。腐っても我々は同胞ですぞ」
「うるせぇ!遠縁のガキが偉そうにすんじゃねえ」
「はあ……」
呆れた溜め息をついたのは
「まったく、男どもはいつもこう幼稚なのかしらね。誰が当主に成っても気に入らないなたらありゃしない」
「そうですね。花音の姉貴の言う通りです」
「静かにしなさい。ジェントリー」
「はい!」
加えて、アホな犬のようにそばにいるのはジェントリー
そして、この場の状況を伝えてくれた人物の一人、東雲神威も候補者の一人であったりする。神威は四代目東雲大河と女性系との間に生まれた孫にあたる人物。本家に住んでいた頃は兄貴と一緒によく遊んだものだ。そいうこともあって、自分や兄貴に好感を持っている。その影響からか、兄貴の代理人でもいいからと当主に立候補したそうだ。
計その場には五人の候補者が揃い、もう一人は遅刻しているという図ができていた。形式だけ見れば、自分は最底辺の状況だ。
「……さすがに、一時間も待たされると気持ちがしませんね。どうせ、あんたらは発表したとて暴れるくせに……」
鶴樹も覚悟を決めた様子で、ビリビリと次期当主の名が書かれた封書を開け、広げ始める。その瞬間、さっきまで騒いでいた一同は静まり紙の音だけが響いたそうだ。
「主文、銀堂遊学を銀堂家六代目当主として任命する」
明らかにここには間があった。
「は?」
「へぇ?」
「マジ」
「アハハ面白い!」
「ユウが!」
神威いわく、候補者の反応あと破竹に火が付いたように一同は騒ぎ出し、烏合の衆に成り果てたと聞いている。まあ、そこについては別に驚くことじゃない。そりゃ、最も当主に嫌がった人物が当主に任命されたら、騒めき立てるのは必然的と言える。
一方そのころ、まだタクシーに揺られ道を急いでいた。社内の中で自分はつい数時間前まで考えたこともなかった未来の出来事について耽ていた。
自分が当主に成るなど、夢どころか現実の視野にも入れてんかったため、その出来事か差し迫っているというのにあまり実感が湧かなかった。いたって感情は落ち着いているはずなのに、何だか冷え切った鉄板に火を当てられているような生固い感覚があり、まるで口火を切るのを待っているようにじりじりと熱くなっていた。
ふと、顔を上げると正門が見え始め「あの門の前に止めてくれ」と頼んで止まってもらった。タクシーから降りても実感は湧かず、庭の砂利を踏んだ瞬間、口火に張った緊張の糸が溶けるような感覚に襲われ覚醒するのを感じた。
この先に待ち構えているのは、狼狽し何をしでかすかも分からない集団。一族とて、顔も見たことが少ない赤の他人だ。それでも、どこかワクワクしている自分がいる。今思えば、この時の自分はまだ当主と任命されたと判ってないのに、全員ねじ伏せてやると息巻いているとは、なんともおかしな話だ。
戦場の扉を開け入った途端、自分に一同の視線が集まった。羨望なのか、憎悪なのか、はたまた期待なのか。少なくともこのような目線を受けるのは、今世だけにして欲しいと願ったほどだ。
「遅かったなクソガキ。母ちゃんのおっぱい出も吸ってるのかと―—」
叔父が煽り文句を言いかけたが、黙り込んだ。
「ユウ?」
「……こりゃ勝てんわ」
「申し……分け、ございません」
「すみません、私が間違ってました」
この時の自分は他人から見ても解るほどに自分じゃなかったと思う。自分で何かを言ったはずなのに何も覚えてない。聞いた話によると、こんなことを言ったそうだ。
「お前らは人の死を何だと思っている。自分の父である以上に銀堂家当主だった人間が亡くなっているんだぞ。来れないないならまだしも、来た人間が病院の人も合わせたとしてもたった四人って、お笑い話にしてもお笑い草にもなりはしねぇ。そんな奴らが居座るよりも、俺がなる方がよっぽどマシだ」と言い放ったそうだ。
しつこいくらいに言うがそんなことを言った記憶は全くない。ここまでの話だって、多少は神威の美化された部分もあるかもしれないが、差し引いても自分が言ったことだとは思えない。きっと人ならざる者が自分に憑依し言ったに違いない。
こうして、人生で一番長い一日が終わり、成り行きながらも自分こと銀堂遊学は、銀堂家六代目当主と成ったというわけだ。
当主の時の事件や仕事、生活についてはまた別の書籍にて発表するつもりなので、本書では割愛させてもらう。
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