(48)「言ったか?」「言いました」
「このトラックどうしたんですか?」
「昔のバイト先の社長に借りてきた」
「いやー、美人って得だよね。社長さん、最初は怖い人かと思ったのに、一色さん見てからずっとデレデレしてたよ。このゴッテゴテの補強も、いつまた一色さんにぶつけられてもいいように準備してたんだってさ」
さすが傾国の美女。見てくれに騙されて一色琴乃を採用してしまい、破滅を辿った社長は数知れない。そして本性を知ってもなお、夢を見てしまうのが男の愚かなところだ。
運転席から先生、私、水雨と三人で並んで座る。足元にはふわふわのマットが敷かれていた。本来の持ち主は知らないが、ミラーにぶら下がるぬいぐるみも、シフトレバーも全部可愛くデコられていて、やはりヤンキーはモコモコやファンシーな車内装飾を好むんだなと、妙に納得してしまう。
「金蓮って、なんですか?」
「牡丹灯籠には元ネタがあるって言ったろう。本家中国の話では、麗卿と金蓮という二人の女が出てくる。お露さんのモデルは麗卿のほうだろうけどね。ただ、湖で待つ主人のもとへ、男を連れて行くのは金蓮の役割だ」
「お露さんではなかった、ということですか」
「金蓮ということにした、のほうが正しいね」
次、この湖に近寄ったら死ぬ。先生は私にそういった。中国のお話ではそうなっているらしい。ただし、原典はまるで誘われたように、無意識に湖に近づいてしまう。
林を抜け、舗装された道路の路肩で3人、フロントガラス越しに星空を眺めている。
私は水雨についていくことにした。
案の定、水雨はお寺に厄介になるつもりだったらしい。
先生も一緒に来るそうだ。バカンス気取りだが、私の監視下にいる以上、仕事はしてもらう。今の時代、どこでも作業はできる。本人が口にした言葉だ。
「このまま長野まで向かいますか?」
「そのまえに、鉄君たちを迎えに行かないと」
「そうだ編集。この車喫煙できるぞ」
先生がボトルホルダーに刺さった灰皿を指差す。手にはすでに煙草の箱が握られていた。白地に緑色の装飾がなじみ深い。ドライバーに親近感が湧く。私の好きな銘柄だ。
「どうしたんです、それ」
「ダッシュボードのなかにあった」
「それってこのドライバーの持ち物じゃ……というか、返さなくていいんですか?」
そもそも、先生の運転で長野までは不安が残る。
「まあ、とりあえず一服としゃれ込もうじゃないか」
言うが早いか、先生はすでに火を点けている。私も1本もらい、久方ぶりに煙を肺に吸い込んだ。
どっと疲れが押し寄せる。
とはいえ、気持ちはどこかすっきりしていた。
「そうだ、先生に聞きたいことがあったんですが」
先生は目で続きを促してくる。
「ランドリーで、私が編集にむいてるって言ってたじゃないですか。あれ、どういう意味ですか?」
「言ったか?」
「言いました」
先生が煙を吐く。美人は何をやっても絵になるが、こと煙草を吸う先生は退廃的な美しさがあり、様になる。最後を覚悟した瞬間、なぜかこの顔が浮かんで、せめて死ぬ前に一本吸いたかったと、未練が湧いた。いつ最期の一本になるかわからないのだから、味わって吸わなければ。
「人が好きなお人好しだからだ。馬鹿がつくほどのな。じゃなきゃ誰かに届けたいなんて、思わないだろ」
わかるわかる、と水雨がけたけた笑っている。
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