陰キャだから3
アームが強かったのか二回で取れ、ピョンヒョンと跳ねて喜ぶ彼女の姿に笑みを浮かべる。
なんか可愛い、と恋愛でありそうな展開だが、その思いは恋ではなく『殺す』ための機嫌取り。琴乃がぬいぐるみを取り出すとムギュッと握り締め、頬を赤く染める姿が新鮮だった。
「次、何かある?」
流石に「一つで良い」と恥ずかしそうに口にする。「そう、じゃあ今度ね」とリブの真似ではないが期待させるような言葉をかけてみる。イーブルの言葉に「えっ」と目を丸くすると「うん」と顔を隠してはクスッと笑う。
そんな顔されたら、と心の中で嗤う裏の彼。顔には一切出さず「シューティングやってもいい?」と擦れ違い様に手で口元を隠しては「ヤバイッ」と沸き上がる感情を押し殺す。
あれから一時間程。彼女と遊び、遅延しているが彼女と別れ電車へ。詰め放題で無理矢理詰められたような窮屈な車内。暑苦しく人臭く、逃げられない空間。快速ではなく各駅に乗ろうかと乗り換え。人気の少ない最後尾の車両に乗りスマホを開く。
通知が何百件。
メール十件。
表の貶すコメント数件。その他は裏コメント。メールは全てリブで『電車人身』『大量殺人だってよ』『挨拶しなかったから殺したとかヤバ』と日常や気になった出来事をアッチとは別に時々送ってくる。
『んで、どーなったのよ』
最後に来たメールは報告しろと言わんばかりの短く機嫌を損ねているんじゃないかと疑いたくなる内容。
壁に寄り掛かり溜め息をつくと、見知らぬ人スーツ姿の男が隣へ。なんでこっちに、と睨むと見覚えのある顔。
「やぁ、今から帰るの?」
それは心理学の教授だった。いや、学校と雰囲気が違う。清楚で大人っぽく……取っ組み合った時とは別人。
「……遅延してたので時間潰してました」
「へぇーそうなんだ」
殴ったことに関して一言も言わず、こちらも謝罪はしないが妙な空気。何故かジャケットをパタパタさせているため、視線を向けると腰にホルスターが見え、黒いハンドガンがキラッと光る。ゆっくり視線を上げると目が合い、教授はニコッと笑う。
「あの、ネーム教えてくれますか?」
一瞬警察か――と思ったが、日中にあんなことはしない。それに、護身用の銃を簡単に見せるはずもない。警戒混じりイーブルが口を開くと教授は言う。
「いいよ。セクト」
『セクト』とアプリで検索をかけると、彼よりフォロワーは多くないがそれなりに名のある人だった。本職が“殺し屋”記されており、あらゆる人に成り済ますし殺しているとか。時には教授。時には警察、心理カウンセラーと様々な顔を持つ――とプロフィールに軽く書いてある。
教えてもらったからには、とフォローボタンをタップ。同時にセクトのスマホが鳴り、フォロ返し。続けてコメントが届く。
セクト@殺し屋
『これは驚いた、イーブル様。てっきり下等かと。先程の無礼をお許しください。悪人には見えなかったので』とすんなり謝罪。
イーブルも返す。
evil
『まさか、教授がキラーだとは思いませんでした。まだ若いのに』
セクト@殺し屋
『若い? アハハッ違う違う。こう見えても三十後半おじさんだよ』
真面目そうで気むずかしそうだったがコメントの文は明るく陽気な人だった。ネームを口にすると親近感が湧いたか、急に距離が近づく。
セクト@殺し屋
『俺は貴方の支持者です』
evil
『やめてください』
セクト@殺し屋
『君しかいない』
ストーカーじゃないかと気持ち悪くて仕方がない。
セクト@殺し屋
『自分に出来ることがあれば、何なりと』
コメントでやり取りはこれで終わり。セクトは足元に視線を向け、ほどけそうな靴紐を結び直そうと屈む。その時、「芝崎 琴乃。彼女の個人的な情報が欲しければあげるよ」と耳元で囁かれ、不意を突かれたイーブルはビクッと避けるように横に一歩動く。
「フフッそういうのは苦手? 可愛いね。慣れてると思った」
セクトはスマホを弄り今度は写真を見せてくる。それは、殺された三十代半ばの女性の写真だった。よほど手先が器用なのだろう。
顔にナイフを入れ、皮膚だけを剥がした斬り絵。毒々しい血がプックリ浮かび上がった見事なバラの絵。フリーハンド。ペンなどで描いた痕跡がない。
「すごいでしょ? 午後は暇だったからずっと向き合ってたんだ。もちろん、背中や腕にもある。でも、これが一番綺麗だからさ」
周囲の人に聞こえぬよう耳元で呟き、わざわざ工程の写真までも見せてくる。ボールペンに仕込まれているナイフを挿し込み、傷つけないよう絶妙な力加減で斬って行く。器用に刃先で捲り、ペロッと剥がす。その瞬間が鳥肌が立つほど興奮した。写真では死んでいる人を使っていたが、アプリ内にある動画バージョンには生きたままのモノもあるらしい。
「死体を切るより、息がある方が心地良い。悲鳴と脈を打つように流れる血がなんとも――」
リアルでキラーと話すのはリブを除いて初めて。こう話してみるとよく分かる。その人の『死』のイメージと殺り方が自分とは異なり見え方も感じ方も違う。
「確かに……そう、ですね」
誉めるように言葉を返すが、セクトとは少し考え方が違う気がした。彼は『斬る』ことを楽しむ。それに対し、過激でインスピレーション任せに殺すイーブル。話が合わないな、と楽しくもやや苦しい。
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