平和に潜む闇3
「もう少し待って」
人の多い学校で話すのはマズイ、と穏便に済まそうと囁き返すが「へぇ? 先輩の俺に楯突くのか?」と逆効果。リブの腕を引っ張り、キスしそうなほど顔を近づけて囁く。「待ってください。インスピレーションが湧かないんです」と弱々しい脅迫を受けてるような声で投稿期間を稼ごうと頭を下げた。
「ほぅ、殺しの発想が浮かばないと?」
スランプかと思われたか。リブは真剣そうに腕を組む。「んじゃあ、刺激求めにミリタリーショップ行く? それとも、サバゲー?」と刺激がありすぎる方へ思考が行く。
「えっ?」
「R指定のゲームとか映画でも参考になるか。でもさ、バタフライナイフ系とか銃とか……それは一般的だもんな」
殺しの話ではないが『殺す道具』としての会話。それなら、趣味などに思われるため周囲から変に思われることもない。逃げられないよう肩を組まれ、『凶器』について話していると何処からかピアノの音が聴こえる。
流れるように滑らかな高音を奏でる美しき音色から指で鍵盤を弾いたときポーンポーンと鳴る耳では聞き取れない微かな音まで。”それ“がやけに耳に残り音色に意思気が向かず、逆に脳裏にパッと良くないモノが浮かぶ。
ピアノ→音→鍵盤→弾く→ピアノ線と連想ゲームから導く『殺し』という名の残酷な思考。
突然のインスピレーションに笑いが込み上げ、堪えていたが「ククッ」と声が漏れる。バレぬよう手で顔を覆い、イーブルの異変にリブはニヤリと悪そうな笑み。不気味で気味が悪い光景だがいつもそう。
インスピレーションが沸いた時、イーブルは別人のように変わる。異常な殺意と実行しなくてはいけないと使命感に駆られるのだ。そして――人を殺す。その独特なインスピレーションが彼の人気の理由。
「マジ、今ので湧いたの? じゃあ、家帰って作戦練ろうか。ねぇ、イーブル」
パーカーについているフードを被せられ、ふらつき目に光がないイーブルを支えるようリブは優しくも抱き寄せた。
*
なぜか、鉄臭さが鼻をつく。
最寄り駅から徒歩三十分離れたところにあるマンション。新築で角部屋のため少し家賃が高い。木の独特の香りに癒されながらも時々、仕事(殺し用の)部屋として使っている洋室から漂う鉄臭さ。殺しを終えたあと必要以上に洗っているが、体や感覚が染み付いており、無いはずの臭いが鼻につく。敏感なだけ、そうイーブルは言うが悲鳴や殺した感覚は翌日には抜けず何ヵ月も名残があるほど頭からは抜けない。
「お目覚めか」
倒れたのか、寝ていたのか。それすらイーブルは覚えていない。気付けばリビングのカーペットの上で茶色の紙袋を大切そうに抱いて寝ていた。中を開けるとピアノ線。思わず笑みを浮かべそうになったが、あえて感情は出さず何もなかったように袋の中へ。
「喜ぶと思ったけど期待外れ? そりゃないよ。一応、お前は後輩なんだから」
リブはドカッと床に腰を下ろし、胡座をかいてはイーブルを見下すように覗く。
「さてさて、イーブル。どう殺す? 誰を殺る? 写真は自分で撮るでしょ? 俺の仕事は監視とイーターの世話と情報提供なんだけど。こう見えて一応殺しに手を染めてる。人手が足りないなら助けてあげるよ」
命令口調と見下す視線。しかも、自分に逆らうな――と思わせる性格と言葉は正直、イーブル支配下に置いているようにも思える。言葉を変えれば『洗脳』。もっと酷く言えば『操り人形』。
確かに家賃や生活費は“キルグラマー”のお陰で多少は支給されるが、日常に紛れるためアルバイトもしている。裏と表のギャップがリブにはストレスそのもの。だから、何でもやってくれるイーブルがリブは依存するほど好きなのだ。
「……」
イーブルはリブに返事を返さず、天井の明かりを静かに見つめる。だが、妨害するように彼の顔が見え、邪魔だと顔をしかめるとプッと吹き出すように笑う。
「なんだよ。その顔……また詰まったか?」
いつの間にリブがサバイバルナイフ片手に跨ぐように立つ。刃先を横になっているイーブルの目に目掛け、スッと何も言わず手を離す。イーブルはそれを目でじっと見つめ、目で追いかけ、軽く首を右へ背けるとギンッと床に刺さった衝撃からか刃から柄へと小刻みに震えた。
「ナイス回避!! 流石動体視力がいい。んで、どう。少しはゾクゾクしたんじゃない?」
脅迫か、脅しか、遊びか。ふざけているのは分かるがドが過ぎる。ギーンと震えるナイフの音に耳を傾け、無心になりながらも耳に入る人の話し声とバイクのエンジン音。室内だというのに恐ろしい聴力。聴きたくなくても自然と耳に――。
「バイク……」
「ん?」
ボソッと独り言を呟くと、リブがしゃがみ込み「はい?」とわざと聞き返してくる。それを無視。また耳を澄ましては、ガンガンガンッ……カランカランッ……と何やら機械音がやたらと耳に響く。此処近辺で行われているビルか家の工事の音だろう。
「工事現場……」
「ほぅほぅ。んで?」
胸ぐらを掴まれ無理矢理起こされ「で?」としつこいほど考えを聞いてくる。普通に接してるのだろうか、やや圧が強い。それはイジメに近いような遊びでからかっているような妙な感じ。
「工事現場に走り屋招いて、ピアノ線と見立てて現場のケーブルで首を飛ばす。それなら、殺人にしては不注意で処理」
イーブルは光のない目でリブを見つめ、軽く口角を上げる。怪しげに微笑むイーブルに「じゃあ、走り屋は俺が誘導する。お前は先に行ってな。一眼レフ? それとも、スマホか?」とドンッと乱暴に手を離され、仕事部屋からリュックサックと黒い手袋、マスクを投げ付けられる。
「どっちも。連写出来るならスマホがいいけど、タイマーつけて固定しておけばレフでも撮れるはず」
離された反動で頭部をドアにぶつけ、痛みに顔を歪ませているイーブル。フードを被り、撫でるように手で痛みを誤魔化そうと動かす。しかし、「準備しろ」とバタフライナイフなど。リブが色々なモノを投げてくるため、床に転がっているモノを一つ一つ回収。テーブルに置くとドス黒く染まったクラシックカメラに触れる。
「それ、レフじゃないぞ」
「……クラシックの方が映えるかな」
「おいおい、カメラ一台に付き一人。はっ、三人殺る気かよ」
ケラケラと手を叩きながらリブが下品に笑うと「違う」と珍しく年上の彼をイーブルは否定。続けて、「クラシックだからこそ、深みや味が出る。角度や光の配置も大切だけど……今回ばかりは――」と考えがあるのかパーカーのポケットに突っ込む。
「クッアハハハハッ」
イーブルの発言にリブは突然嗤い、壁を叩いて腹を押さえる。
「マジでイッテんの?お前ってホント面白いよな」
貶されてるのは分かってた。
リブは人の主張を聞かない。
「犠牲者一人でカメラを三台。余計な殺しはしない。変に大量に殺したらバレる。だから、一回で殺る。リブ、三脚貸してライトは工事現場に設置されてるの使うから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます