ステラ

LeeArgent

ステラ

 望遠鏡を担いで、屋根裏部屋へ向かう。扉を開けると溢れてくる埃の匂いに、メルは少しばかり咳き込んだ。


「掃除してなかったんですね、マスター」


「あー、忙しくてな」


 白磁色に桃色を乗せた頬をぷっくりと膨らませるメル。


「仕方ないですね。明日一緒に掃除しましょう」


 しかし機嫌の良い彼女は、すぐにくるりと笑ってみせた。

 彼女は今日の流星群を楽しみにしていたようだ。「予め掃除しておく」という約束を破ってしまったことを、申し訳なく思う。

 駆け足に窓際まで向かう彼女を、俺は追いかける。メルの頭は星でいっぱいで、望遠鏡を担ぐ俺のことは、眼中にないようだ。


「あの空いっぱいにある、キラキラした星が、地球に降ってくるのですか?」


 窓を開き枠に手をかけ、メルは空を指差した。青暗い空には、既に幾千もの光の粒が煌めいている。無邪気な問いかけに俺は笑い、首を振った。


「あれは落ちてこないよ」


「流星群、ですよね?」


「あぁ。流星群。正確には、宇宙を漂う屑星が、空から落ちて燃えるんだ。

 今光ってる星は、本当は遠すぎるところにあるんだ。こっちまで落ちてくることはないさ」


「では、その屑星は、今どこにあるのですか?」


「小さすぎて見えないんだけど、地球のすぐそばに沢山漂ってる。大丈夫、すぐに見えてくるよ」


 俺達は、窓際に並んでその時を待つ。

 待つ時間というものは長いもので、1分1分が、もどかしいくらいにゆっくりと進む。


「ねえ、マスター」


 メルを見る。彼女の目は星空に釘付けだった。


「星って、色んな色がありますね。青いの、赤いの、黄色いの」


「よく見てるなあ。そう、星は、成長度合いによって光り方を変えるんだ。青いのは、生まれたばかりの子供の星。赤いのは、寿命が近い年取った星……」


 メルの目に驚きが浮かんだ。俺の顔を見上げると、息を呑んで問いかけてくる。


「星も死んでしまうのですか?」


「ああ。今にも、どっかの星が死んでるかもしれないな」


 しまった、言うんじゃなかったか。

 さっきまで笑っていたメルの顔が、夜と同じくらいに暗く沈んでいた。メルは優しいんだ。きっと、どこにあるかもわからない星の死を悲しんでいるのだろう。


「でも、まあ……悪いことばかりじゃないけどな」


 俺は挽回しようと、とっておきの雑学を話す。


「星は死ぬときに爆発する。その爆発によって星の塵が出来るんだけど、それが新しい星に成長するんだ。

 星は、死ぬことで命のバトンを繋げているのかもな」


 メルの表情が、少しだが明るくなる。俺はちょっとだけ安心した。


「自然って凄いですね。命を作り出すなんて。機械にはできないことです」


 メルはぽつりと「羨ましいな」と呟いた。

 メルの頭から爪先まで、見かけは人間だ。しかし、その中には機械が詰まっている。彼女が命を作り出すことは、死を引き換えにしてもできやしない。何だか、切なく感じた。


「あ、始まりましたよ!」


 メルの声に顔をあげる。

 きらり、きらり、星が流れて消えていく。絶え間なく流れる様は、まるでパレードのようだった。


「星が何故綺麗なのか、わかった気がします」


 メルは呟いた。彼女が言わんとしていることは、俺にもよくわかった。

 だが、俺は……


「綺麗なのは、星だけじゃないさ。自然じゃなくても、機械だって、情景の1つになり得るんだ。

 太陽の光に輝く金銀だって、俺には美しく見えるよ」


 だって、それは地球の一部であり、俺の情景の一部なんだから。

 メルは頬を染めて、はにかんでいた。

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ステラ LeeArgent @LeeArgent

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