娘が画鋲を飲み込んだ
丁山 因
娘が画鋲を飲み込んだ
寺の息子で実家を継いだ僧侶の幼馴染みがいる。
そいつとこの前飲んだ時に、こんな話を聞かせてくれた。
先日そいつの寺にイガワさんっていう三十代前半の女性が相談に来た。
イガワさんは目元の涼しい美人で、娘がいるとは思えないほどスラッとした体型をしていたそうだ。
相談内容は七歳になる娘のことらしい。
数ヶ月前からイガワさんの娘が変なものを口にするようになった。
ティッシュやビー玉、土、安全ピンなど。
最初は気付かなかったが、娘が腹痛を訴え救急車を呼んだことで異常が発覚した。
腹痛の直接の原因は、プラスチックの持ち手が付いた画鋲を飲み込んだことだった。
医師は「異食症」という診断を下し、カウンセリングを軸に治療が始まったが、娘の異食は一向に止まず、児童精神科への入院も考えたとか。
娘によると自宅に一人でいる時、知らないお姉さんがやって来て「これ美味しいよ」とか「これ食べたらママが喜ぶよ」とか言って色々なものを食べさせるらしい。
イガワさんはその話を聞いてあることを思いだした。
中学のころ、イガワさんは女子グループのリーダー的存在で、友達と一緒にクラスメイトのシマダリョウコさんをいじめていた。
最初は無視やシマダさんの持ち物を隠すといった程度だったが、いじめは日に日にエスカレートし、末期にはビー玉や画鋲などの異食を強要した。
ついにシマダさんは不登校となり学校でいじめ問題が発覚したが、イガワさん達はシラを切ったまま乗り切り、大した処分も受けずに問題はウヤムヤになった。
卒業後はすっかりそのことを忘れ、毎日楽しく過ごしていた。
結婚前に中学のころの友達と会い、シマダさんが引きこもったまま十九歳で自殺したと聞いた時も「ふーん」としか思わなかったそうだ。
娘の食べたものとシマダさんに食べさせたものが妙に符合する。
イガワさんは心霊や祟りなんて話は苦手な方だが、娘のためにできることは何でもしようと、シマダさんの家を訪ねた。
シマダさんの家は古い一軒家で、呼び鈴を押すと背の低い白髪のおばあさんが出てきた。
「いきなりすいません。私リョウコさんの中学時代の友達で、ナカノ(旧姓)サヤカと言います。リョウコさんが亡くなられたと聞いてビックリして来ました。御霊前に手を合わせてお線香を上げさせていただきたいのですが、お邪魔してもよろしいですか?」
イガワさんがそう言うと、おばあさんは「あー、リョウコのお友達ね。はいはい、じゃあちょっとそこで待っててくださいね」と返し、家の中に入っていった。
玄関にも入れてくれない対応に多少面食らったが、数分も経つとおばあさんは玄関に戻ってきた。手に白い紙を持っている。
「えーっと、お名前なんて言いましたっけ?」
「あ、ナカノです。ナカノサヤカと申します」
「えー、ナカノさんね。ナカノさんナカノさん……」
おばあさんは手にした紙を指でなぞりながら、書かれた何かを探している。
「あっ、あった。ナカノサヤカさんね」
そうつぶやくとおばあさんは「ごめんなさいね。せっかく来てくれて悪いんだけど、娘の遺言に『オマエは絶対許さない。一生後悔させてやる』と書いてあるの。家に来ても『追い返せ』ともね」と告げ、イガワさんの返事も待たずにドアを閉めた。
イガワさんはしばらくその場で呆然としていたが、ガックリと肩を落としてシマダさんの家を去ったそうだ。
「その足でウチまで相談に来たんだよ。わんわん泣いてさ、ごめんなさいごめんなさいって、俺に謝ってもしょーがねーんだけど」
「それでどうしたん?」
「いや、お経あげてお祓いみたいなことしたんだけど、正直効果あるとは思えないんだよね。当事者の娘さんはいなかったし。だからウチの本家筋の寺を紹介したよ。娘さんを連れて行きなさいって」
「なんだ、厄介ごと余所に押しつけたのかよ。ひでーなー」
「しょーがねーだろ。どうせ俺みたいなナマグサに霊力なんてないんだから。俺が祟られたって俺には祓って欲しくねえよ」
この後こいつにキャバクラおごってもらった。友達は大切にしよう。
娘が画鋲を飲み込んだ 丁山 因 @hiyamachinamu
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