第35話 イベント
許嫁って、明かすべきなんだろうか?
昨日、夜宮と一緒にケーキを食べた時にそんなことを思った。
許嫁って明かせばきっと夜宮と付き合おうなんて連中は減るはずだ。告白されて困るとか、そういう手合いは減るかもしれない。
しかし他の人はどうか。
今、既に夜宮はちょっと浮世めいた雰囲気があると周りに思われている。
許嫁がいるなんてなったら、周りとの壁がさらに高くなってしまうのでは。
(悩ましい……)
そんなことを考えながら登校していたら、隣を歩いていた夜宮に顔を覗かれた。
「柊くん、昨日から険しい顔をしてますね」
「ん……いや、ちょっとな」
険しくなってたらしい眉間を揉む。
許嫁を明かすかどうか……というのもまだ夜宮には相談していない。俺の中でもまだ悩み中だ。
(許嫁に悩む男子高校生、だいぶ珍しいだろうな)
むん、と夜宮が拳を胸の前で握った。可愛い仕草である。
「悩みがあったら言ってください。わたし、がんばって手伝うので」
「ありがとう。やる気に満ちてるな」
「柊くん、悩んでる時は糖分です。昨日食べてからわたしもケーキ作ってみたくて」
「……こ、今度一緒に作ろうな」
夜宮に一人で作らせたら危険だ。悩みは吹っ飛びそうだが、糖分じゃなくてお菓子作りが原因になりそうだ。まだ夜宮はたまに小麦粉と片栗粉を間違えている。
そうして婚約者を明かすかどうか悩みながら夜宮と歩いていたけど、教室はそれどころじゃなかった。
◇
「――紗良ちゃん、メリフレライブ決定おめでとう~!」
ちょうど俺たちが教室に入ったタイミングで、ぱぱぱーんと気持ちのよいクラッカーの音が複数鳴った。
な、なにごと!?
びくりと肩が跳ねる。しかしどうも俺たちは関係なさそうであった。紐の垂れたクラッカーを手に拍手するのはクラスの女子たちだ。
「わ、わぁ~! ありがとぉ~!」
そして、その輪の中心にいるのは大人気アイドル、メリーリフレクションのさらちぃこと皆森紗良だった。
皆森はきらきらな紐を肩に乗せたまま笑っている。
どうやら皆森が所属するアイドルグループ、メリーリフレクションのライブが発表されたらしい。
(あれ……ライブ?)
何かが頭の片隅に引っ掛かるが、思いだす前に夜宮に話しかけられた。
「紗良さん、ライブがあるんですね」
「……ああ。すごいなぁ」
目を丸くする夜宮に慌てて返す。一般人としてはぽやっとした感想しか出てこない。相手はアイドルなのだ。皆森はフレンドリーな女子だけど、時折アイドルらしい様子を見ると遠い世界にいるような感じがしてしまう。
「紗良ちゃんマジですごーい!」「ぜったい見に行きたい~!」「え、いこいこ!」
「あ、うん。ぜひぜひ! 見に来てね!」
教室内のテンションは高い。けどなんとなく、皆森の笑顔はぎこちないようにも見える。
(ライブ前ってストレスとか凄そうだな)
アイドルとして何万人の前に立ってきた皆森の笑顔は百選練磨で、笑顔そのものから無理をしてるとかは読み取れない。でもおそらく無理をしてるのだろうな、ということはわかる。
(高校入るだけで吐いてたもんな……)
普通に考えて、入学だけで吐いてた人間がライブ前にストレスを感じないとか無さそうだ。
「――おーい席に付け~!」
盛り上がりを席について眺めていると、担任がやってきた。みんな席に戻る。
朝の連絡がいくつかされる中で、一つ重要なお知らせがあった。
「今日の五限は学年まとめて校外学習の説明があるからな。みんな体育館に集まるように」
ざわ、とまた少し盛り上がるクラスの中。
(そうか。校外学習もあるのか)
リープ前も校外学習はあった気がする。たしかどこかの山へ遠出してキャンプするのだ。夜は旅館に泊まって一泊二日。
前はぼっちだったので正直あんまり覚えていないが。
メリフレのライブ。校外学習。イベントが重なっている。
「はぁ~……」
テンション高くざわつく教室とは反対に、後ろの方から小さな溜息が聞こえる。
複数のイベント……ということは、メンタルに難を抱える人間にはちょっとした苦労である。
◇
一限が終わり、休み時間。
ふとスマホが震えたので取り出してみると、皆森からメッセ―ジが届いていた。
『やあ榎並くん』
ぱっと顔を上げて斜め後ろの席を見る。いつの間にか皆森はいない。
『どこから連絡してるんだ?』
『うわ、デリカシーだよ榎並くん。お腹がよわいからお花を摘んでるんだよ』
『わかるわけないだろ』
お腹を押さえている謎の二頭身くらいの生物のスタンプが送られてきた。また吐いてるんじゃないだろうな。
『というか校外学習ですよ。これはまずいよね』
『まずいとは?』
『だって一泊二日でしょ? みんなと一緒にいなきゃいけない時間が長いんだよ? 天才アイドルとしての私の真の姿が暴かれちゃうじゃん』
魔法少女みたいなことを言う。
でも冗談めいているけど、皆森の中ではけっこう死活問題なのかもしれない。
ここで相談してくれるのは仲が深まってきたようでありがたい。けどたぶん、気にしなくていいよと言ったところで無理と言われるのがオチだろう。そこまで俺の言葉に全幅の信頼があるわけではないと思う。
個人的には、内面を見せたって誰も失望なんてしないと思うけど。
『ライブの方が大変なんじゃないのか?』
『どっちも大変だよ! うっ。榎並くんが現実を突きつけてくる……』
今度はきらきらした何かを吐いている謎の二頭身くらいの生物のスタンプが送られてくる。
……ほんとに吐いてないだろうな。
『ライブもすごい緊張するけどさ。校外学習は夜も一緒じゃん。寝顔とか気が抜けてたらどうしようとか、気が気じゃないわけですよ』
『寝ない……は無いか』
『いいけど、お肌が荒れたら責任取ってもらおうかな』
アイドルの肌なんて責任取れない。
『キャンプの班なら俺も夜宮も一緒になれるんじゃないか。そこで多少フォローはできるような気もするけど』
皆森は猫を被り続けることで素のよわよわメンタルが露わになることを危惧している。
でも、夜に寝泊まりする時は無理だが、昼間のキャンプの時なら一緒の班にはなれるはずだ。そこで多少なりとも楽にはならないか。
少し時間が経ってから返信が来る。
『とてもありがたい申し出ではございますが、持ち帰って検討させていただきます』
ずいぶん堅苦しいな。
なんだか迷いがあるような文面だ。
……俺と一緒の班は嫌、とかじゃないですよね?
『とりあえず、榎並くんに愚痴言ってたらちょっと楽になってきたよ。ありがと』
『それはなにより』
言うとスタンプが飛んでくる。続きのメッセージは無い。まあ休み時間も短いし、そんな長時間トイレに籠らせるわけにもいかない。
ぼんやり画面を遡りながらアイドルとしての皆森に思いを馳せる。
(……こんなメンタル弱いのによくアイドル続いてるよな)
メンタルの弱さ以上に、アイドルが好きなんだろうか。
辞めずに続いているのはきっとそういうことなんだと思うけど。
(そういえば、一回引退の噂があったとは聞いたな)
前に綾人が『水無月紗良引退』の噂について話していた。
あの噂は結局、眉唾物だったんだろうが。
思い返しながらふと皆森の出るライブについて検索する。
そこには、メリーリフレクション、夏のライブ発表の宣材写真が載っている。
センターに皆森がいて、他メンバーも笑顔で映っている。
(――……あれ?)
それを見た時、ちりっと、わずかに首の後ろに熱が走った。
(……俺、これ、どこかで見たような)
何か引っかかる感覚。
さっきもライブと聞いた時に感じたのだ。
リープ前に何かあったか?
(だめだ。思い出せない)
少し悩んでいたが、デジャブの正体は掴めなかった。
ただ、リープ前なら確実に杏沙がライブに参加しようとしていたはずだ。今回も同じだろう。
(……杏沙にちょっと聞いてみようか)
――――――
お読みいただきありがとうございます。
本日は事前告知的に更新です。
続きは少し書いているので、ちょっと推敲してから投稿します。
コミカライズの雑誌も発売中です。近況報告にURLがあります。
こちらもよろしくお願いいたします。
だいぶ間が空きすみません。来週頃から、キリのいい所まで更新します。
どうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます