10年前にタイムリープして幼馴染のお嬢様を助けたら許嫁になりました~素直クールな彼女は構ってもらいたそうにこっちを見ている~
じゅうぜん
第1話 タイムリープ
何もない人生を過ごしてきた。
今まで生きてきた二十五年を振り返ると、そんな感想がまず浮かぶ。
徹夜で三日続いた残業明け、朝の電車に揺られながら家に帰る。
ちょうど周りが通勤のタイミングと被ってしまった。これから出勤するサラリーマンで満員の電車。人で隙間の無い電車に揺られて、俺は三日ぶりに家へ帰ろうとしている。
(……なぜこうなってしまったのか)
毎日、緩い絶望が胸で渦巻いて、吐き気がする。
来る日も来る日もサービス残業。机の書類は片付けられずにかさを増し、上司の罵声は日ごとに勢いを増している。つらい。単純に。
全部足りないのだ。
時間もない。能力もない。能力を持った人材もいない。睡眠も足りない。会社のモラルもない。
(……最悪だ)
ストレスで心臓も痛い。
いつものことだけど。
つり革に掴まって立っていたら、電車のドアが開いた。ものすごい勢いで人が排出される。巻き込まれるように駅のホームに押し出され、倒れ込んだ。戻ろうと体勢を立て直すが、その目の前で電車のドアが閉まろうとしている。
おい、待て。
まだ最寄り駅じゃない。
呻きながら乗り込もうと足を踏み出すが、無常にも目の前でドアが閉まった。
「……ああ」
きついな。
最近そう思うことが増えた。というか、そう思ってしかいない。数か月前にプロジェクトのリーダーにさせられてからは、家に帰ることの方が少なくなった気がする。
ふらつきながら歩いて、ホームにある備え付けの椅子に座り込んだ。
そのまま鞄を抱え込むようにして体を丸める。
眠気が襲ってきた。
――同時に、左胸に痛みが走るが、いつもの事かと気を向けない。
微睡みとの境目で、ふと、幼い頃の記憶がゆらゆらと浮かんだ。
(夜宮……)
昔、俺には幼馴染がいた。
――夜宮日奈という女の子。
小学校の頃に引っ越してきて仲良くなった。中学校は別の所だったが、頭が良く、模試でも全国十位以内に入ると聞いていた。でも高校に入る直前、交通事故に遭って亡くなった。
その時に倒れた彼女を見つけたのは俺だった。
あの衝撃が折に触れて蘇ってくる。
どこで何をしている時も彼女のことが引っ掛かって抜け出せない。
あの時、夜宮を助けられていたら――話は何か、変わっていたんだろうか。
(……あれ?)
「……ぅう……ぐ……ぁっ……」
その瞬間、左胸の痛みが強くなっていることに気付いた。胸を抑えたまま転がり込むようにホームに倒れ伏す。息ができない。この苦しさは尋常じゃない。異変に気付いたのか、周囲の足音がばたつく。
(…………死ぬ?)
視界が端から白く染まり、音が遠のいていく。意識がぼやけていく中で痛みだけが明確に感じられる。
「ぁ……」
終わりを悟る。
ふっと痛みが消えるのがわかった。
ああ、死ぬのだ。
そう思った時、目の前にぼんやりと夜宮の顔が浮かんだ。
綺麗な顔立ちで、悲しむように見つめてくる。
そんな一瞬の幻影に手を伸ばす。
最後の最後まで、後悔が浮かぶ。
(あの時、助けられなくて、ごめん)
そんなこと思って――最後の意識は途絶えた。
◇
目を覚ました時、見覚えのある天井の部屋にいた。
「え……病院……じゃないよな」
そっと手を動かして、体を起こす。
胸を抑えるが、恐れていた痛みはない。
「なんだ……?」
ぼやけた頭で周囲を見て、すぐに気づく。
……ここは、俺の実家だ。
大学になって出ていった、実家の俺の部屋で間違いなかった。趣味だったゲームがローテーブルの周りに置かれていて、本棚には俺が集めていた本や漫画が揃えてある。記憶と一緒だ。ベッドも、机も。何もかも。
胸が痛んでホームに倒れて、なぜここに?
体は平気なのか?
何がどうなって、こうなった?
「そうだ……スマホ」
机の上にあるスマホを取る。……なぜか俺が昔使っていた古い機種だ。
「え?」
そのスマホの電源を入れる前、暗い画面に映った顔に俺は違和感を覚えた。
「な、なんで……」
慌ててベッドから飛び降りる。階段を降りて、洗面台へ駆け込んだ。
そして鏡を見て――思わず叫んだ。
「わ、若く、なってる……!?」
そこに映るのは明らかに、学生時代の俺だった。
――――――
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