忘れてたぬいぐるみ

丁山 因

忘れてたぬいぐるみ

去年ちょっと変なことがあった。


俺は軽いアトピー持ちで、ちょっとしたことですぐ身体が痒くなる。

まあ、痒くなると云ってもひと掻きふた掻きすれば治まるレベルで、腫れたとしても数時間で元に戻る程度。

うっとうしいけど薬はなるべく使いたくない。

だからなるべく汗をかかないよう、家では基本パンツ1枚で過ごす。


それでも去年の自粛期間はさすがにやることが尽きて、家の大掃除でもしようかって気分になった。

住まいは実家で一戸建ての5LDKだから、かなりやりがいがある。

その時はたまたま肌の調子も良くて、汗をかいてもさほど痒くならなかった。


納戸で古いぬいぐるみを見つけた。

それは10㎝を少し超えるくらいの熊のぬいぐるみで、腹の部分が極端に痩せている。

最初は何かと思ったが、手に持った瞬間、あっと思い出した。


俺が子供の頃、多分3歳か4歳くらいだったと思う。

ウチの斜め向かいにEちゃんて、俺と同い年の女の子が住んでいた。

ぬいぐるみはその子のものだ。


ご近所さん同士ということで、俺はよくEちゃんと遊んでいた。

ある日、もう何がきっかけか全く覚えてないけど、Eちゃんとケンカした。

ものすごく怒った俺は、Eちゃんに意地悪したくなり、Eちゃんがいつも大事にしてる熊ぬいぐるみを隠してやろうと思いついた。


ぬいぐるみを無くしたEちゃんはその日、日が暮れるまで家の周りを探し回っていた。

次の日も、その次の日も。


Eちゃんに悪いことをしたなって思ったのは覚えてる。

すぐに謝ってぬいぐるみを返せば良かったのに、すごく怒られると思ってそのまま黙っていた。


何日かした後、多分ひと月もたってないと思うけど、Eちゃんの家は突然引っ越してしまった。

それっきり一度も会っていない。

どうも両親が離婚したらしいが、Eちゃんがどうなったかはわからない。

お互いの母親は仲が良かったから、俺が中学に入るくらいまでEちゃんの母親と年賀状のやり取りをしていたが、今では完全に音信不通になっている。


何十年かぶりにぬいぐるみと再会した俺は、迷惑だろうがEちゃんに返そうと思った。

片付けは中断して、早速ネットで検索する。

本名と年齢だけを手がかりに、フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、ミクシィまで探したが、何も出てこない。

結局何もわからず、ぬいぐるみを返すことも出来ずじまい。


変なことがあったのはその日の夜だった。

全身、特に背中が猛烈に痒くなって、孫の手で掻きまくった。

さすがに薬を使おうとなって、背中の状態を確認する。

ウチには姿見がないので、背中を見る時はいつもスマホを使う。

この時もスマホで背中の写真を何枚か撮った。

左側の腰辺りにミミズ腫れがいくつか出来ている。

あーこりゃ結構重症だなーとかつぶやきながら、スマホを机に置いて患部に薬を塗り始めた。

途中、酷い患部は何処かなと机のスマホを覗いた時、思わずギョッとした。


最初に見た時は気づかなかったが、画像を逆さまにするとミミズ腫れが文字に見える。

カタカナで三文字。

「カ・エ・セ」

はっきりとそう読める。


恐ろしくなった俺は、翌日ぬいぐるみと写真を持って同じ町内に住む宮司さんに相談した。

一通り話し終わった後、宮司さんは「これはあんまり良くないものだから、ここに置いて行きなさい。それと写真は全部消しなさい」と言った。


俺は言われた通りにして、その後は何も無い。

ひと月ほどたった後、たまたま宮司さんとすれ違った時、御礼を云った。

すると宮司さんが、何も無くて良かったね。

見つけてすぐ持ってきたのが良かったんだろうねと笑っていた。


話はこれで終わり。

Eちゃんは結局見つからずじまいだったけど、関わるのは良くないと思って、今は探していない。

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忘れてたぬいぐるみ 丁山 因 @hiyamachinamu

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