第11話 三嶋梨律(リッくん)とバレンタイン10
「
今から"キス"するからね……?
うわっ!?」
"キス"と言い終わる間際、
よく見ると
「
ちょっ、ほんとに大丈夫!?」
返事がない。反応もない。
気絶してる……?
ポタリと赤い雫が床に落ちていった……。
……まずい、止血しなきゃ!
まずは
床に落ちていた自分のスーツのポケットから素早くティッシュを取り出し、適度な大きさに丸めた。
「ごめん、
謝りつつ、
その場を離れる訳には行かなそうなので、
医務室の鍵を持ってきてほしいことと、人を1人医務室に運びたいのでエレベーターホールまで誰かよこしてくれるように頼んだ。
5分ほど待っていたら、誰かの足音が聞こえてきた。
「あの、そこの人……。
俺、
振り返ると後輩の
あたしと目が合うと、
「ありがとう、
この格好はちょっとワケあって、急場しのぎに着てるだけだから気にしないで。
それよりも、
「うっす……。
すみません、
てっきり知らない人かと思って敬語が抜けちゃいました」
「そっちの肩持って……うん、オッケー。
せーのっ!」
そのまま医務室に向かって歩き出す。
「
今度から知らない人に話しかける時は、もう少し敬語を意識しといた方が、何かと困らずにすむかもよ?
あたしは別に構わないけど、もっと年配の人だったら、多分それだけでお説教だったかも」
「うっす……。
つか、その格好……。
俺的にはありよりのありっす」
「うん、そうそう。
前に教えたこと、実践してるみたいね。
女性は気づいた時に言葉に出して褒めるのが良いってやつね。
どんどん使っていきなさい」
「…………うっす」
なんか返事まで
もう少し伝わりやすく褒めるように、相手に合わせた言葉選びは必要かもしれないが、意識して実践できているのと、全くできないとでは
あたしには普段から
褒めていることが相手に伝わっているので及第点である。
「
今日は忙しいだろうにごめんね」
たしか
あたしが研修担当した最初の教え子みたいな感じだから、何かと仕事状況などをメーリングリストで把握できるようにはなっている。
「いや、俺今日、ド
「え?そうなの?
バレンタインだし、会合とか入れられたりとかしなかった?」
「いや、特になかったっす。
というか全部リスケしたっす」
「なんで??
バレンタインに会合したら、先方の女の子とかからチョコもらえるじゃん?
わざわざリスケしたってことは、なんか理由とかある感じ??」
「先輩は大変そうっすね」
「ん?ああ、けっこう大変だったというか、今もその延長線上にまだいる感じ」
「そっすか」
なんかはぐらかされた気がするけど、本人が特に焦ってなさそうだから、まあいいのかな。
仕事の進め方は人それぞれだから、先輩風吹かせまくってあんまり干渉し過ぎるのも良くないし。
「先輩。
先輩は誰かにチョコ渡さないんですか?」
「え?う〜ん。
あたしはバレンタインにはもらう側でホワイトデーにしっかり返す派だから、誰かに渡すチョコは特に用意してなかったなぁ」
「そうなんすね。
教え子とかにもチョコなしっすか?
期待ありよりのありだったんすけどね」
「ああ、ごめん。
そっか、教え子にチョコ渡すとか、なるほど、盲点だったわ。
たしかに
「
あいつには渡してないんすよね?」
「うん、こみちゃんにも渡してないよ。
なに?ライバル心メラってる感じ?
こみちゃんと
他にも同期はいたが、残念ながら今残っているのは2人だけだ。
そして、その年だけ研修を担当して、翌年から
物静かながら頭が良く、何事も要領よくこなせる天才気質。
しかし、愛想はあまり良くない。
ミステリアスというのか、何を考えているのかよく分からないのだが、それでも取引先の女性から人気があり、彼の担当している相手先からクレームが来ることはほとんどない。
対して、こみちゃんは、身長は低めで頑張り屋なんだけど、ちょっと抜けてるところがあって、憎めないキャラクターだ。
相手の話を親身になって聞く姿勢や、ぱっちりタレ目なところとかが年上の女性にウケるのか、いつも先方から呼び出されて奔走しているイメージが定着しつつある。
そうこうしているうちに
「ありがとね、
助かったよ。
あとはあたしが見てるから、オフィスに戻ったら
メッセージも送っておくから軽くでいいよ」
「うっす。
この人、早く目、覚ますといいっすね。
手伝ったお礼に、これはいただいても良いっすか?」
いつの間にか
「それ……どうしたの?
まさか…………」
「この人が持ってて、運ぶ時みぞおちに当たって痛かったから抜き取ったっす」
「返して、くれない?」
「嫌っす。
こんな肉体労働させられて、何もなしなのはなんか納得できないっすから。
これはもらってもいいっすよね?
どうせ先輩が貰う予定だったんだし、それを先輩から俺にくれてもいいと思うんすけど」
あのレース編みは恐らく、
繊細な編み込みに作り手の想いが込められている。
たぶん、このチョコを渡したくて、盗聴までしてあたしの行動を探っていたのだ。
その想いをまだ本人から受け取れずにいる……。
それを持っていかせる訳には、絶対にいかない……!
「ごめん。
今度この件のお礼はあたしから直接するから、それはあげられない……。
返して?」
手が届く距離にある
「……ぇ?きゃあっ!」
伸ばした腕を力強く引っ張られて、体勢を崩し、前のめりに倒れこむ。
引かれた腕に走る痛みと、倒れる恐怖から、いつもの声音より高い音が自分の喉から発せられた。
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