第2話 三嶋梨律(リッくん)とバレンタイン1
今年のバレンタインはチョコを貰うつもりは無い。
というか、欲しいと思った年があっただろうかと思い返してみる。
小学2年生くらいまで
子供の頃から足が早く、小学生の時はサッカーをやっていた。
運動神経にはそこそこ自信があって、クラスで徒競走1位の常連だった。
男子よりも女子の方が背が伸びる成長期の時期が早く、結果として背も高く、足も早く、勉強もそれなりにできて、クラスで中心的なグループのそのまた中心にいた。
そんなのモテないわけがなかった。
小学3年生以降の年には、食べきれない量のチョコをもらっても、あまり嬉しくないことや、ホワイトデーに大変になることがわかってしまったので、バレンタインデーというイベントは何とかしてチョコを貰わずに済むようにできないかということを懸案する行事になっていった。
その頃のあたしは、誕生日などには必ず呼ばれていたため、クラスメイトや、ほかのクラス、別学年でも、交友や部活や委員として関わりのある人の誕生日はメモをして覚えていた。
そうしないと、予定が重なってしまったりで、誰かを悲しませる事態になることが分かっていた。
プレゼントも欠かさず用意したので、好みの把握にも極力努め、メモの量は膨大だった。
そのメモを見返した時、どうやら男子と女子では鉄板のプレゼントは違うし、渡す時に喜ぶ言葉なんかも違った。
誕生日の過ごし方も全く違うし、興味のあることが大きく違っていることは、何となくその頃からわかるようになっていた。
サッカーをやる時は周りのほとんどが男子だったので、男子たちとのコミュニケーションのとり方は自然と心得ていた。
男子たちの輪の中に入って汗臭さの中で、真っ直ぐ好きなサッカーに向かうのは楽しかったし、男子たちと対等に男同士のように共有する時間はその頃の自分にとってそれほど苦ではなかった。
サッカーしてる仲間たちの中でも足が早く、直接の得点はなかなかせずとも、ドリブルが早く、フェイントもかけられるので、得点に絡むアシストが非常に上手かった。
スタメンとして活躍し、同じチームの仲間として受け入れられていたんだと思う。
逆に、クラスの中では女子に囲まれることが多かった。
女子同士の会話にもすんなり入って行けるように、女子の中で流行っているコスメや雑誌、モデルやアイドル、インフルエンサーなどのワードがある程度分かるまでは、ひたすらメモをして親のスマホで見たりして話題について行けるように努力していた。
ああ、男子と女子ってけっこう違うんだなって、子供ながらにぼんやりと思っていた記憶がある。
あの頃は良かったな。
みんながあたしを認めてくれて、あたしもそれに答えるのが楽しかった時期でもあったから。
それも中学入るまでだったけど。
そんな昔のことより、今年のバレンタインをどう乗り切るか、だ。
理想はゆうちゃんからだけチョコを貰うこと、他の人からのチョコは受け取らない。
そういう目標だ。
そのためにはチョコを受け取らないように、丁重に断る技術が必要不可欠だ。
誰かから手渡されそうになったら、断り文句を言えるようにいくつか考えておいた。
「実は甘いもの苦手なんだよね、だから受け取れないかな、ごめんね」
「チョコレートを食べすぎて嫌いになっちゃったから、君の好意は嬉しいけど本当はチョコを見たくもないんだ、ごめんね」
「ありがとう、でも、じつはチョコ好きじゃないんだ、ごめんね」
あくまでもチョコに対しての断る文句だから、これなら女子たちのハートへのダメージは少ないはず。
それでもと食い下がらなかったり、変わり種でチョコじゃないものを渡しに来た時はどうしようか。
「君の気持ちに悪い気はしない、本当だよ。
でも、あたしは女だから、気持ちには答えられないんだ、だから心苦しいけどそれも受け取らない方がいいと思うんだ、ごめん」
「ごめん、あたしには受け取れない。
この意味はわかるよね?
うん、素直な君は嫌いじゃないよ。
ありがとう、でもごめんね」
「気を悪くさせてごめん。
でも、あたしが受け取ってもあなたを幸せにすることは出来ないから、受け取れないよ」
こっちは物を断るよりも、その子の好意に対してストップをかける感じ。
というか、直接その子を否定することになってしまうから、そのあとのフォローがすごく気を使わなければならない。
でも、ホイホイ受け取って
いくつかのバリエーションを先に考えておいたから、これで去年よりずっと断りやすくなったと思う。
去年の敗因は断り文句を1つしか考えていなかったこと。
当たり前だけど、向こうは複数人で、それぞれに渡しに来る場所も方法も言われることもプレゼントの中身も違っていて、不意を突かれることが何度もあった。
ひとつのセリフだけでは対処出来るはずがなかったのだ。
他にもいくつも台詞を用意して、気持ち的にも今年は問題ないと思う。
戦地に向かう気持ちの整理と出かける準備を済ませた頃、リビングのドアが開いた。
「ゆうちゃん。
おはようと行ってきますの、ちゅっ」
今日初のマイダーリン。
駆け寄っておでこに軽く口づけをした。
さらに気合いが入った気がする。
「ふあぁ、おふぁよふ。
ひょうは、はやいんにゃね。ふわぁあぁ」
淡いピンクのもこもこパジャマに身を包んだダーリンは今日も最高に可愛い。
少し寝不足気味な様子だが、あたしと違って悩みであまり眠れていないとかではなさそうだ。
「今日も最高に可愛いよ、マイダーリン。
うん、そうだね。
今日はちょっとした決戦の日だから、いつもより早めに行く必要があるんだ。
それだけで、回避出来るものもあるから」
「ふあわわ。
ても、ねむたそう。
ふまでひへる(クマできてる)」
そういってゆうちゃんは背伸びをしながら、あたしの頭を撫でてくれる。
「大丈夫、あたしにはマジ天使のゆうちゃんがいるから頑張れる」
「無理しにあいならよしよしふあよ、ちゅー」
(たぶん、無理しないならよしよしだと思う)
首を引き寄せられ、頬にキスをもらった。
嬉しいご褒美だ。
「永遠の眠りもきっとダーリンのキスなら一発で起こしてくれるよ。
行ってくるよ、ちゅっ」
出かけに耐えきれずにもう一度ダーリンの手の甲にキスをして、フローラルな香りを鼻に感じながら出発する。
気合十分、いざ出陣。
試合前と同じ緊張感で会社へと足を向ける。
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