第45話 成瀬の憂鬱3
告白して振られて終わりにする!
そう決意するのに、情けなくもそこそこ時間を要した。
あのあと、同僚からの話によると二人は結婚することになったらしい。佐伯さんは話がある、なんて俺に言ってくるし、引っ越し先の資料まで持っていたので間違いなさそうだった。ヨリを戻しただけではなく、一気に結婚とは。神様は俺にチャンスを一ミリも与えるつもりはないらしい。
彼女と二人であうのが躊躇われ、避ける日が続いた。どうしても本人の口から聞きたくなかったのだ。
それでも逃げてばかりもいられない。何も始まらないし、向こうは早く話したがっている。やっと決意し、ようやく佐伯さんと二人で会うことになった。
同じ職場なので顔は毎日合わせるが、面と向かって向かい合ったのは久しぶりな気がした。
どこか思いつめたような表情で玄関に立つ彼女に、どう切り出していいのか分からなかった。家に上がって、と誘うも断られる。そこで自分が何て愚かな誘いをしてしまったんだろうと苦笑した。結婚相手もいるのに、異性の家に上がるわけがないじゃないか。
そして予想通り、俺が預けた家の鍵を突き返された。
「お返しします」
キーホルダーも何もついていないシンプルな鍵。それをじっと見つめ、ゆっくり受け取った。
「わざわざありがとう」
口から何とかお礼の言葉をひねり出す。そこで佐伯さんはすぐに帰宅しようとしたので、必死に引き止めた。告白しようと思っていたのにタイミングがない。
とりあえず、彼女から預かっている料理を入れていた容器を返却しようと急いで動いた。いらない、という返事は聞こえたが無視した。
リビングに入り、用意してあったそれを手に持つ。そこでなんとも言えない胸の苦しみを味わった。
……どう言おう。あっさりいった方がいいよな、向こうも気に病んでほしくない。
実は好きだったんだ、でも結婚おめでとう。これぐらい短い方がいいだろうか。
やっぱりあの彼がずっと好きだったんだね、と言ってやりたい気もしたが、これを聞いては俺自身の心も折れそうだからやめよう。はいそうです、って言われたら多分立ち直れない。
すぐに玄関に戻り、容器を差し出しながら気持ちを伝えようと思っていた。ところが、だ。
戻ったそこには、泣いている佐伯さんの姿があったので心臓が一時停止した。
いやいやいやいやどうした? 泣きたいのは俺だが? マリッジブルーか、それとも何かほかに嫌なことでもあったか? もしかして俺が何かやっちまったのか。
「ど、どうした、なんかあった? なん、 え、どうした!?」
しどろもどろに尋ねる。佐伯さんは基本どんな顔をしていても可愛いと思っていたが、さすがに泣き顔はキツイ。
「いえ、大丈夫、です」
「いやいや全然大丈夫じゃなさそう!」
「個人的なことなので、容器ありがとうございます」
冷たく淡々とそういう彼女を、このまま帰してなるものかと思った。佐伯さんは俺が持っている容器を掴み立ち去ろうとするが、しっかり握って離さないでいた。あちらも困ったように力を強める。
「まだ帰さない」
もしかして、と思う。俺の好意は伝わっていたんだろうか。でも自分は他に結婚する相手もいるから、この場が気まずくてならないと思わせてしまってるんだろうか。だとしても、ここまで泣くか?
戸惑いといら立ちが心に溢れた。泣いてる姿を抱きしめてしまいたい衝動に駆られる。
この子は意外と頑固らしく、一向に口を割らない。俺は俺で引かなかった。お互い声を大きくさせて言いあってしまう。
「私は別に大丈夫です!」
「いや大丈夫って何が!」
「もう解決したってことです!」
「解決? まず問題を教えてよ」
「それが言えるなら困ってません!」
「ほら困ってるんじゃん、どうしたの!」
「どうもないです、先に成瀬さんからどうぞ!」
「分かった! 佐伯さん好きです!」
「分かりました! わた、
ん???」
勢いに任せて言ってしまった。
いや、どうせいうつもりだったからいいけれど。でももっとこう、かっこよく締めれなかったものか。脳内シミュレーションは全然役立っていない。
だが相手はどうもよく聞こえなかったようだった。嘘だろ、俺あんなでかい声で言ったのに?
笑いながら今一度しっかり告白した。そして結婚おめでとう、と告げた。よかった、ようやくシミュレーション通りに行きそうだ。これで綺麗に終われ
「は???」
返ってきたのは低く冷たい声だった。佐伯さんは眉間に皺を寄せて口を歪めていた。あれ、ちょっと待て。思ってた反応と違う。
「結婚って、誰がですか」
「佐伯さん」
「誰とですか」
「元カレの」
「するわけないでしょう!?」
「え。結婚しない? ちょっと待って?」
「結婚どころか、あんなのと戻ったりもしないですよ、絶対お断り!」
そう叫んだ瞬間、自分がとんでもない勘違いをしていたと気づかされた。張っていた気が抜け、へなへなと座り込んでしまう。あんなに悲しんでショックを受けていた時間は何だったのか? 顔が熱い。
顔を上げてみると、心配そうに、だがびっくりした表情で俺を見ている佐伯さんがいた。そんな顔を見ただけで、考えが吹っ飛ぶ。
いいじゃん、無駄な時間を過ごしても。結果この子がほかの男の物にならないなんて最高の答えだ。俺は今万歳して喜びたい、彼女は誰の物でもなかった。
誰の物でも……なかった。
(ああ、今すぐ触りたい)
色々すっ飛ばしてそう思ってしまう。とにかく好きで、可愛くて、こんなに心をぐちゃぐちゃにさせられるのは生まれて初めて。
落ち着け、落ち着け自分。
まずは一つ一つ事実確認を行おう。ちゃんとお互い思ってることを話し合って、それからもう一度正々堂々と告白しよう。急なことで驚かせただろうし、多分OKなんてもらえないだろうけど、急ぐことはない。時間を掛けて、俺は本気なんですって見せて頑張るしかない。
絶対に誰にも渡したくない。
そう心に強く決意し、俺はやっと立ち上がった。遠くに行ってしまうと思っていた人が、そうじゃなかった。その事実を知り意識が飛びそうなぐらい驚いたけど、今あるのはやっぱり喜びだ。
戦いはようやく始まった。絶対、勝ってやる。
ちなみに、これから長い戦いだと意気込んでいたのに、まさかの向こうもこっちを好いていてくれたとこの後知ることになり、俺はついにひっくり返ってしまった。
めちゃくちゃ嬉しいけど、佐伯さん趣味大丈夫かな。あんな生活力の俺を好きになってくれたって、一体どういうこと?? 血迷ってない??
……って思ったけど、勿論言わなかった。永遠に血迷っていてくれればこんなに嬉しいことはない。
さらに話を聞くと、俺が目撃してしまった場面は合意の上のキスではないらしく、元カレが勝手にやりやがったとのことだった。そのほか色々嫌がらせのようなことをされているとか。
……人生でこれほど怒りを覚えたのは初めてだった。
殺したいと思った。が、物理的に殺しては勿論犯罪になってしまうので、社会的に殺すことにした。多分、今まで生きてきた中で一番力を入れて準備を行ったと思う。自分の中にこれほどの怒りがあるなんて思わなかった。
だが同時に、喜びを感じる自分もいた。
好きな人の役に立てるということ。自分が誰かのために必死になれること。どれも、今まで経験したことがなかったからだ。
「成瀬さん、何してるんですか?」
パソコンを扱う俺を覗き込んでくる彼女を見て、ただ笑みが漏れる。
「ちょっとね、明日の準備」
「明日、ですか」
「うん。佐伯さんを苦しませてるやつに仕返ししなきゃね」
「一体何をするつもりなんですか?」
心配そうに見てくる相手の手を、とりあえず握ってみた。
多分大丈夫。
この人がついててくれれば、俺は何でもできる。
「そうだね、じゃあ明日の計画についてお話しましょうか」
「はい、私に出来ることがあればなんでも!」
「じゃあキスして」
「はい、え、ん、いや明日のことでですよ!?」
「明日のエネルギーチャージじゃん、必要なことだし」
「そんなめちゃくちゃな!」
顔を赤くして困るその顔があまりにも可愛くて、向こうからのキスを望んだくせに、俺は耐えきれずその唇を塞いでしまった。
案外、自分は本気になるととにかく触りたくなるらしい。これもまた、知らなかった事実。
おわり。
次はその後の二人ー
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