第23話 寝かしつける
でも、世の中あまり思い通りいかないようで。
「和奏、お前体調悪いだろ」
「そんなことないよ。朝ごはん用意するね」
「おい」
「大丈夫だって。心配性だなぁ」
いつもより遅い時間に起きて来た和奏が明らかにフラフラしていたので、ベッドに縛り付けて無理矢理体温を測る。耳式体温計だから服の中に手を突っ込む事態は避けられた。
「八度五分か。文化祭は明日だからな。今日しっかり休めば間に合う」
「柊くん、強引……」
「無理しようとするのが悪い」
確か今日は一日かけて文化祭の準備を完全に終わらせる日。和奏を取り押さえていた糸を回収して、顔の赤い和奏の頭の下に氷枕を置く。
「しゅ、柊くん、私のノートパソコン、取って。曲、完成させないと」
「寝てろアホ。そんな状態で自分が思っていたものを作れるか。僕も今日は休むから。一日で治すぞ」
「うぅ」
「とりあえず今からお粥用意するから、お腹に消化に良いもの入れて薬飲んでしっかり寝る。それ以外は許さん」
「柊くん、厳しい」
色々な不安を抱えたまま環境が変わって、大きな不安が一つ解決して気が抜けたのだろう。溜まってた疲れが出たってところか。
「トークで繋いで二曲とかで我慢しろ。明日は」
「……ライブでのトークの難しさをわかってない」
というぼやきが聞こえたが僕はキッチンに向かう。別に料理がからきしというわけではない。簡単なものなら僕だって作れる。
卵粥に塩を振っていつの間にか冷蔵庫に置かれていた梅干を乗せる。その程度ならできるのだ。あとはスポーツドリンクと水、解熱剤と痛み止めを用意する。咳をしている様子が無かったのは幸いだ。
秘伝の薬を用意しても良いがあれは効き目が普通の人には強すぎる場合がある。修行していた頃に様々な毒に身体を慣らしていた僕たち『忍』向けだから。あらゆるものは毒性を持っている。無毒足らしめるのは服用量による、だったかな。うろ覚えだ。
「ほれ、食え」
「うぅ、ありがとう……熱があるって自覚するとなんか急に身体重くなってきた」
「ちゃんと免疫に仕事してもらえ」
「はーい……あーん」
「あ?」
「た、べ、さ、せ、て」
「……ほれ」
レンゲにすくったお粥を差し出すと和奏は「わーい」と口に入れる。
「あ、美味しい。愛情を感じる味だよ」
「そうかい」
「ふふっ。嬉しいなぁ」
なんて言いながら口に手を当てる。それでも隠し切れない柔らかい笑み。
「このくらいで感動するものかい」
「してもらったことに嬉しさが湧き出ただけだよ。ありがとう。あとは自分で食べるよ」
憎まれ口もやんわりと流されて。レンゲも取り上げられて。俺はそっと頭を掻いた。
「食い終わったら薬飲んで寝ろ。そこに置いとくから」
「ん。ありがとう」
さて、そろそろ学校に先生が出勤する頃だろう。母親に状況の説明と電話を頼むメッセージを送っておく。それだけでよし。僕が父親の振りして声を変えて連絡するよりも確実だ。僕は僕で自分の欠席を伝えるための連絡をしなければならないし、世に忍ぶためには世間一般の固定観念には積極的に乗るべきなのだ。
子どもを看病するにも父親は仕事に行っているだろうから、母親が連絡してくるのが普通だろう。という固定観念。電話を受けた側がそれに違和感を持たないだろう。
そして僕が声を変えて父親の振りをして電話をした後、僕が本来の声で電話をするとする。声を変えたとしても変わらない部分がある。それに気づく人は気づく。連続で聞けば気づく可能性は上がる。
「けほ、ごほっ、すい、こほっ、ません、咳が、こほっ、ヒュー、止まらなくて。はい。はい。すびばせん」
休ませて欲しいという前に先生の方から提案してきた。我ながら病人の真似が上手いな。少し大げさな気もしなくもないがまぁ良いだろう。
学校に伝えている和奏の住所は僕が仮に面倒な状況になった時のために用意してあるいくつかのセーフハウスのうちの一つだ。
流石に同居がバレる事態はなるべく避けたいのだ。バレたらバレたで言い訳のしようは無くは無いが。
そろそろ食べ終わっただろうか。それとも流石の和奏でも体調が悪いと食べるのも遅いか。
「和奏」
「すぅ」
「よし、寝たか」
食べ終わっていて薬を飲んだ形跡もあった。
「ゆっくり休め」
そっと額に触れる。まだ熱い。「んんっ」と漏れた吐息に少しだけ焦る。
「はぁ」
よろしくない。色々と。本当に。
……お昼はリンゴをすりおろそう。和奏がアップルパイ食べたいとか言って買っていたリンゴだがまぁ良いだろう。また買えば良い。
消化に良いものと水分を取らせる。身体を冷やさない。これらを守り適切な薬を飲ませる。基本中の基本だが結局のところそれが一番大事なのだ。
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