第14話 手作りプレゼントⅢ


「そんな事言ったら、ミエラとクローディオだって凄いじゃん。王や女王と同じくらいの権力を持ってる魔導師様だったんだから」


「う〜ん……言われればそうなんだけど……」


 まるで実感が無い。王や女王と対峙したのだって、遠い昔の事のようだ。

 ヒルダはキョロキョロと部屋の中に誰も居ない事を確認し、睫毛を伏せる。


「……神様の分身、なんだよね」


「……えっ?」


「知らないと思った? 言ったでしょ? 私、王位継承権を持ってるって。お母様もそう。家族でこの事を知らないのはお父様と旦那のセドリックだけ」


 背中に冷や汗が流れる。手までもが小刻みに震え始める。何とかしようと針とハンカチを膝に置き、両手を握り締めた。

 ヒルダやキャサリンも王や女王と同じで、私たちを普通の人間として扱ってはくれないのだろうか。

 そんな私を見て、ヒルダは「ふー……」と息を吐き出す。


「そんな反応するって事は、ホントの話なんだ。先女王に聞かされた時も半信半疑だったんだけどなぁ……。ごめんね、ビックリさせちゃった」


 言うと、ヒルダは苦笑いをする。


「何時お父様に聞かれるか分からないから、屋敷でクローディオに聞くに聞けなくてさ。そっかぁ……」


「ごめんなさい……」


 家族になろうとしてくれている人たちを騙そうとしているようで、申し訳なくなってしまった。咄嗟に謝る私に、ヒルダは首を振る。


「何でミエラが謝るの? 謝って欲しくて聞いたんじゃないよ。ちょっとした興味本位。あなたたちは私の大事な弟と義理の妹に変わりはないんだからさ。安心して?」


 ヒルダは私の肩を抱き、リズムを取って指でポンポンと叩く。


「あなたたちはちゃんと人間だよ」


 その言葉に、ほんわりと胸が温かくなる。事実を知っても尚、そう思ってくれる人も居るのだ。

 涙が零れ落ちないように、瞬きを必死に我慢した。


「……あ、もうこんな時間かぁ。早く帰らないとセドリックに心配掛けちゃう」


 言われてやっと外を見てみると、もう西陽が差していた。三十分もすれば陽は完全に沈んでしまうだろう。


「刺繍、途中でも良いからね。また来週縫おう? 八ヶ月もあるから、まだまだいっぱい縫えちゃうしさ」


「うん」


「それにしても」


 ヒルダは私の手元に視線を落とし、目を見張る。


「ミエラって刺繍やった事あるの? 凄い上手」


「魔導師だった頃に、ちょっと」


「えっ? 三日で此処まで?」


 ヒルダの言っている意味が分からず、小首を傾げた。一方で、ヒルダは「まっ、良いか」と両手を合わせる。間を置かずに立ち上がり、メイドを呼んで身支度を整え始めた。


「他の家庭教師と一緒に、また明日も来るね! ちゃんと休むんだよ!」


 言いながら毛皮のコートを羽織ると、手を振りながら出ていってしまった。私も手を振り返したけれど、ヒルダが見ていたかは定かではない。

 すっかり涙は引っ込んでしまった。

 そう言えば、一般的には、私が魔導師であった期間は三日間と認識されていたな、と思い出す。だからヒルダは私の刺繍を見て、驚いた表情をしていたのだろう。

 さて、テーブルの上の物はどうすれば良いのだろう。取り敢えず、テーブルから退けた方が良いだろうか。

 私の隣に置いてあるヒルダの縫いかけのハンカチや、出しっぱなしになっている刺繍糸を箱の中にしまい、蓋を閉じていく。それが終わると、一旦箱を一つずつ洋箪笥の傍へ移動させた。

 洋箪笥の開き戸の中はどうなっているのだろう。

 確認の為にも開き戸を開けてみる。中は沢山の大小の箱がぎっしりと詰まっていて、何が何処に入っているのかさっぱり分からない。このまま裁縫道具をしまい、もっと訳が分からなくなるのは避けた方が良いだろう。明日、ヒルダが来るまで箱はこのまま置いておこうという結論に至った。

 刺繍中は集中していて、喉の乾きにも気付けなかった。直ぐにメイドを呼び、紅茶を入れてもらった。

 この頃には既に陽は落ち、シャンデリアが室内を照らしている。カーテンも閉められ、部屋の外の様子を窺い知る事は出来ない。

 本を読んでも良いけれど、なるべく早くクラウにハンカチを渡したい。暇つぶしにもなるし、刺繍を仕上げてしまおう。

 もう一度、洋箪笥の傍らに置いてある箱の中から必要な物だけを取り出し、テーブルに広げた。

 勿忘草の部分は出来上がっているから、その周りにかすみ草を散らしてみよう。

 白い刺繍糸を針に通す。くるくると針に糸を巻き付けて縫う、球状のフレンチノットステッチを勿忘草の周りに施していく。少な過ぎても、多くても変になってしまうから、バランスが難しい。


「う〜ん……」


 これくらいで良いかな。という丁度良い所で夕食に呼ばれた。

 朝と夕は話し相手も居ないので、広いダイニングで静かに食事をするしか無かった。寂しいとも言えず、黙々と食べる。今日の夕食はマルゲリータピザ、シーザーサラダ、チーズ味のポタージュというチーズ満載の内容だった。チーズは好きだから文句は無く、寧ろ本格的なジャンクフードの様な物が此処で食べる事が出来て少し感動してしまった。

 デザートの苺タルトはダイニングでは食べず、部屋に持ち帰ってきた。部屋の方がやはり安心出来るからだ。

 ソファーに腰掛け、再び刺繍に取り掛かる。今度はカサブランカの部分だ。白から薄いグレーにかけて三色を使い、グラデーションにしていく。ひと針ひと針、クラウの喜ぶ顔を思い浮かべて自分なりに丁寧に刺した。

 集中していると時間が経つのは早い。仕上げの前に消灯時間になってしまい、手元を照らす蝋燭を残して灯りは消されてしまった。それでも、仕上がるまで目を細めながら縫い続けた。


「出来た〜!」


 最後に糸を処理し、ハンカチの表面を撫でてみる。我ながら上出来だ。朝一で、陽の光の元でもう一度きちんと確認しよう。

 右手に蝋燭を、左手にハンカチを持ち、ベッドへとゆっくりと移動する。傍らのスツールの上にあるベルに触らないように、蝋燭とハンカチを置いた。

 息を吹き掛けると、蝋燭が揺らめいて掻き消える。一瞬にして部屋は薄暗がりとなった。

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