第11話 便りⅣ
部屋へ入ると、二人は早速私をドレッサーの前に座らせる。何処で呼んだのか、ルーナもこの場に到着していた。
「ルーナ、良い? 八ヶ月後の為に見といてね」
「はい!」
キャサリンは私の左前、ヒルダは私の右前へ回り込むなり険しい顔で私の顔を見詰める。
「ミエラ、化粧するよ。じっとしててね」
ヒルダはドレッサーに置かれたコンパクトに手を伸ばし、それと私の顔を見比べる。
「下地塗って……ファンデーションはこれかな……ん? こっちかな?」
キャサリンが私の顔にクリーム状の物を塗りたくると、ヒルダはパフを私の頬に数回叩く。
「こっちじゃない?」
「だね」
私に確認せずにファンデーションを乗せ始めたので、条件反射で目を瞑った。化粧品の良い香りが辺りを包み込み始める。
「アイブロウは大丈夫だね。問題はこれから。アイシャドウの色、どうする?」
「ミエラは柔らかい雰囲気だから、ピンクが良いでしょう」
「うん。じゃ、淡い感じにするね」
今度は瞼に何かを乗せられた感触がした。
化粧をしてもらうのは、何だか心地良い感覚だ。
「次、ビューラーするよ。痛かったら言ってね」
「えっ?」
痛いとは何をするのだろう。そう思っている間にも睫毛が若干引っ張られ始めた。痛くはないけれど、ほんの少しだけ不快な感情が芽生えた。
「マスカラは焦茶の塗って、チークはピンク? オレンジ?」
「アイシャドウがピンクだから、チークもピンクにしましょう。そうね、コーラルピンクとか」
「よし、そうしよう」
次に睫毛と頬に何かを施されたらしい。
「最後にリップだけど、私に決めさせて。ミエラは淡いサーモンピンクだと思うんだ」
「良いですね」
唇にオイル状のベタベタした物が乗せられる。これが最後と言っていたから、目を開けても良いだろうか。
恐る恐る瞼を開けると、目の前の鏡には白色の布が被せられていた。顔がどうなっているのか、全く確認出来ない。
少しだけ布を捲ってみようと手を伸ばしたのだけど、すぐ様ヒルダに止められた。
「ダメだよ。まだ全部終わってないんだから。次は髪弄るからね」
仕方無く右手を引っ込める。
「前髪は真ん中で分けて、両サイドに長そう? 後は……どうしよっか。纏めた方が良いと思う?」
「そうね……。横髪だけ纏めたらどう?」
「やってみよっか」
髪は自分では全く見えないから、されるがまま髪を纏められた。
何だか嫌な予感がして、胸が激しく鼓動を始める。
そんな私を他所に、他の三人は私を見て満足そうに微笑む。
「可愛いじゃん! お母様、やったね!」
「ええ。凄く可愛らしいですよ」
ルーナも何度も激しく頷く。
「ミエラ、この布外すよ。準備良い?」
準備なんて出来ていない。出来ればあまり見たくはない。
それなのに、ヒルダは私の返事を待たずに鏡を晒した。一気に私の姿が顕になる。
そこには幼さの残るカノン──百年前の私の姿があった。
「……えっ!? ミエラ、どうしたの!?」
「感動……じゃなさそう、ね」
鏡の向こう側の私は左目から一筋の涙を流し、口をへの字に曲げている。
別に私がカノンだった事を否定したい訳では無い。ただ、私がクラウやリエルを傷付けた張本人だという事をまざまざと再確認させられ、辛くて堪らないのだ。
「ごめんなさい。なんでもないんです。お母様、お姉様、ありがとうございます」
何とか手の甲で涙を吹き、笑ってみせた。これ以上は何も言わないし、何も言えない。
私の気持ちを察してか、三人は顔を見合わせて小さな吐息を吐いた。
「うーん……。取り敢えず、この事は当日までクローディオには内緒ね。ビックリさせたいし」
頷き、ドレスを握り締める。
「私たちは退散した方が良さそうですね。私はあまり此処には来れないけど、たまには様子を見に来ますね。ミエラ、頑張って」
「私の屋敷は此処から近いの。ちょくちょく来るからよろしくね。それと……」
ヒルダは急いで机の前に行くと、何かを手に取り直ぐに戻ってきた。
「これ。ミエラ、今日、暇じゃないかなって思って持ってきたの。良かったら読んで。私が好きで昔読んでた本なんだ」
差し出された緑色の本には『白いリボンと緑の鳥』と金色で題名が書かれている。
素直に有難かったのでお礼を良い、本を受け取った。
「それじゃあ、またね」
キャサリンとヒルダは笑みを残し、部屋から去っていく。
私とルーナが部屋に取り残された。
「ごめんね、ルーナ。一人になりたいんだ」
「かしこまりました。何かありましたら直ぐにお呼び下さい」
ルーナの顔も見ずに言い、去っていく姿も確認はしなかった。
駄目だ。気持ちを引き摺っていては。少し鏡の前から離れよう。
暖炉の傍に置かれたロッキングチェアに腰を下ろし、ゆらゆら揺らしてみる。炎の熱が当たる右半身が優しい温かさに包まれた。
何気無く本を開いてみる。
緑の鳥は幸せを運ぶ為、今日も白いリボンを咥えて空を羽ばたきます。
足に小さな黒いリボンを結ばれているのにも気付かず、あの女の子に幸せを運ぶ為に。
出だしからして童話だろうか。小さな子供に戻った気分で読むのも悪くないかもしれない。
傍に置かれていたオルゴールに手を伸ばし、螺子を巻いた。心の落ち着くララバイが流れ始める。
本を読みながらも段々と眠気に襲われ、うたた寝してしまった。
この日は何事も無く、穏やかな時間が流れていった。
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