とある夏の思い出

とりあえず 鳴

第1話

「夏休みだね、ゆう」


隣の席で通知表を開きながら、通知表の上に腕を置いて腕を枕にしている俺の方を見ているショートカットの女子がいる。


俺は山本 優〈やまもと ゆう〉優しい人間になるようにとそういう名前を付けると聞くが、俺はそうならなかったから、自分の名前は好きではない。


だから名前で呼ぶなと気が向いた時に言っているが、この斉藤 恵〈さいとう めぐみ〉は「私はゆうってひらがなで呼んでるからいいの」と言われ、めんどくさくなり諦めた。


俺と恵はいわゆる幼なじみというものになる。


中学までは家が隣同士で、友達を作る気のなかった俺の相手をよくしてくれた。


高校に入って俺は一人暮らしをするようになったから家は少し離れたが、それでも近いから学校にもよく一緒に来ている。


「通知表貸して」


恵が手を伸ばしてきたので、俺は下敷きになっている通知表を渡す。


「見なきゃよかったよ」


恵が俺の通知表を投げつけようとして、上に掲げてから思いとどまり静かに渡してきた。


「ありがと」


「まぁいいや、それよりゆう。夏休みはゆうの部屋にいっぱい行くね」


「いつも来てるんだから来たければ来ればいい。俺はバイトで居ないことが多いだろうけど」


「うん」


俺はそう言って通知表を鞄にしまう。


「そういえば神崎さん結局学校来なかったね」


「神崎さんって誰?」


「ゆうってそういうところあるよね。後ろの席の」


恵はそう言って後ろの空席を見る。


俺の後ろは元から席がなく。恵の後ろには机と椅子はあるが、人が居ない。


そこの席の持ち主が神崎〈かんざき〉というらしい。


「いやほんとに知らない。後ろ居なくて隣が恵でいい席って思ってはいたけど」


俺は人と関わるのが嫌いだ。


だから後ろからの視線がなく。隣には見知った恵が居る窓際の席は神席だった。


「隣が私でよかったなんて。まったくゆうは」


恵が嬉しそうに独り言を言っている。


恵の独り言は長く、声をかけても戻ってこないので放置が安定だ。


「神崎。まじで思い出せない」


神崎という人を思い出そうと頑張ったが、そもそも恵しかクラスの奴らを覚えていない俺が、学校に来ていない奴を覚えている訳がなかった。


「まぁいいや。ずっと不登校なら退学になって二度と会うこともないだろうし。知らんけど」


この高校がどうなのかは知らないが、普通はずっと不登校なら退学になるはずだ。


夏休み前まで席が残ってる方がすごい気もする。


そんなことを考えていたらチャイムが鳴って、一学期が終わった。


この時の俺はなにも知らなかった。


この夏休みがあんなに忘れられなくなるなんて。



学校が終わり、俺と恵は一緒に帰っていた。


途中で恵が自宅に寄って荷物を取ってくると言って自宅に帰った。


待とうかと思ったが、俺は自分の親に会いたくなかったので先にアパートに帰った。


そしてアパートが見えてきて、公園があったなと何の気なしに覗いたら同い年ぐらいの女子が少し年上ぐらいの男二人に囲まれている。


女子の方は完全に無視だが、男共はずっと話しかけている。


(まさか人生で二回もナンパを見るなんて)


俺は少し前に恵と出かけていたらナンパにあった。もちろん恵が。


恵はなにもしてなければただ可愛い存在なので、ナンパされるのもわかる。


その時の相手は話がわかる人だったので、俺が少し話をしたら帰ってくれた。


(でもあの時なんで泣いてたのかは謎なんだよな)


俺がそんなことを考えながら二度目のナンパを見ていたら、女子と目が合った。


絶対にめんどくさいことになる気がしたけど、女子が口を開いたので、多分俺を使って男共を帰らせようとしている。


そして案の定男共が俺に近づいてくるので準備を始める。


「お前があの子を困らせてるめんどくさい奴か」


「お前を追い払えば俺達と遊んでくれるみたいだから。悪いけど」


男の一人はそう言って右手を振りかぶった。


なので俺は文明の利器を使う。


「もしもし。警察ですか。今知らない男の人にいきなり殴られそうになってるんですけど。はい。はい。代わればいいですか。はいこれ」


俺は自分のスマホの画面を相手に見せる。 画面には『110』と映っている。


「おい。これ」


「やばいだろ。逃げろ」


男達はスマホを見た途端に逃げ出した。


「ちょろい。ありがとう恵。」


俺はスマホに耳を当てて相手にお礼をする。


『いいよー。私からの提案だし』


電話の相手は恵だ。


前にナンパにあった時に「ゆう、やりすぎ。でもありがと」と言われ、次にこんなことがあったら通話アプリで恵の名前を『110』に変えて電話をするということにした。


よく見たらわかるが、人間『110』という数字を見たら焦るようだ。


俺は通話アプリを切り、さっきから視線を向けてきている女子を見る。


「すごいね。期待以上だよ。っとその前にありがと」


女子は悪びれた様子もなく、右手を腰に当てながらセミロングの茶髪を流しながら言う。


「ナンパの対処が出来ないなら一人で出歩くな。じゃあ俺は帰る」


普通の女子ならいきなりナンパなんてされたら怖くてなにも出来ないだろう。


「ちょっと待って。あんなことがあった後なのに私を一人にするの?」


「どの口が言う」


「この口」


謎の女子が、綺麗な桜色の唇を指さす。


「めんどくさいけど実際ナンパにあってるもんな」


「よし。じゃあ夏休みの間家に泊めて」


「は?」


俺はとりあえずベンチにでも座って話を聞く気だったが、話は終わりという様子で謎の女子が俺のアパートの方向へ歩き出す。


「おい待て。なんで俺がお前を泊めなくちゃいけないんだよ。それに夏休みの間って」


「簡単に言うと、うちはシングルでその父親がどこかに行っちゃったのね。だから住む場所ないの。だからお願い」


謎の女子が腰に手を当てて少し上から頼んでくる。


「あぁ、もしかしてわからない?私、神崎」


「悪い。俺の知り合いにそんな人はいない」


確かに直近でそんな名前を聞いたが、あくまで同じクラスの不登校児だ。


「私は覚えてるよ、山本 優くん」


そう言って神崎を名乗る女子は学生証を見せながらはにかんだように笑った。


俺はその笑顔を不覚にも綺麗だと思ってしまった。




「ここが男子の部屋。なんか普通」


結局俺は神崎を部屋に入れた。


理由は単純で外が暑かったからだ。謎の女子はこの暑いのに長袖を着ていてさすがに外で話すのもあれかと思ったのもある。


滴る汗も鬱陶しかったので、今日はバイトもないからさっさとシャワーを浴びたい。


「俺がシャワーを浴びてる間にここに泊まるまともな理由考えとけ」


「私も入りたいから一緒に入っていい?」


神崎がニヤつきながら言ってくる。


(これはうざいな)


「別にいいけど、お前の合意の上だからなにがあっても自己責任だからな」


「恥ずかしがったり、そんなことを言う奴は出てけーとか言わないんだね。そういうとこいいと思う。冗談だから、そういうのはもうちょっと仲良くなってからにする」


「仲良くなってから泊まったりしてほしいけどな」


俺はそう言って浴室に向かった。


そしてさっぱりしてリビングに戻ったら修羅場?になっていた。


「恵、さっきはありがと」


電話越しにも伝えたが一応面と向かって伝えておく。


「うん。どういたしまして、じゃなくてなんで私というものがありながら他の女を連れ込んでんの!」


「そうそれ、理由決まった?」


「それがね。優くんがシャワー行ってすぐに恵さん?が来たから考えてる余裕なくって」


神崎が笑いながら言う。


「優って言うな。それより恵のことは知らないんだな」


「うーん。知らない。ていうか優くんしか多分学校の人知らないよ」


「優くん優くんって、ゆうは優って言われるの嫌いなの!」


お前も言ってるだろというのも思ったが、口に出さないでおく。


「自分も言ってるじゃん。そんなことより理由ね。多分私の身体を自由にしていいよとか言ったら追い出すよね?」


「もちろん」


「じゃあ私の身体を使って家事をしよう。私これでも家事得意なんだよ。親はしなかったし、しないと私に…、それはいいや。で、どう?」


神崎の目が一瞬暗くなった気がしたが、それもすぐ元に戻った。


「家事は私がするから必要ないの。というかあなたは誰?」


「神崎だって。自称だけど」


「いや、学生証見せたでしょ。ほらこれ」


神崎はそう言うとまた学生証をポケットから出して俺と恵に見せてくる。そこには神崎 美羽〈かんざき みう〉と書いてあった


「神崎さん、あの?」


「多分それ。いやぁまさか入学式の日に両親が離婚して父親に監禁されるなんて思わないじゃん」


神崎が笑いながら言う。


「笑うな」


「え?」


「自分のことだからいいとか思うな。聞かせてるなら責任を持って相手の気持ちを考えろ。聞いてるだけで腹が立つ」


「ごめんなさい。私の身の上話なんて興味無いよね」


神崎が俯いて元気を無くす。


俺が言いたいのはそういうことではなかったのだけど。俺はいつも言葉足らずと恵に怒られる。


「はぁ。神崎さん。ゆうが怒ってるのは神崎さんもだけど神崎さんのお父さんにだよ。まぁどっちも神崎さんなんだろうけど」


「え?」


「ゆうが言いたいのは実の娘になにしてんだっていうが一番大きくて、次に神崎さんがそれを笑って誤魔化してるのが嫌なんだよ」


恵が俺の思っていることを全て話してくれた。


「誤魔化しなんて…、否定しても駄目か。そうだね。ちょっと脱ぐよ」


神崎はそう言って自分の着ている服を脱ぎ出した。


「ちょっ、なにして…、んの」


「まぁそうだよな」


長袖とさっきの暗い瞳でなんとなくそうなのかと思ったが、神崎の背中や腹、腕には痣や火傷の痕が残っていた。


「あ、逃げてきたとかじゃないからここに父親が来るとかはないから安心して。ほんとに消えたの、住んでたアパートも家賃滞納で追い出されて」


「わかったから服着ろ。刺激が強い」


「うん。お見苦しいものを見せてごめん」


「ゆうは黙ってなさい。そんなことはないよって言っていいのかわからないけど、とりあえずはわかったけど夏休みまでっていうのはどういうこと?」


俺がシャワーに行ってる間に少し話したようで、夏休みの間だけここに泊まりたいということは恵に話したらしい。


「夏休みが終わったら私叔母さんのところに住まわせてもらうんだ。夏休みの間は大丈夫って言っちゃったからお願いできないかなって」


「わかった」


「え、いいの?」


「いいよ。ただし宿代は後払いでちゃんと貰うからな」


「うん。ありがとうございます」


神崎が頭を下げてお礼を言う。


「そっちが素か。どっちでもいいけど」


「そ、それはどっちも可愛いってことかー」


「なんで顔赤いんだよ。まぁそうだな神崎は可愛いよ。だから人前で素肌晒すなよ。目のやり場に困る」


神崎は可愛い。


それはナンパをされてる時点でわかることだが、こうして話していても可愛いことがわかる。


「じゃあさっきの刺激が強いって」


「可愛い子が服脱いだら刺激強いだろ。普通に困る」


恵から謎のジト目を向けられ、神崎は神崎で顔を真っ赤にしている。


「そういえばシャワー入るか?服は優しい恵が貸してくれるだろうし」


「ゆうの女たらし。貸すけどさ」


「お借りします」


神崎はそう言って浴室に向かった。


「信じてる?」


「痕は本物だからな。とりあえずここに居てもらうよ。俺の居ない間は仲良くするんだぞ」


「なんか私、子供扱いされてる?」


「気のせい」




神崎がシャワーから出てきて、恵の服を着た時に一悶着あったようだが、多分俺は知らない方がいいと思ったので、神崎の胸元は見ないことにした。


「神崎さん、敵」


恵はずっと神崎に恨めしそうな目を向けている。


「恵さんが怖い」


「恵、神崎を怯えさせるな」


「じゃあ私にも可愛いって言って」


「恵は可愛いな」


俺がそう言うと、恵がにへらという顔をする。


「その顔も可愛いよ。ほんとに恵は可愛い」


「もう少し心を込めた方が」


「大丈夫。もう自分の世界入ってるから」


神崎が心配そうな顔をするが、恵はこれで満足して自分の世界に入る。


そしてしばらくは戻ってこない。


今の内に話しておくことがある。


「先に言っとくけどうちには布団が二枚しかない。だから恵が泊まるってなったら三人で話し合うか、じゃんけんで誰かソファに行くか、添い寝になる」


「私がソファで」


「そういうのはいらない。自己犠牲の精神は嫌いだからやめろ。ここでは全員平等だから」


もちろん俺も話し合いでソファに行けと言われたら行くし、添い寝になったら受け入れる。


「わかった」


「神崎って荷物ないのか?」


神崎は公園で会った時からなにも持っていない。


持ち物を学生証しか見ていない。


「うん。私物はないよ。元々買ってももらえなかったし。持ってた服とかも全部父親に売られちゃったからさっきのが最後の一枚」


聞いているだけで腹が立つ。


だけど俺がいちいちなにか言ったところで、なにか変わる訳でもないからとりあえず。


「え?」


「神崎はいい子だから。なんとなく頭撫でたくなった。いきなりごめん」


「いいんだけど。むしろありがたいんだけど。あれ?」


神崎の目元から涙が流れる。


「髪触られるの嫌だったか?ごめんやめ」


俺が手を離そうとしたら、神崎の両手に拒まれた。


「お願い。もう少しだけ」


神崎は目を潤わせながら俺に言う。


俺は頷いて、しばらく神崎の頭を撫でた。


「今だけなんだからね」


恵がなにか言ったように聞こえたが、見たらまだ自分の世界に入っていたので、俺は神崎の頭を撫でるのに集中した。


「ありがとうございました」


しばらく頭を撫でたら、神崎がそう言ったので、手を離す。


「じゃあ俺は部屋にこもってラノベ読んでくる」


俺はなんだか気まずくなったので、逃げるように部屋にこもった。


そして晩御飯の時間までラノベを読み、恵が呼びにきたから晩御飯を食べた。


その際に神崎が気絶したので、俺が布団に運んだ。


「これが噂の俺にしか食べられないというやつか。恵料理禁止」


「そんなっ」


「作るとしても俺の分だけにしろ」


「はーい」


恵は落ち込んだかと思ったら、手のひら返しで上機嫌になった。


「神崎さんが布団使ってるから今日は私達が一緒に寝るってことだね」


「別に俺はソファでもいいけど」


「自己犠牲の精神はなんだっけ?」


(戻ってたのかよ)


恵はさっきの会話を聞いていたらしい。


別に変なことは言ってないから別にいいが。


「わかったよ。添い寝なら寝ぼけた恵がたまに俺の布団に入ってくるから慣れてるし」


「うん。寝ぼけてね。寝ぼけてならしょうがないよね」


恵が腕を組んでうんうんと首を縦に振る。


「明日は俺バイトだから神崎と日用品の買い出し頼む。金は後で出すから」


「いいよ別に。最近は色々頑張れってお小遣い結構渡されるから」


恵は最近、恵の両親からなにかを頑張れと言われてお小遣いを渡されると言っていた。


それに最初に比べて泊まりの頻度も上がった。


なんでかはわからないが。


「じゃあ割り勘で。いつか二人で神崎に取り立てに行こう」


「ゆうらしいよね。また会う為の口実なんて」


神崎とは夏休みだけの関係だが。取り立てとか言えばまた会える。


「神崎が逃げなければな」


「はは、そうだね」


俺達はそんな話をして、各々の時間を過ごした後に一緒の布団に入った。




「おはよう」


「おはよ。昨日は神崎か」


あれから一週間が経った。


結局布団は神崎と恵がじゃんけんをして、勝った方が俺と寝ることになった。


負けた方にして俺の心を傷つけないようにと配慮までされた。


この一週間は特になにもなかった。


というのも俺が六日間バイトだったので神崎と恵がずっと家に居ただけになる。


そのおかげで二人はとても仲良くなった。


「美羽。早く起きないと。ゆうの休みなんて滅多にないんだから」


恵が朝ごはんの準備をしていたのか、神崎とお揃いで買ったエプロンを付けて寝室に入ってきた。


「ゆーくんとの時間を大切にしなきゃ」


神崎に優って呼ぶなと言い続けたら、恵に「じゃあ美羽はゆーって伸ばしたら?」と言われて、俺が嫌そうな顔をしたら神崎に「それも駄目?」と上目遣いで言われたので、そんなのは断れる訳もなく。


そして俺は二人とは違う朝ごはんを食べてから少しのんびりとする


「ほんとよく恵の作ったご飯食べられるよね」


恵の作るご飯は俺専用で、朝は恵、夜は神崎のご飯を食べている。


神崎の料理はとても美味しい。


と言っても俺と恵は味音痴の可能性があるので、わからないが、少なくとも俺は美味しいと感じる。


「恵がせっかく作ってくれたものを残す訳にもいかないだろ。別に食べれない訳でもなし」


「ほんとにゆーくんって感じ。いい人だよ」


「いい人言うな」


俺はいい人なんかではない。ただ人の善意を無下に出来ないだけだ。


「さりげなく私をバカにしてるでしょ」


「してないよ。恵は偉いねー」


神崎はそう言って恵の頭を撫でる。


俺は神崎と恵がフローリングの上で女の子座りをして話しているのを眺めている。


とてもいい眺めだ。


「で、結局どうすんの?このままだとなにもしないで一日終わるよ」


「待って考えるから。えっとね」


結局神崎はなにも思いつかないまま一日が終わった。


「ゆーくん。大事なお休みの邪魔してごめんなさい」


「別に邪魔じゃないよ。俺の今の楽しみは神崎と恵の話し合う姿を眺めることだから」


「変態みたいなこと言うね」


「恵がいじめるから神崎、慰めてくれる?」


「喜んで」


そんなことを言えば恵がなにか言ってくるかと思ったが、なにも言わないですんなり引いた。


そして夜。恵はさっさと布団に入って眠ってしまった。


俺と神崎も布団に入る。


「二日連続なんて。明日はいい事ありそ」


「そんなもんか」


「うん。それよりゆーくん。一つ聞いていい?」


「なんだ?」


神崎が真面目な顔で聞いてくる。


「ゆーくんってなんで一人暮らしなの?恵に聞いたらゆーくんに直接聞いてって言われたけど」


「別に大した理由じゃないぞ。父親にお前なら一人でも大丈夫だとか言われて追い出されただけだ」


「え、でも家賃とか光熱費とか自分で払ってるんでしょ?」


「うん。正確には親が払ってその分の代金を俺が恵に渡して届けてもらってる」


父親がなんで俺を追い出したのかはわからないが、俺としてはあまり顔を合わせたくない。


だから恵に頼んでいる。もちろんタダではなく、届けてくれる度に恵の言うことを聞くという条件で。


「でも恵は優しいから恵の作った料理を食べればそれでいいって言うんだよな」


「それめっちゃ罰ゲーム」


神崎が真顔でそう言う。


「そっか。じゃあ話変わるけど。ゆーくんって恵のこと好き?」


「嫌いなら一緒に居ないだろ」


「異性として」


俺はこの手の質問が嫌いだ。


今までに何回もその質問をされて、小学三年ぐらいの時には恵が泣いたこともある。


だから俺はそんな質問をする奴を言葉でねじ伏せた。


でも神崎は今までの奴らとは違って真剣な表情だ。


だから俺も真面目に答えなければならない。


「好きっていうのがよくわからないけど。恵と居るのは楽しい。できるならばずっと一緒に居たい」


それは俺の本心だ。


付き合いたいとかそういうのはわからないけど、ずっと一緒に居たい。


「でもそれは神崎も一緒なんだよな」


「え?」


「俺は神崎と一緒に居るのも好きだ。恵とどっちがとか言われたら困るが、神崎とも一緒に居たい」


俺がそう言うと、神崎が複雑な表情をする。


「ごめん。困らせるつもりはないんだ。神崎は夏休みの間しか居れないもんな」


「…うん」


気になる間があったが、俺はそれを聞いてはいけない気がして、神崎の言葉を待つ。


「寝ようか。明日もバイトでしょ」


「ああ。そうだな。おやすみ」


「うん。おやすみ」


そして俺は少し引っかかりを持ったまま目を閉じた。


「やっぱりゆーくんは優しい人だよ。大好き」


そして眠りに落ちる瞬間に唇になにかが触れる感触があったが、俺は目を開けず、そのまま眠った。


もしここで目を開けていたらなにか変わったのかもしれないが、そんなのは考えてもわからないことなので考えるのをやめる。




俺が目を覚ますと隣には誰もいなかった。


これが俺の引っかかりの正体。


神崎は最初から夏休みの間居る気なんてなかったのだ。


俺はとりあえず顔を洗ってリビングに向かう。


「そういうね」


リビングの机の上に一枚の紙が置いてあった。


神崎からの手紙だ。俺はそれを開いて中身を読む。


『ゆーくんへ

まず最初に、恵にはバレてたけどゆーくんには言わないで出てってごめんなさい。

叔母さんのところに行くって話嘘だっんだ、ごめんなさい。

ほんとはどこにも行くところがなくって、でもゆーくんにはこれ以上迷惑はかけられないから出ていくことにしました、本当にごめんなさい。

私がなんでゆーくんに会いに行ったかっていうとね、ゆーくんは覚えてないと思うけど、私、ゆーくんと同じ小学校なんだよその時から私が落ち込んでたら慰めてくれて、入学式の日も落ち込んでた私を慰めてくれたんだよ。

それがあったから私は父親の暴力に耐えれてこれたんだ。

だから最後にゆーくんとの思い出を作りたかったんだ。

暗い話しばっかりだったから明るい話ね、私行くところないって書いたけど見つかったんだ。

お母さんが一緒に暮らしてくれるって。

だからゆーくんはなにも気にしないで恵と末永くお幸せにね。

ゆーくんが自分の名前が嫌いって言っても、やっぱり私はゆーくんのゆーは優しいだと思うよ。

優しい優くんついでに恵ほんとにありがとう、二人と居られて幸せだったよ。

追伸 今度会ったらちゃんと宿代払うね、だから私のこと美羽って呼んでねじゃなきゃ払わないから。』


「そんなの覚えてないよ」


手紙の端には涙の跡もある。


「なんで教えてくれなかったんだ?」


俺は後ろで見ている恵に聞く。


「美羽に口止めされてたんだよ。ゆうは引き止めたりしちゃうって」


確かにしたと思う。母親のところに行くというのも信じられない。


「だからわかるでしょ。美羽だって辛かったんだよ。でもこれは美羽が選んだの、私達がどうこう出来る問題じゃないんだよ」


「わかってるよ。でも、それでもいきなり居なくなるのは悲しいよ」


「ゆう」


俺は恵に抱きしめられた。


気づけば俺は涙を流していた。


そして俺はその日バイトをサボった。


もちろん休むという連絡は入れたが、こんな気持ちで仕事が手に着くとは思わなかったから。


そしてその後の夏休みはただバイトをするだけの日々だった。


夏休みが終わって学校に行くと神崎の机は無くなっていた。


どうやら神崎は五月の段階で学校を辞めていたらしい。


机を片付けるのを後回しにしていただけのようだ。


そして俺は時間が解決してくれると信じて、日々を過ごした。


恵が居るから毎日がつまらない訳ではない。ただ物足りないと感じる。




そして月日は経ち俺は二十歳になった。


「優、早く行くよ。いくら友達がいないからって成人式サボるのは駄目だよ。バイトも休みくれてるんだから」


俺は相変わらず恵と一緒に居る。


少し変わったのは恵とルームシェアという形を取っているということだ。


俺と恵は三人は住めるアパートで暮らしている。


「わかってるよ。ただ恵が綺麗で見惚れてただけ」


「はいはい。私も大人になったんだからその程度じゃ照れたり自分の世界入ったりしないよ」


恵は今、大学生だ。高校と時とは違い、少し可愛いや綺麗に耐性がついた。ちなみに俺はフリーターだ。


「恵はほんとに綺麗だよ。一緒に居ると他のなにも目に入らないくらいに」


「わ、私は負けない」


「恵の隣に居られてほんとに幸せ者だよ俺は」


「優のバカ。でも嬉しい。」


恵が自分の世界に入った。


耐性がついたと言っても所詮少しだ。


「恵、早く行くぞ」


「優のバカー」


そして俺達は成人式会場に着いた。


「人多い、帰りたい」


「来て五分も経ってないでしょ。ほらうずくまってないで。端の方なら人居ないからね」


俺は恵に手を引かれるままに端の方に連れて行かれる。


「恵と二人だけだと落ち着く」


「これを素で言うんだから、ほんとに」


恵が呆れた顔をする。


「そろそろかな」


「なにが?」


「優に仕返ししようかと。あ、来たよ」


俺は恵が指さす方を見る。


そこにはとても懐かしい茶髪の女性が居た。


「あれー、私以外は目に入らないんじゃなかったっけ」


「訂正する。一人入るの居たわ」


俺は立ち上がって近づいてくる女性に近づく。


「優くん久しぶり」


「ああ。神崎久しぶり」


「あーもう宿代払わないー。またどこか行っちゃうかもよ」


神崎が後ろを向いて懐かしいにやけづらをする。


「美羽。もう絶対にどこにも行かせない」


俺は美羽を抱きしめて逃がさない。


「え、ちょっ。大胆。結婚する?っていうか二人は結婚してる?」


「してないよ。美羽がいない間に結婚はずるいかなって」


「あー大好き二人共。よしとりあえず二人の愛の巣に私も入り込もう」


「そうだな。もうこんな式に用はないから帰ろう」


俺は美羽の手を握って帰ろうとする。


「うーん。まぁいっか、私も美羽に会いたかっただけだし」


「よし帰ろう。私達の家に」


そして俺達は帰った。


この三人がなにを思ったのか、喫茶店を開業したり、その喫茶店がなぜか繁盛したりするのはまた少し未来の話。

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