大教皇の影の花嫁。どうせ影ですからね。私はいないものと思ってください。
水間ノボル@『序盤でボコられるクズ悪役貴
第1話 私は影の花嫁
「ルクレツィア・ファタール男爵令嬢、君と婚約を破棄する」
ジョバンニ・バレンシア公爵から婚約破棄を言いわたされるも、私は冷静だった。想定内の出来事だった。
昨日の聖女選定の儀式で、聖女に選ばれなかったからだ。私の魔力では聖女になれるかなれないか、確率は五分五分だった。悪い方にサイコロの目が出た。
聖女になれなかった私と、結婚するメリットはジョバンニにはなかった。
もともと政略結婚だ。大商人から成り上がったバレンシア公爵家は金で爵位を買ったと蔑まされていた。そこで由緒正しい家系からしか生まれない聖女と結婚することで、成金のイメージを払拭しようという腹だった。
「わかりました。婚約破棄を受諾します」
受諾もなにも、私には選択肢はない。ただ形だけは「受け入れ難い屈辱をあなたのために受け入れてやった」と、ジョバンニに言いたかった。
「よかった。君が騒ぎ出したらどうしようかと思ったよ」
この鈍い男には何も伝わらなかったらしい。
「失礼すぎない?」
「君の妹の、シャルロットと結婚する。シャルロットは聖女だから」
ははは、と乾いた笑みを浮かべながら、平然と妹との婚約を発表する。
「そうですか。もう私には関係ありませんので」
「これからどうするつもり?聖女にもなれず、婚約破棄された令嬢だぞ?ぼくは心配だなあ。何かできることがあればいつでも言って!力になるから!」
そんなこと、1ミリも思ったことないくせに。
「聖女様とご結婚される立派なジョバンニ様にご迷惑をおかけするわけにはいかないので」
「あははは。可愛くないなあ?そういうとこ直さないと、本当にお嫁に行けないよお?」
この男は自分が「クズ」だという自覚がないらしい。
やれやれ。本当に疲れてしまった。
「はい。私は可愛くない聖女にもなれなかった出来損ないの女です。あなたの前から永遠に消えますので、我が妹とお幸せに!」
◇◇◇
私は今、王都の大聖堂にいる。
大聖堂の中庭のベンチで、私はぼんやりと座っていた。
なぜ私がこんなところにいるのか?
それは3日前、急に決まったことだった。
婚約破棄され、さらに聖女にもなれなかった令嬢に貰い手はなかった。
困ったお父様は「裏の縁談」を探した。
この世界には表の縁談と裏の縁談が2つある。
表の縁談は、令嬢が令息と結ばれること。世俗の貴族の結婚だ。
もうひとつ、裏の縁談は、令嬢と聖職者の結婚だ。
本来、神に仕える聖職者は、妻と子を持てない。
しかし、高位の聖職者の中には、抑えきれない欲望から、禁じられたはずの妻を持とうとする。
つまり、表の縁談で貰い手のいなかった私は、裏の縁談に回されたわけだ。
私を貰った堕落した聖職者の名前は、ロドリーゴ・スフォルツァ大教皇。
噂では、聖職者のくせに愛人が3人もいるらしい。
大教皇になるために、賄賂も暗殺も、汚いことをやったらしい。目的のためなら手段を選ばない男。貴族の評判は最悪だ。
しかし、なぜか民衆には人気がある。優しい大教皇様だと。
うーん……。ますますどんな人かわからないなあ。
まあ、1番ありうる可能性は、油ぎった強欲爺ってところなんだよな……。
「ここにいましたか?」
若い男の声だ。私が振り返ると、
「お会いするのは初めてですね。私はロドリーゴ・スフォルツァ大教皇です」
金髪に青い瞳の、すらりとした細身。
白いローブに、銀のロザリオを首にかけている。左手の小指にダイヤの指輪をつけて、キラリと光っている。
全然想像していた姿と違って、私は慌ててしまう。
「あ、あの、私はルクレツィア・ファタール男爵令嬢です。はじめまして」
「わたしの影の花嫁になってくれるんですね?本当にいいですか?」
影の花嫁——この立場は微妙だった。わたしはこの先一生、彼の妻であると人前では言えない。
だけど、愛人とは違う。妻と名乗れないにも関わらず、妻の務めを果たさないといけない。
要するに、この男が私に期待していることは、子どもを産むことだけだ。
逆に彼が私にしてくれることは、子どもさえ産めば、一生面倒は見てくれる。
別にそれでいい。いつも優秀で可愛い妹の影だったのだから、人の影にいることは慣れている。
「ええ。結構です。お互いの利益になります」
「ありがとう。今日から早速晩餐会があるから一緒に来てほしい」
「えーと、私は影なのでは?」
「我々、堕落した聖職者たちの晩餐会だよ。私の同僚たちの前であなたを紹介する」
どうやら私と同じ運命を共にする「仲間」を紹介してくれるらしい。
しかし、何を話せばいいのかわからない。
どうして影の花嫁になることを選んだのか、なんて聞けないし……。
影なんだから好きにさせてほしいのに。なんだかいろいろ大変そうだ。
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