ちくわパントラックの夢

@u___ron

第1話


 白々とした景色に吐いた息が、青く凍る。

 すりあわせる手のふかふかとした、ポップな蛍光色のグローブ。

 「思ったより混んでるな」

 ボードを持った友人が、ゴーグルとマフラーの下で笑った。彼は頬以外を黄緑色とオレンジ色で統一している。私はだいたい紫色だから、色相環的にバランスがいい。

 スキーやスノーボードなどを目的に集まっている他の人々も、基本的には思い思いにはっきりした色を身に着けている。近くにいる他のだれの顔も認識できないが、輪郭の分かりやすさのためこの距離からでも「人がたくさんいる」ということが分かる。


 ぼんやりと頷き、人々の動きを見ていると、雪まじりの風が段々と激しくなってきた。

 ごうごうと音を立てて吹きすさぶ。隣の友人の言葉も理解できない。

 それにも関わらず、視界ははっきりしていた。

 リフトに乗ったり、坂を下りたりと動き続けていた生産ラインのカラフルな飴玉のようだった人々が皆一様に私たちの周りまで降りてきたので、山すその広場は真夏のロックフェス会場のようにみっしりし、今私が一歩足を滑らせて倒れたら、この場に居る全員が放射状に倒れてミステリーサークルができるのではないかと思われる。

 「あ」

 久しぶりに、友人の声が聞こえた。

 打ち付ける風は相変わらず激しく、また人々のざわめきも波のように押しては返す中で。

 彼のゴーグルが光を反射した。視線の先には、徐行する一台の大型トラックがあった。


 この時、気が付いたのだが。我々は飢えていた。視界に映る肉の成分が少ないため、自覚せずいられたのだろう。どこを見ても、食欲をそぎ落とすパッキリした色と、食い手のなさそうな綿詰めの輪郭。

 飢えていたのは私だけではなかったし、そのように感じていたのも私だけではなかった。

 救助が来た、という声がどこからか聞こえて、みっしりした人々がじわじわとトラックへ向けて移動し始める。

 砂鉄の液体に弱い磁石を近づけた時のようなじわじわとした動きで、人々がとけあって一個の液だまりになったように。頭の高さが違うから、ちょうど振動する水面の凹凸のようにも見えた。

 私はじっと見ていた。友人は出遅れていた。

 トラックの荷台の脇が、スポーツカーのガルウイングのように開く。

 中には何かが詰め込むように積まれている。距離や、それらの個々の小ささなどを根拠に考えるなら。当然それらが何かなど分かるはずがなかったが、私は確信した。

 詰め込まれていたのは、ちくわパンだ。

 人々はちくわパンに群がって、我先にとむさぼり食う。そのさまを見て、個包装などされていないのだと理解する。第一波が荷台中へ手を伸ばして食いはじめ、第二波は第一波を踏み台にして更に奥へ手を伸ばす。第三波、第四波と人々は高くなり、ついには荷台にこぼれ落ちる。

 たぶん、高さやなりふりは問題でないのだ。ちくわパンを食べようとしている。

 人々はほとんど波と同じ動きになっていたが、波とは違って帰らない。寄せるばかりであった。


 そして急に、大きな音がして真っ赤になった。

 荷台の脇が閉まっていた。

 現代アート的なウェーブパターンを作っていたカラフルなドットがその瞬間、全て赤くなる。ゆっくり、ゆっくりと垂れる。波と違って、彼らは凍らなかった。ちくわパンを餌に人々を得たトラックは、サスペンションに助けられながら徐行した。タイヤの痕が、来た時よりも深くなっている。

 友人も、私も何も言わなかった。足元が真っ赤にじくじくと染みていく。

 よく冷えた肉が、たくさんあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちくわパントラックの夢 @u___ron

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る