第40話 温泉を掘ろう

 ちゃぽん


「ふぅ……気持ちいいですね」


「さいこう」


「いや~、やっぱ温泉はと言えば月見酒ね!」


「マルー、飲みすぎ」


 隣の女湯から気持ち良さそうな声が聞こえてくる。


「ふぅ、これは気持ちいいな……これもジュンヤ君の世界の物なのかい?」


「地下水が火山の熱などに暖められて地上に湧き出たものです。

 いろんな成分が溶け込んでいて、体にいいんですよ」


「なるほど」


 この世界の火山はすべて絶海の孤島にあり、温泉がほぼ湧かないことから温泉文化は存在しない。

 そもそも一部の例外を除いて毎日入浴する習慣もあまりない。


「まったく……日本人としてお風呂に入らないなんてありえないわね!」


 その一部の例外がこのハジ・マリーノ村だ。


 移転前は裏山の湧水を、移転後は地下水脈を使い毎日お風呂に入る習慣を浸透させたのはマリ姉。

 もちろん、俺が建てた住宅には内風呂を完備している。


「お風呂と言うものはエルフの村でもあまりなじみがなかったのですが、こんなに気持ちいいとは」

「しかも……」


「この温泉と言うものは、また格別ですね~」


 いつもは凛としているフェリシアの声も蕩けそうだ。


「えへへ、けがのこうみょう? だね」


 なぜ村に温泉が湧いたのか。

 話は数日前に遡る。



 ***  ***


「村長として、村に名物が欲しいな」


「……その通りですね」


 ハジ・マリーノ村が追放されてから1か月ほど。

 元の世界の知識を生かそうと副村長の大役を賜った俺は、ヒューバートさんと村の現状を分析していた。


 食糧生産は順調だ。

 羊皮紙には、村の人口と食糧生産の相関図が描かれている。


 村の人口は500人を突破したが、食糧生産はそれ以上に伸びており、多くの作物を王都や他の村に輸出している。


「だけど」


「現金収入が問題だな」


 作物は毎日収穫できるわけじゃなく、どうしても数か月に一度しかお金が入ってこない。

 物価は日々高騰しており、肥料やマリ姉の”創造”スキルの元となる素材の購入にも金がかかる。


 最近は建材である木の確保にも苦労しており、泊りがけで遠くの山まで取りに行くほどで、その際には冒険者の護衛を付けなくてはいけない。


「収支は赤字ではないですが、ギリギリですね」


 村が王国に所属していたころは一応の交付金などもあったが、いまや独立採算でやりくりする必要があるのだ。


「問題は村の近くにめぼしい名所がないという事ですね」


「むむぅ……」


 観光客を呼び寄せるとしても、ハジ・マリーノ村が位置するニ・シーノ丘陵は景観に乏しく、大した見どころもない。


「やはり、マルーが作る装備を売りにだすか?」


「……そうですね」


 とはいっても、”創造”スキルを使えるのはマリ姉一人。

 一人が作れる量には限りがあり、とても村の財政を潤すほどでは……。


「ジュンヤの旦那! た、大変だ!」


 打ち合わせが袋小路に入ろうとした時、

 慌てた様子の村人が集会所に飛び込んできたのだった。



 ***  ***


「ほら、アイツですぜ」


「ふむ」


 モンスターの出現という事でアルとフェリシアも呼び、村人に連れてこられたのは牧草地近くの工事現場。

 農地も人口も増えたので、もう一つため池を作ろうと昨日俺が築城スキルで掘った穴だ。

 今日は転落防止の柵など、細かい工事を村人たちに進めてもらっていた。


「赤くてドロドロ……」


 アルの言う通り、地下水脈に通じる穴の底から真っ赤な人の形をした化け物が這い出ようとしている。


「珍しいですね、あれは”溶岩魔人”というモンスターです」


「溶岩魔人?」


 俺はモンクエのモンスターには詳しくない。

 どういう種類だろうと思っていたら、フェリシアが教えてくれた。


「帝国の南方に”竜の穴”という火を噴く山があるのですが、そこで竜族と共に出現する希少なモンスターで、鉄を溶かす身体を持っているので物理攻撃が効かないとか」


「意志を持たず、周囲を手当たり次第に溶かしてしまう厄介なモンスターです。

 なぜこんな所に……?」


 実はジュンヤたちが武術大会決勝戦で倒した四天王がひとり豪竜ザンバ―。

 その配下の一匹だったりする。

 それはともかく。


「まあ、なんとかなるか」


 いくら溶岩の塊とはいえ、ヤツの体長は10メートルほど。

 戦術リンクスキルであるタイダルウェイブを当て続ければ倒せるだろう……そう思っていたのだが。


「……まてよ?」


 俺の脳内に、一つのアイディアがひらめいた。



 ***  ***


「ま、まさか溶岩魔神を捕まえてしまうなんて」


「溶岩の融点は1,200度くらい、チタン製の網ならお茶の子さいさい平気のすけ、よ!」


「おちゃのこ?」


 穴の底では、網をかぶせられた溶岩魔人が外に出られずウゾウゾと蠢いている。

 マリ姉に溶岩で溶かせないチタン製の捕獲網を作ってもらい、奴を捕まえたのだ。


「ここに地下水脈の水を流し込むと……」


 しゅうううううううううううっ


「わわっ!?」


 大量の水蒸気が沸き起こる。

 とはいえ、溶岩魔神一体だけでは大量の水を蒸発させることは出来ず……。


 ほかほか


 10分後には大量のお湯が満たされた池が出現していた。


「よ、溶岩魔神の特性を使ってお湯を沸かした、のですか?」


 そう、しかも周囲の岩を溶かす溶岩魔人を通して、このお湯には色々な成分が溶け込んでいるはずだ。


「ジュンちゃん、これってもしかして……」


「そう、温泉だ!!」



 ***  ***


 ということで、大量に湧いた温泉を汲み上げ、眺めの良い丘の中腹に露天風呂を作ったというわけだ。

 風呂の隣には宿泊施設を建築中。

 溶岩魔人の力は地面に埋まっている限り無限という事なので、幾らでも温泉を取り出せる。


「ハジ・マリーノ村にしかない”温泉旅館”……これで沢山の観光客を呼べませんかね」


「間違いなく呼べるだろうね」


 この温泉旅館を皮切りにし、数年後には数十軒の旅館が立ち並ぶ巨大観光施設が誕生し、世界中から観光客を集めるようになるのだが……

 それはまた別の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る