第39話(上司サイド)王子様、窮地に陥る

「くそっ……どうすればいい!?」


 深夜、豪華な調度品で埋め尽くされたテンガの自室。


「どうすれば……!」


 いら立ちを鎮めるようにワイングラスを煽る。

 もう何本目か覚えていない。

 大理石でできたテーブルの上には、空になったワインボトルが何本も転がっている。


 表向きにはテンガの冒険は順調だ。

 グジン帝国を脅かす緑の塔を攻略。

 世界的な商都であるワイハカジノに対するモンスターの襲撃も撃退し、テンガの名声は高まるばかりだ。


「だが……」


 全てモンクエの中盤イベント。

 トードナイトもティムし、すべてがモンクエのストーリー通りに進んでいる。


 勇者を産ませるための花嫁候補が手元にいないという事を除けば、だが。


「ぐっ……ぐぐぐ」


 唸るしかないテンガ。

 この世界には魔王領を囲む障壁は存在しない。

 だが、魔王城に攻め込み玉座の間まで迫ったとしても。


 魔王を守る絶対無敵のシールド。

 それだけは、勇者の力がないと割れないのだ。


 最低限勇者という存在がいればいいので、生まれたばかりの勇者を抱いて魔王討伐に赴くつもりだった。


 だが……。

 花嫁候補であるフェリシアは自ら捨て、ジュンヤの元に奔走。

 もう一人の花嫁候補であるカミラからは婚約破棄されてしまった。


 王子の立場を利用してフェリシアを再度接収し、勇者を産ませるという手段もあるが。


「……駄目だ!」


 自分が一度捨てた中古女を頼るなどありえない。

 テンガのプライドに掛けてできない相談だった。


 それにジュンヤに邪魔されるだろう。

 ジュンヤのステータスはバグだとしても、あの犬ガキは厄介だ。


「……やはり」


 カミラ嬢に”より”を戻させるしかないのか。

 帝国の大貴族であるカミラには、さすがにテンガの権力も及ばない。


「ならば、誰もが認める成果を出すしかない……!」


 四天王だ。

 魔王配下の重鎮である四天王を倒せば、皇帝に掛け合い政治的にカミラ嬢を差し出させることも可能だろう。

 本人の意志など、知った事ではない。


「四天王に手を出すには少し早い……が」


 切り札のトードナイトと大量の雑兵共。

 コイツらを使い潰す覚悟で攻めれば、なんとか。


「やるしかない!」


 なんでオレ様がこんな苦労を……!


 全てはあのモブが悪いのだ。

 モブを恨みつつ、出撃の準備を進めるテンガなのだった。



 ***  ***


「ば、馬鹿なっ!?」


 空っぽの城を前に、立ち尽くすテンガ。

 ここはオージ王国南東の海上にあるアージン島。


 四天王の一人であるワンズとセカガーの居城がここにある。

 本来なら結婚イベント後の強制イベントで四天王の襲撃があり、さらわれた花嫁を救いに来る場所だ。


 テンガのRTAチャートでは、トードナイトとイヤシブロブを使い四天王を返り討ち、このイベントをスキップする予定だった。

 だが今回は、自身のアピールのためにこの地を訪れたのだ。


「誰もいない……だとっ!?」


 ジャイアンオーガー(ワンズ)とグランオーガ―(セカガー)の姿はおろか、部下となるゴブリンの姿すらない。

 打ち捨てられた巨大な居城は、ひっそりとたたずんでいる。


「このような辺境の地に、なぜテンガ様は?」

「我々に見せたいものがある、とおっしゃっていたが……」


「くっ!?」


 連れて来た手下どもが背後でひそひそ噂している。


 それだけではない。

 海上に待機している帆船には、グジン帝国の要人やら王国の大臣やらの重要人物がたくさん乗っている。

 テンガが華々しく四天王を討伐するさまを見せつけてやる予定だった。


「こ、ここはオレ様がオージ王国に来る前に滅ぼした、魔王の拠点の一つだ!

 その時は回収する余裕がなかった、宝物を回収に来たのだ!」


「「おおお!?」」


 口から出た出まかせにどよめきが起きる。


(くそったれ……!)


 予想通り、捨てられた城にロクな宝物などなく……数百センドの相当の宝石と、サビたなまくら剣だけを回収したテンガたちは、空しく船に引き上げたのだった。



 ***  ***


「な、なななななっ!?

 何故なのだっ!?」


 二週間後、大海原を渡り、もう一つの心当たりを訪ねたテンガは、さらなる衝撃に襲われていた。



 帝国の南方にある活火山、通称”竜の穴”。

 その火口には四天王第三の、総合力では四天王No1のドラゴンである豪竜ザンバーの住処があったはずだ。


 火口近くにある入り口から地下迷宮を探索……襲い来る上位モンスターに少ないくない犠牲を払いつつ辿り着いた最奥には、何もいなかった。


 せめてもの慰めとして、攻撃力ではゲーム内No3の武器であるドラゴンクラッシャーを探すものの、誰かが回収してしまったのか見当たらない。


「テ、テンガ王子?」

「危険を冒してまでなぜわざわざこんな場所に?」


 テンガに付き従って来た騎士団長の声にもわずかに非難の色が混じる。


「ぐはっ……王子、もう勘弁してくださいや。

 生きて帰れたら、契約は解消させてもらいます……」


 金をかけて集めた冒険者共も、半分ほどやられてしまった。


「竜族が残した対魔族の切り札となる秘宝……回収に来たのだが、魔王に先を越されたらしいな」


「そ、そんなっ!?」


 ウオオオオオオオンッ


「「!!」」


 船に戻るぞ……そう言いかけたテンガだが、背後から竜の遠吠えが聞こえる。

 この竜の穴は本来後半に来るべきダンジョンであり、強力なドラゴン種も出現する。


「くっ……くそおおおおおおっ!」


 ドラゴン種をティムするにはレベルが足りない……。

 連れてきたイヤシブロブの全てと部下の9割を使い潰したテンガは、命からがら船の元まで戻るのだった。



 ***  ***


「……おのれ、おのれえええええっ」


 数週間後、ようやく王宮の自室に戻って来たテンガは、呪詛の言葉を吐きながらベッドに倒れ込む。

 船上生活が長かったからか、自室の硬いマットレスでも天国に思える。


 だが、その程度の事がテンガの心を癒してくれるはずもなく。


 四天王をこの手で打ち倒し、カミラ嬢の信頼を取り戻す。

 1か月以上にわたる遠征を伴った試みは、無惨な失敗に終わった。


「くそっ、なぜ四天王がいないのだ!」


 ここはモンクエの世界……そのはずだ。

 だが、同時に転生してきたモブという異分子が、この世界を壊したのか。


 そうだ……アイツが従えている犬ガキ、オープニングで魔王に殺されるモブキャラだった。

 モブがモブを助けたことで、バグが拡大したのか。


「そんなことはどうでもいい……なんとかカミラを手に入れないと」


 もはや非合法な手段に頼るしかないか?

 莫大な資金を投じた遠征が失敗に終わり、オージ王の視線は冷たい。


 テンガ様は、救世主じゃなかったのか?

 大臣や貴族の中にはそう漏らす者もいると聞く。


「クソがっ!!」


 イラつきの余り、大理石のテーブルを破壊するテンガ。


『…………潮時かしらね。

 ただ、アレが本当ならば』


 その姿を冷たい視線で見下ろす女神エリス。

 テンガが破滅すれば自分の成績にはならない。

 損切りは重要だが、あとワンチャンスくらいはやってもいいだろう。


『ちょっといいかしら、テンガ』


 女神エリスはテンガを呼び出すのだった。

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