第32話 迫る陰謀(前編)

「3回戦突破、お疲れ!!」


「「かんぱ~い!」」


 武術大会も8日目。

 午前中に行われた3回戦を突破した俺たちは、コロッセオ近くの食堂で祝勝会を開いていた。


「んぐ、んぐ、んぐ……美味い!」


 赤ワインを一気に喉に流し込む。

 料理の味はいまいちなこの世界だが、ワインだけは中々のものだ。


「じ~~」


「……駄目だぞ?」


 物欲しそうな目を向けてくるアルからワインのボトルを遠ざける。

 お酒はオトナになってから、だ(この世界の成人年齢は知らないが)


「ぶーぶー」


 いつものやり取りをする俺たちを、優しい目で見つめるフェリシア。

 ……フェリシアの目の前に置かれたボトルは既に空になっている。

 この元お姫様は酒豪なのだ。


「おめでとうございます! ジュンヤさん、アルちゃん。

 さすがですね!」


「……あ、白をもう二本お願いします」


 顔色一つ変えず、追加のワインを注文するフェリシア。


「いやいや、フェリシアも大活躍だったじゃないか」


「フェリシアお姉ちゃんカッコよかった」


 アルの言う通り、今日の3回戦の主役はフェリシアだった。

 氷炎のリコッタという二つ名を持つ、エルフ族の魔法使い。


 魔法の才能については人間族よりエルフ族の方がはるかに高い。

 俺の力を抑えたまま、アルとフェリシアだけで勝つのはさすがに難しいと思っていたのだが……。


「い、いえ……まだまだ未熟ですので」


 フェリシアは謙遜しているが。



『メガカマイタチ!』


 格闘技を使いこなすアルを手ごわいと感じたのだろう。

 試合開始のゴングと同時にバックステップで距離を取る氷炎のリコッタ。


 同時に真空魔法でこちらを牽制。


 さすがに最高クラスとうたわれる使い手。

 俺の防御力で二人をカバーしようと思ったのだが。


『笑止です!』


 俺が前に出るより早く、大きく飛んだフェリシアは、迫る真空の渦にパンチ一発。


 バシュウッ


『……え?』


『……え?』


 あまりに力技な避け方に、思わず目が点になる。

 それは氷炎のリコッタも同じだったようで。


『メガバクハ!!』


 足を止めた相手パーティを、フェリシアの爆発魔法がまとめて吹き飛ばした。


(いかん、強化しすぎたか……?)


 某ロボットアニメのようなセリフを思い浮かべる俺。

 肉体派エルフ……俺のブートキャンプはかなり風変わりな属性を生み出したようである。


「よし、このまま決勝まで突き進むぞ!」


「うん!」


「もちろんです!」


 自信満々のふたりの言う通り、俺たちはその後も快進撃を続け……テンガの待つ決勝戦へと駒を進めるのだった。



 ***  ***


「明日は決勝なんだから、あまり食べ過ぎるなよ?」


「うん、大丈夫!

 ジュンヤは先に休んでて!」


「まったく……」


 夕闇迫る王都。

 100センド銀貨を握りしめたアルが、下町で開かれるバザールへ突進していく。

 どうやらお気に入りの出店があるらしく、夕方限定で発売されるリンゴパイが目当てだ。


「まあ、あれは美味かったもんな」


 一度アルに分けてもらったが、この世界の甘味の中では飛びぬけて美味かった。

 どこにも素晴らしい職人はいるものである。


「テンガさんの妨害もなかったし」


 俺の危惧とは裏腹に、これまで一度も妨害は無かった。

 一回戦のようにドーピングした相手も出現せず、こちらの強さに恐れをなしたのかもしれない。


「……今夜はゆっくり休んでもいいか」


 フェリシアとの飲み比べで疲れていた俺は、どさりとベッドに倒れ込む。

 夕食まではまだ時間がある……少しだけ仮眠することにした。



 ***  ***


「オジサン、いつものリンゴパイ5つ!」


「はいよ」


 10日以上も通っていれば、店主も顔見知りになる。


 アルフィノーラの顔を認めるなり、焼きたてのパイを紙袋に入れてくれる。


「……そうだアルちゃん、貰ったアドバイスに従って作た新作スイーツ、味見してもらえないかねぇ?」


 紙袋を受け取ろうとした時、隣の出店のおばさんが声を掛けてくる。


「あ、”オオバンヤキ”焼いてみたんだね、美味しそう……」


 漂う甘い香りに、そちらに気を取られるアルフィノーラ。


(すまんな、嬢ちゃん)


 ぺりっ


 アルフィノーラが目を離した隙に、小さな種をリンゴパイに埋め込む店主。


「美味しい!」


 オオバンヤキを頬張ったまま、紙袋に入ったリンゴパイを受け取るアルフィノーラ。


「じゃ、また明日!」


 嬉しそうに手を振るアルフィノーラを見送った後、ぽつりと声を漏らす女店主。


「……これでよかったのかね」


「しかたねぇだろ、ボスからの指示なんだ。

 命にかかわるような薬じゃないんだろ」


 そういう男店主も苦々しげな表情を浮かべている。


『この”種”をあの獣人女に食べさせろ。

 さもないと……わかってるな』


 この辺りの出店を仕切るマフィアのボス。

 彼に反抗しては、商売を続けられなくなる。

 仕方ないんだ。

 そうして二人は自分のしたことを正当化するのであった。



 ***  ***


「ふんふ~ん」


 甘いにおいを漂わせるリンゴパイを、歩きながら頬張るアルフィノーラ。


 ばりっ


 今日のパイはいつもより歯ごたえがあるが、これはこれで美味しい。


 くらっ


「??」


 パイを飲み込んだ瞬間、僅かなめまいが彼女を襲う。


 連日の試合で疲れているのかな?


 どくんっ!!


 その瞬間、抗いがたい衝動がアルフィノーラの全身を支配した。

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