第23話 救出(中編)

「急げ……急げ!!」


 フェリシアの居場所はオージ王国の北部。

 ゆっくり移動しながらノルド山脈に向かっているという。

 確かノルド山脈には魔王の居城があったはずだ。


 もちろん俺はノルド山脈に行ったことは無いので、一番近い王都に転移したのだが……。


『第三王女フェリシア、オージ王の意向に反し救世主殿の妨害をした罪により廃嫡。

 グジン帝国との同盟締結の功により、救世主テンガ殿を王家の養子とし継承権第一位とする』


 との御触れが王都の外にまで張り出されていた。

 一体何が起きたのか。

 混乱する俺たちだったが、第三王女という立場を奪われ魔王の本拠地に近いノルド山脈に向けて運ばれている。

 ……最悪の可能性もありえる。


 そう考えた俺は、フィールドを全力疾走していた。


「えへ」


 妙にご機嫌なアルをお姫様抱っこしながら。


 この世界のステータス上限を突破した俺。

 全力を出せばアルを抱えたまま馬より早く走ることはたやすい……のだが、目立ち過ぎてはいけないので街道から外れたところを爆走している。


「ん……向こう。

 動きが、止まったよ」


 メルヴィ当主からなにかの力を貰ったらしく、より正確にフェリシアのいる場所が分かるようになったらしいアル。

 彼女の指が差す方向へ、適時方向転換する。


「お姉ちゃん、いま助けるからね」


「ああ!」


 俺たちのスピードは天馬と呼ばれるペガサスもびっくりだろう。

 土煙を上げながら俺たちはノルド山脈へ向かうのだった。



 ***  ***


「ぐうっ!?」


 反論する間も与えられず、長い鉄棒の先に手枷ごと括り付けられたフェリシア。

 そのままデモンズホールの中空にぶら下げられる。


「姫様……!」


 護衛の兵士が心配そうに身を乗り出している。


「何が出てくるか分かりません!」


「わたくしは大丈夫ですから、貴方たちは下がっていて」


「ううっ、姫様」


 優しいフェリシアの声に、涙を流して穴から離れる兵士たち。


 こんなにされてもなお、わたくしを姫と呼んでくれるのですね。

 彼らがいれば王国は大丈夫だ、フェリシアはそう思うのだが。


「ふん、こんな負けヒロインのどこがいいのかね。

 おい、勝手に持ち場を離れるな!

 クビにするぞ!」


 どがっ!


「ぐはっ」


 横からしゃしゃり出て来たテンガに殴り飛ばされてしまう。


「テンガ、あなたと言う人は!」


 どこまで身勝手で傍若無人なのか!

 フェリシアはありったけの力を込めてテンガを睨みつける。


「お~、怖い怖い」


「くっ!」


 体をよじったはずみで、履いていた木靴が脱げ、穴の奥に落ちる。


「気丈なのは結構だが……そろそろ来たみたいだな」

「さすがに少し離れておくか」


「……えっ」


 そういえば、木靴が岩に当たる音がしない。


 ぬるり


 そう思った瞬間、なまあたたかい舌のようなものがフェリシアの足の裏を舐める。


「ひっ!?」


 嫌悪感で全身に鳥肌が立つ。

 同時に、むわりと生臭い匂いが鼻をつく。


「出やがったな」


 ぬるっ、びちょっ


 触手のように長い舌が、足首からふくらはぎ、腹から上半身に掛けて巻き付いていく。


「ぐっ、うううっ」


 漆黒の闇の中から抜け出てきたのは、体長5メートルはあろうかという、紫色の皮膚を持った巨大ガエル。


「エビルトード!?」


 その巨体で人間など丸のみにしてしまうAランクモンスター。

 オージ王国ではほとんど目撃例のない上位モンスターだ。


「なぜこんなモンスターが……むぐっ!?」


 エビルトードの舌はフェリシアの全身を這いまわり、先端部が口の中にねじ込まれる。

 頭がどうにかなりそうなほど生臭い。


「くくっ、いい格好だなフェリシア」


「デモンズホール……本来なら終盤用のレベル上げスポットだ。

 ゲームでは勇者が生まれた後の後半期でないと行けない場所なのだが。

 この世界ではそのような製作者の都合せいげんじこうはなかったという事だ。そこに気付くとは……さすがオレ様!!」


 エビルトードの粘液まみれになりながらもだえ苦しむフェリシアを楽しそうに観察するテンガ。


 この男が何を言っているのか、まったく理解できない。

 テンガが王子になり、国政を壟断ろうだんし始めればオージ王国は終わりだ。


 そう思はうものの、今の自分はジャイアントトードに食われそうになっているただのエルフの小娘。

 何もできない……悔し涙を流すフェリシア。


「……ああ、言い忘れていた。

 ソイツはクリアのために必要なパーツだからな」


「ティムさせてもらう」


 たっぷりとフェリシアの絶望顔を楽しんだ後、ワザとらしく懐からティムの魔石を取り出すテンガ。


 パアアアアッ


 その途端、エビルトードの目から光が消え、フェリシアを拘束していた舌が離れる。


「かはっ……げほげほっ」


 口腔を犯していた粘液を吐き出すフェリシア。


(こ、ここまでの上位モンスターを従えるなんて)


 ティムの魔石を使えるのはテンガだけ。

 改めてこの男の力に背筋が寒くなる。


「さて、用事は済んだから帰るか。

 おい、余計な事をした兵士A!

 お前はエビルトードの晩飯にしてやる」


「そ、そんな……お助けをっ!?」


「くははははははっ!!」


 それだけ言うと、テンガは護衛の兵士たちを引き摺りながらこの場を離れてしまった。


「あ、ああっ……」


 あの男なら本当にやるかもしれない。

 一人残されたフェリシアは絶望に身体を震わせる。

 だが、鉄棒に縛り付けられたままの自分は何もできないのだ。


「ジュンヤさん、アルちゃん」


 暖かかったあの家の事を思い出す。

 楽しかったパジャマパーティ。

 この命が尽きるまでは、せめて楽しい思い出に浸っていよう。


 だが、地獄の穴であるデモンズホールはそんなささやかな願いすら待ってくれない。


「ウガ? なんでこんな所にエルフの女が?」


「な……」


 巨大な棍棒を持った赤銅色の肌を持つグランオーガ―。

 ソイツが無数のゴブリンを引き連れて穴の奥から現れたのだ。

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