第20話 アルフィノーラの奮闘その2
「いくよ、リリィ」
外は快晴、絶好の散歩日和。
アルフィノーラはカーテンを開け、自室の真下に増設された小屋に向けて声を掛ける。
がうがうっ
可愛い返事と共にのそのそと小屋から出てきたのは、体長2メートルほどのくまさん。
アルフィノーラより少し薄い桃色の体毛がとてもプリティだ。
「うむ」
相変わらず元気そうなペットの様子に満足げにうなずくと、アルフィノーラはおやつ代わりのマジックアップルを手に取り1階へ駆け降りる。
エルフの村での強化イベントから数日後……ヒューバート家には新しい家族が増えていた。
「おはよう、ジュンヤ」
「おはよう。
アル、散歩か?」
「うん」
「気を付けろよ?」
「だいじょーぶ」
リビングで何やら新しい施設(?)の設計書を書いているジュンヤに朝の挨拶。
仕事をしているジュンヤはとてもカッコいい。
ひらり
アルフィノーラは必要以上に短くしたチェックスカートを翻らせ、マルーが言う所の”ちらりずむ”を狙うが、書類に没頭するジュンヤは気付いてくれなかったようだ。
(ちょうぴえん)
今の心情に、マルーが教えてくれた謎フレーズはなぜかよく合う。
マルーの従姉妹であるジュンヤは、相当な朴念仁だ。
ようやくそれを理解したアルフィノーラはマルーからアドバイスされた、”直接攻撃”を実行に移そうかと思案する。
(ううっ)
でも、まだそれは恥ずかしい。
複雑な乙女のアルフィノーラ、思春期真っただ中の14歳である。
「おまたせ」
がうがう
玄関のドアを開けると、嬉しそうに尻尾を振るリリィの姿が見える。
「じゃ、いくよ」
ひょいっとリリィの背中に飛び乗るアルフィノーラ。
もふもふの体毛がとても気持ちいい。
このピンク色のくまさんはエルフの村に侵入していたギソーベアーであり、村を救ったご褒美として、メルヴィさんが”再調整”してくれたものだ。
「もふもふ」
あの超顔が怖い熊モンスターが、どうしてこんなに愛らしいくまさんになるのか。
”再調整”とやらの工程がとても気になるが……。
『覗いてはいけませんよ……?』
ぶるっ
穏やかな口調なのに、まったく目が笑っていなかったメルヴィさんを思い出し、思わず背筋を震わせるアルフィノーラ。
大人のレディは、余計な詮索をしないものだ。
……例えば、いつの間にか村の入り口に店を構えていた”交換屋”さんの事とか。
『あ、あはは』
バツの悪そうな笑顔を浮かべていたフェリシアを思い出す。
「フェリシアお姉ちゃん……」
そう、もともと国王の名代として村を訪れたフェリシアは、王都に帰ってしまった。
エルフの村に立ち寄ったので大幅に予定を超過してしまったそうだが。
「大丈夫です!」
とあくまでフェリシアは気丈だった。
「大丈夫かな……?」
別れ際にちらりとのぞいた寂しそうな表情、うっすらと手の甲に残っていたアザの跡がどうしても気になる。
「アルの……お姉ちゃんになってくれないかな?」
ジュンヤを巡るライバルになるかもしれない事は置いといて、アルフィノーラは外見年齢の近いフェリシアをとても慕っていた。
リリィのように家族が増えるのは大歓迎である。
「ジュンヤに頼んでみようかな?」
頼れる彼なら、何でも実現してくれそうに感じる。
「マルーが言ってた。
”きせいじじつ”の前では男は無力だと……」
アルが先にソレを作って、フェリシアお姉ちゃんも……くくくっ。
「……へっくし!
誰か噂してんのか?」
可愛い妹分が第三王女の寝取りを企んでいるとは夢にも思わないジュンヤ、思わずくしゃみをするのだった。
*** ***
「ようアル坊、おはよう!
リリィもな!」
「おはようございます」
がうがう!
武器屋のオジサンだ。
心を読む得体の知れない獣人少女……ヒューとマルーに引き取られたころは遠目から観察されているような感じだったが、今はもう、そんなことは無い。
全部ジュンヤのお陰だ。
「アル坊も前に出て戦いたいんだろ?
お前さんのマジックロッド、改造してみたわ」
「!!」
この世界の
いまのところ、アルフィノーラの役割は戦術リンクを発動させるため、彼の背中に抱きつく事。
それはそれで、守られるヒロインとして素敵なのだが……。
(共に戦ってこその……正ヒロイン!!)
イマドキ少女としては、勇者に守られる深窓の姫君より隣に一緒に立ちたいのだ。
一生懸命勉強してきて魔法も使えるようになったけれど、獣人族は人間族より力と防御力が高く本来は前衛向き。
いつかジュンヤが魔王と対峙するとき……雑魚掃除くらいはしたいアルフィノーラである。
「マリナ嬢の設計図に従って作ってみたんだけどよ……変わった形だな?」
(これが)
武器屋のオジサンから受け取ったのは、見たこともない形の武器。
ミスリル銀をブレンドした、1メートルほどの長さの金属製の棒。
その上側30センチくらいのところには、取っ手のような持ち手が付いている。
棒の中ほどには魔法の発動体である魔石が埋め込まれ、先端部にはずっしりとしたスパイクが付いている。
マジックロッドの機能と打撃機能を兼ね備えた新装備……マルー曰く”トンファー”である。
「ありがとう」
アルフィノーラの手のサイズに合わせてもらった持ち手は、驚くほど手に馴染む。
「また感想を聞かせてくれよ!」
武器屋のオジサンに一礼し、朝の散歩を再開する。
これで、ジュンヤの隣に立つヒロインレベルが10は上がったはず。
アルフィノーラはリリィの背中に乗り、次の目的地を目指すのだった。
*** ***
ちゃぽんっ!
がうがう♪
次にアルフィノーラがやってきたのは、ジュンヤが一番最初に作ったため池である。
金属製のロッドと釣り糸は、マルーが作ってくれた。
「わくわく」
先日、モンスター退治のついでに遠くの川まで行って、何種類かの魚を捕まえてきて池に放流したのだ。
オオクチマスなどは成長も早いので、そろそろ食べごろになっているに違いない。
今日の昼ご飯を釣っていけば……。
『凄いなアル!
メシの材料を採ってきてくれる女性は大好きだ!!』
となるはずである。
なんでそうなるかはよく分からないが、自分の中に連綿と流れる
がう?
ぐぐっ
「きたっ!」
確かな手ごたえに、思いっきり竿を合わせる。
ざばっ
「……あれ?」
大きく太ったマスが上がってくると思ったのだが……。
「アルたち、こんなの放してない」
水の中から現れたのは、だらーんと伸びた、鼠色の謎生物だった。
「う~ん」
ジュンヤが掘り当てた地下水脈がどこかに繋がっていて、そこから侵入したのかもしれない。
「……あ、もうお昼」
そろそろお昼ご飯の時間だし、夜の営業に向けて仕込みもする必要がある。
「帰ろうか、リリィ」
謎生物をぶら下げて煉瓦亭まで戻ったアルに対し。
「!! 立派なウナギじゃない!
こんなものどこで?」
なぜかびっくりしたマルーが、”うな丼”というとっても美味しいお昼ご飯を作ってくれ……眠くなったアルはリリィと一緒にお昼寝タイムに突入するのだった。
「ふふっ、可愛いなぁ」
その微笑ましい様子をスケッチするジュンヤ。
「いけない! よりマスコット化が進んでる気がします!!」
がうがう?
リビングに貼られたその絵を見て、頭を抱えるアルなのだった。
恋する少女の奮闘は続く。
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