第18話(一部上司サイド)ジュンヤの活躍とテンガの誤解


「アル! そのテーブルの下だ!」


「んっ!」


 アルに鋭く指示を飛ばす。

 俺の心を読んで”ハイパースキャン”の結果をすぐに把握してくれたみたいだ。


 広間の奥、メルヴィ当主の生活スペースであろう部屋の扉を開け、中央にあるテーブルの下に飛び込む。


「その中に敵はいない……こっちは俺に任せて当主を頼む!」


「まかせて」


 床のくぼみに指をひっかけ、一気に持ち上げるアル。


 ギギイッ……


 床が軋む音と共に隠し階段が姿を現す。

 小さな体躯を生かし、僅かに開いた隙間から奥に入り込むアル。


 ここまでわずか数秒。

 突然の早業に、フェリシアも護衛のエルフたちも動けない。


「……ジュンヤさん?」


 信じられないものを見る目でフェリシアが俺を見ている。


 それはそうだろう。

 突然剣を抜いた俺が、メルヴィ当主を床に組み敷いたのだから。


「な、何をするのです!?」

「者ども……!」


 おっと、最後まで言わせない。

 俺は全身に力を込め、当主を抑えつけるともう一度”ハイパースキャン”を発動させる。


 ズモモモモモモ


「なっ!?」


 黒い煙と共に、メルヴィ当主の姿は醜いモンスターに変わっていき……。


「グッ……ギソウマホウガッ」


 煙が晴れた後には、体長3メートルほどの熊型モンスターが出現していた。


「そんな! ギソーベアー!?」


(ざわっ!!)


 敬愛する自分たちの当主がモンスターになった?

 ありえない事態にざわつくエルフたち。


「ん……ここだよ」


 ギギイッ


 隠し階段からぴょこんと顔を出すアル。


「感謝します。

 賢き少女よ」


 アルに手を引かれて出てきたのは、先ほどまで俺たちが話していた当主と寸分たがわず同じ姿をした女性。


「良く気づいてくれましたね、そなたも」


「勘、ですかね」


「ふふっ」


「バカナッ! オレノギソウマホウヲ、ニンゲンゴトキガ ヤブレルワケガナイ!」

 ”シンジツノ カガミ”デモナケレバッ!」


 ……なるほど、それがなのだろう。

 恐らくは何らかのイベントの後、”真実の鏡”なるアイテムを手に入れた主人公が当主の正体を見抜く……的な。

 エアプなのでよく知らないけど。


 今俺が使った”ハイパースキャン”は、敵のステータスや正体を暴きだす魔法。


 リバサガでは拠点同士の攻防戦も醍醐味である。


 どれだけ相手に築かれずに拠点の近くに戦力を隠すか……偽装系のスキルも豊富なので、そいつを見破るスキルも重要である。


(別ゲーのスキルを使うのはズルかったか?

 って、これってもしかしてヤバイ?)


 迅速に当主を助け出せたとはいえ、意図せずシナリオをぶっ壊してしまったかもしれない。

 この後に重要イベントが控えていたとしたら……。


「グッ……ワンズサマ、オタスケヲ!」


 バシュッ


「ちっ!」


 考え事をしていたので、抑えつける力が弱くなっていた。

 熊型モンスターは毛むくじゃらの右手を伸ばすと、窓の外へ魔法で合図を飛ばす。


「コイツっ!」


「ククッ……コレデ、オマエタチモオワリダ」


 ガクッ


 それだけ言うと、気絶する熊。

 ワンズとやらがコイツらのボスだろう。


 この熊、力だけはなかなかのものだったが……。



「……あれ?」


 だが10秒経っても1分経っても何も起きない。

 てっきりボス戦が始まるものだと思っていたのだけれど。


「え、えっと……」


 それなりに緊張していたのだが、何とも言えない空気が広間を包む。


「これで、一件落着ですかね」


「ジュンヤ、アルもう疲れた」


 どこからボスが来てもいいように、俺に抱きついてマジックロッドを構えていたアルも飽きたのだろう。

 パンパンと制服風防具のスカートについた埃を払う。


「忍び込んでいたモンスターは、その熊だけのようですね。

 これで……」


 だっ!


 メルヴィ当主の言葉が終わらないうちに、一人の男エルフが屋敷の外に向かってダッシュする。


「えっ?」


 もちろん、それも把握済み。

 俺は腰に下げた道具袋から野営用の金属製マグカップを取り出すと、男に向かってぶん投げる。


 ゴンッ!


 やけに重い音と共に、マグカップは男の頭に直撃し……。


 ズモモモモモ


 男の姿はキツネ型モンスターに変わるのだった。



 ***  ***


「先日やって来た交易商が珍しい甘味を勧めてくるものですから、つい食べてしまい……気が付いたら捕らえられておりました。

 ジュンヤさん、アルさん……大変なお手数をおかけしたこと、当主として深くお詫びいたします」


「いえ、大きな怪我をされた方がいなくてよかったです」


「気にしないで。

 甘い物なら仕方ない」


「ふふっ」


 定期的に人間界と行っている”交易”。

 魔王の手下であろうギソーベアーたちは、交易商に化けて村に侵入したのだろう。

 そして、珍しい甘味を餌に当主に接近……罠にかかってしまったことを恥じている当主の姿は少し微笑ましい。


「……わたくしは、そんな当主の異変に全く気付けず……」


 地下室に連れ込まれた時についたのだろう。

 当主の手足の傷を回復魔法で癒しているフェリシアはすっかりしょげかえってしまっている。


「そんなことはありませんよ、フェリシア。

 あなたの民を想う優しき心が、ジュンヤ殿たちをこの里に招いたのです」


「メルヴィ当主……!」


 当主の励ましに、少しだけフェリシアに笑顔が戻る。


 俺たちがここに来たのは、フェリシアの人柄に惹かれたからだ。

 彼女がメルヴィ当主を助けるきっかけを作ったと言ってもいいだろう。


「……だけど」


「どうしたのジュンヤ?」


「ワンズって誰だったんだ?」


「さあ?」


「物語のカギを握る重要人物とかだったらヤバイな……」


 先日の村防衛戦で知らずに四天王の一人を討伐しているジュンヤたち。

 一件落着のはずなのに、妙に不安になるジュンヤなのであった。



 ***  ***


「馬鹿な……イベントが起きない、だと!?」


 部屋の中を覗き込んだテンガの視線の先に見えたのは。

 偽装魔法を解かれ、床に倒れ込むギソーベアー。

 そこ傍らでは助け出されたエルフの長に回復魔法を掛けているフェリシア。


「な、何が起きた……!」


 アホ面で犬ガキ女の頭を撫でているモブが何かしたとは思えない。

 なぜなら、ヤツはモンクエをプレーしたことのないつまらない人間だからだ。


「オマエか、フェリシア……!!」


 もともとフェリシアはエルフ族の出身。

 不思議な力を持っていても不思議ではない。


「どこまでも俺の邪魔をする……!」


 この強化イベントの仕掛け人はあの女だ。

 オレ様に振られた腹いせに、嫌がらせをしたとしても不思議ではない。


「覚えていろよ……!」


 地獄の底から噴き出てくるような声色で、呪詛を吐くテンガ。


 はっきりしていることは、マッドゴーレムをティムするチャンスは永遠に失われたという事だ。

 四天王であるワンズが何もしなかったことが解せないが、しょせんワンズは四天王最弱の能無しオーガーだ。

 もうどうでもいい。


 もうすぐフェリシアは城に帰ってくるだろう。

 何をしてやろうか……邪悪な情念に身を焦がしつつ、ジュンヤたちに見つからないようその場を離れるテンガなのだった。

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